牧阿佐美の初期から『ア ビアント』までの5作品とアシュトンの『誕生日の贈り物』を上演した「ダンス・ヴァンドウ」公演

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

牧阿佐美バレヱ団「ダンス・ヴァンドウー牧阿佐美の世界ー」

『誕生日の贈り物』フレデリック・アシュトン:振付、『トリプティーク』『カルメン』『シンフォニエッタ』ほか 牧阿佐美:振付

日本のバレエに大きな足跡を記した牧阿佐美の逝去から1年が過ぎた。一般財団法人牧阿佐美バレヱ団では盛田正明、三木谷晴子に続いて三谷恭三が理事長に就任した。そして今回の「ダンス・ヴァンドウ」公演は、かつて三谷恭三が主体となって開催していた「ダンス・ヴァンティアン」公演を継承発展するものとして企画されている。その第1回の「ダンス・ヴァンドウ」公演は「牧阿佐美の世界」だった。
全体は3部構成となっており、第1部は牧阿佐美バレヱ団が1998年に日本初演したフレデリック・アシュトン振付『誕生日の贈り物』だった。「ダンス・ヴァンドウ」公演の開幕を飾るのにふさわしい演目である。第2部は牧阿佐美が振付デビューとなった『トリプティーク』(1968)と『カルメン』(1971)の初期の傑作2作品が選ばれていた。第3部は『シンフォニエッタ』(2006)『ライモンダ』より「夢の場のパ・ド・ドゥ」(2004)『時の彼方に〜ア ビアント〜』よりパ・ド・ドゥ(2006)という振付家として、新国立劇場舞踊芸術監督として充実した時代の作品がプログラムされていた。

まずは『誕生日の贈り物』。周知のようにサドラーズ・ウェルズ・バレエ団の創立25周年記念公演のために、フレデリック・アシュトンが振付けた祝祭バレエで、古典バレエへのトリビュートが込められている。音楽はグラズノフの曲をロバート・アーヴィングが編曲している。今回の上演に際しては、英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル・バレエマスター、クリストファー・カーを招き万全を期したという。
青山季可を中心とした女性ダンサー7人と清瀧千晴を中心とした男性ダンサー7人が踊った。まずそれぞれが7組のペアを組んだ踊り、男性ダンサーの典雅に力強い踊り、そして女性ダンサーがそれぞれ特徴のあるヴァリエーションを踊る。さらにペアの踊り、全員の踊りとなる。古典バレエの動きにアシュトン的な工夫を加えて、格調の高い美しさを強調している。振りの構成が見事だった。

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「誕生日の贈り物」撮影/鹿摩隆司

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「誕生日の贈り物」撮影/鹿摩隆司

第2部は『トリプティーク』(青春三章)。芥川也寸志が1953年に作曲した「弦楽のための三楽章」に牧阿佐美が初めて振付けた作品で、<希望・感傷・情熱>と副題が付されている。初演は1968年3月だが、その後7月には黛敏郎の「BUGAKU」團伊玖磨の「シルクロード」に振付けた作品とともに牧阿佐美バレヱ団新作特別公演として上演され、日本人の作曲家の曲に振付けたバレエが大いに評価された。赤い衣裳の女性ダンサーの上半身の作る動きの雰囲気が初々しく、牧阿佐美が初めて振付けた自身の動きを見つめている視線が間近に感じられるかのようだ。若さ溢れた舞踊構成が素晴らしい。米澤真弓、坂爪智来ほかが踊った。
『カルメン』は芥川也寸志がTV番組「コンサート・コンサート」のために、『カルメン組曲』の編曲者、ロデオン・シェチェドリンの許可をとって、牧阿佐美に振付が委嘱され、1971年に初演された。牧阿佐美バレヱ団の上演は同年の橘秋子追悼公演である。カルメン(日髙有梨)とドン・ホセ(逸見智彦)、エスカミリオョ(菊地研)と死神(佐藤カンナ)、隊長(塚田渉)と女工(久保茉莉恵)の3組のパ・ド・ドゥで構成されていた。セットはないが、暗部を活かした凝った照明と登場人物のキャラクターを的確に表現した衣裳が巧みにドラマを浮き彫りにしていた。ラストシーンは、エスカミリオが死神を、ホセがカルメンを刺す、とみえたが、、、。
牧阿佐美は、1970年に遠いインドの地で客死した父・牧幹夫を引き取り、翌年には入退院を繰り返していた母・橘秋子を亡くした。その間に富ヶ谷新校舎が落成するなど、父母の芸術的継承とカンパニー運営のすべてが彼女の華奢な双肩にのしかかってきた。『カルメン』は、彼女の人生の中でも実に過酷な時に振付けられたバレエである。あるいは、死神が身近に感じられたのかもしれない。そんな鮮烈な印象が音楽によるドラマティックな劇的効果を通して、舞台に現れた。

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「トリプティーク」米澤真弓、坂爪智来 撮影/鹿摩隆司

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「カルメン」日髙有梨、菊地研 撮影/鹿摩隆司

第3部はオペラ『ファウスト』で知られるシャルル・グノーの管弦楽曲に振付けた『シンフォニエッタ』。牧阿佐美のシンフォニックな振付は、ちょっと気取ったような魅力的な愛らしさがあり、細部にまで良く気持ちが行き届いている。曲調と振りが共鳴し、全体のリズム感も心地よく感じられた。織山万梨子、水井駿介ほかが踊った。
続いて『ライモンダ』は夢の場のパ・ド・ドゥ。ジャン・ド・ブリエンヌ(石田亮一)がライモンダ(中川郁)をリフトして登場。大胆に大きくゆっくりとした動きで、夢幻の中に幸福感が自ずと浮かび上がってくる。『ライモンダ』と『ラ・バヤデール』は、牧阿佐美の古典バレエ改訂振付の傑作だろう。
ラストは『時の彼方に 〜ア ビアント〜』よりパ・ド・ドゥ。高円宮憲仁殿下へのオマージュとして、牧阿佐美、ドミニク・ウォツルシュ、三谷恭三が振付けた作品で、音楽は三枝成彰、原作は島田雅彦。カナヤ(青山季可)とリヤム(ラグワスレン・オトゴンニャム)が踊った。最終章のカナヤとリヤムが時の彼方で愛を踊るパ・ド・ドゥ。青山季可の、身体も心も揺るぎない舞台が印象的だったし、オトゴンニャムの表現も安定していた。<時の彼方>に現れる愛の美しさを感じられた。
次々と踊られた牧阿佐美の振付に現れる上半身の表現力の豊かさに改めて驚かされた。牧阿佐美のバレエを継承し発展させるために、ぜひとも、この「ダンス・ヴァンドウ」公演のように積極的に彼女の作品を上演していただきたい、と願う。
(2022年11月12日 新国立劇場 中劇場)

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「シンフォニエッタ」撮影/鹿摩隆司

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「ライモンダ」中川郁、石田亮一 撮影/鹿摩隆司

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「時の彼方に〜ア ビアント〜」
青山季可、ラグワスレン・オトゴンニャム
撮影/鹿摩隆司

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「時の彼方に〜ア ビアント〜」撮影/鹿摩隆司

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