<結婚における幸せ>を高度なテクニックを駆使し、ダイナミックな踊りと洒脱なタッチで描いた傑作、モンテカルロ・バレエ団『じゃじゃ馬馴らし』
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ワールドレポート/東京
佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki
モナコ公国モンテカルロ・バレエ団
『じゃじゃ馬馴らし』ジャン=クリストフ・マイヨー:振付
© Kiyonori Hasegawa
なんとスタイリッシュで楽しい舞台だったろう。振付の鬼才、ジャン=クリストフ・マイヨーに率いられて7年振りに来日したモンテカルロ・バレエ団による『じゃじゃ馬馴らし』である。もともと2020年に来演する予定だったが、コロナ禍の影響で延期になっていた公演である。
マイヨーは1993年にモンテカルロ・バレエ団の芸術監督に就任して以来、革新的な作品で一世を風靡した〈バレエ・リュス〉の伝統を継ぐ名門バレエ団にふさわしい斬新な作品を発表し続けてきた。シェイクスピアの喜劇に基づく『じゃじゃ馬馴らし』は、2014年にロシアのボリショイ・バレエ団のために、ショスタコーヴィチの音楽を用いて創作したもの。ボリショイのダンサーが対象だけに、高度のテクニックを駆使したダイナミックでパワフルな踊りが炸裂する作品に仕上げている。その後、自身のバレエ団のために、さらに進化させたという。
『じゃじゃ馬馴らし』は、パデュアの富豪バプティスタの二人の娘の結婚をめぐる騒動をコミカルに描いた作品。シェイクスピアの原作では、領主が寝込んだ酔っ払いをからかってやろうと館に連れ帰り、役者たちの芝居を見せるという序劇に続き、『じゃじゃ馬馴らし』が上演される形になっている。台本を担当したジャン・ルオーは序劇の部分をカットし、登場人物の人数を絞り込んでドラマを凝縮する一方、女家庭教師の役を新たに加えた。また、女性は親や夫に従順であるべきという中世のお話しをそのまま描くことはせず、マイヨー流の味つけが施されている。劇の中で誕生した4組のカップルを通じて、結婚における真の幸せは、男と女が対等で、互いに信頼できる関係の上に築かれるものだと訴えて終わるのだ。
公演が始まる前にバプティスタ家の女家庭教師が舞台に現れ、ハイヒールをトゥシューズに履き替え、おもむろに幕を開けさせた。原作の序劇を意識しての演出だろうか。幕が開いて目に飛び込んでくるのは、中央に置かれた優美なカーブを描く二つの白い巨大な階段で、ほかに数本の白い三角柱やパネルがあるだけ。簡素な装置は、いつの時代、どこの国とも特定させない。「結婚における愛」という普遍的なテーマを扱った作品にふさわしい。装置は可動式で、階段を左右に離して奥行を出したり、柱と共に両脇へ移動させたりすることで、屋敷の中や披露宴会場、森の中など、物語に沿った背景を速やかに現前させた。エルネスト・ピニョン=エルネストによる装置はシンプルだが幾何学的な美しさを持ち、イマジネーションをふくらませる空間を創出していて、いつもながら新鮮に映った。
物語はスピーディーに展開した。女家庭教師(小池ミモザ)に呼び入れられた使用人たちは規律正しいステップを止め、騒々しいおふざけを始めた。女家庭教師は家事にも采配を振るっているのだろう、つま先立ちでのキビキビとした動作が目に付いた。続いて、主人であるバプティスタ(クリスティアン・ツヴォルジヤンスキ)が二人の娘を伴って登場する。バプティスタはパデュアの裕福なブルジュワジー。その長女キャタリーナ(エカテリーナ・ペティナ)は気難しくて手の付けられない"じゃじゃ馬"だが、次女ビアンカ(ルー・ベイン)は従順で理想の女性像そのもの。キャタリーナは最初から不機嫌で、父親にも妹にも当たり散らした。そこに、ビアンカの求婚者たちがおずおずと入ってきた。好色な年寄りの貴族グレミオ(ダニエレ・デルヴェツキオ)、上流社会のしきたりを気にするキザなホーテンショー(シモーネ・トリブナ)、そして学もある良家の子息ルーセンショー(レナート・ラドケ)。三人が張り合うようにビアンカに自分をアピールすると、ビアンカは彼らの前でチャーミングに踊ってみせた。バプティスタはそこにキャタリーナを連れ出し、慣習に従い、この長女が結婚するまでビアンカは嫁がせないと宣言した。キャタリーナは苛立ちのあまり服を脱ぎ捨てて水着のような衣裳になり、求婚者たちに脚を振り上げて暴れまくり、散々に痛めつけた。彼女の長い脚、鋭いつま先は強力な武器だ。
© Kiyonori Hasegawa
© Kiyonori Hasegawa
ペトルーチオ(マテイユ・ウルバン)が従者グルーミオ(アダム・リースト)を伴って登場し、ドラマは新たな展開を迎える。ペトルーチオは「怪物」とプログラムに記されているが、黒い毛皮のようなコートを羽織り、身を屈めてのし歩く姿は確かに異様だ。ペトルーチオはホーテンショーの友人で、多額の持参金を持つキャタリーナと結婚するように仕向けられる。ペトルーチオがコートを放り投げ、バトルさながらのプロポーズを開始すると、キャタリーナは脚で払いのけ 飛びかかり、猛然とあがく。ペトルーチオは何をされても受け止め、強引に彼女を捕まえ、肩にのせて回転するなど、力ではかなわないと分からせ、唐突にキスをした。キャタリーナは初めて出会った歯が立たない相手に動揺するものの、彼は粗暴だが「ただものではない」と感じたようで、キスを返した。キャタリーナの婚約が成立すると、今度はビアンカの番だ。まずグレミオ。高価な首飾りでネチネチと彼女に迫るが断られ、代わりに求婚の邪魔をした女家庭教師と去っていった。この女家庭教師は最初からグレミオの相手として構想されたのだろう、主人の娘たちが結婚した後の身の振り方を案じているという設定なのだ。今度はホーテンショーだが、いつの間にか傍らに魅惑的な未亡人(アナ・ブラックウェル)が現れた。ホーテンショーは後ろからビアンカを抱きしめ、足元に跪きと、情熱的に迫るが受け入れられず、次なる夫を物色していたらしい未亡人に絡めとられるように去っていった。最後は、洗練された身だしなみのルーセンショー。ビアンカは出会った時から彼と決めていたようで、恥じらいを見せながら、優しくサポートするルーセンショーと息の合ったデュオを踊った。彼が渡した詩集の栞を挟んだページには彼の気持ちが書かれていたのだろう、ビアンカはそれを読んで嬉しそうに彼にキスをした。妹の婚約も成立である。こうして、続けて3組のカップルが誕生したわけだが、打算や妥協と無縁なのはルーセンショーとビアンカだけだろう。
© Kiyonori Hasegawa
場面はペトルーチオとキャタリーナの結婚式に移る。皆が集まっているのに、新郎はまだ来ない。従者のグルーミオがやってきて、ペトルーチオが遅れる穴埋めなのか、道化のような剽軽な踊りを披露したが、花嫁衣裳で着飾ったキャタリーナは大変なむくれよう。ようやく現れたペトルーチオは酔っ払っていて服もそのままだ。一輪の白い花を口にくわえて花嫁に近づき、高価な首飾りを贈るが、表情は不機嫌そうだ。とりなすように客たちの踊りが始まった。グレミオが律動的なピルエットを、ホーテンショーが小気味よいジャンプを、ルーセンショーがおおらかなマネージュをそれぞれ披露すると、ペトルーチオも踊りに加わった。だが、あまりに傍若無人なペトルーチオの振る舞いにキャタリーナの憤まんは収まらず、思わず彼の頬を平手打ちしてしまう。ペトルーチオは手を挙げて打ち返そうとするが思いとどまり、代わりに彼女をリフトし、頭をなでてキスをした。キャタリーナは得体のしれない相手との結婚生活に不安に駆られ、救いを求めて父親にすがるが、彼は心を鬼にして娘を押し返す。ペトルーチオがキャタリーナの手をつかんで連れ去るところで第1幕が終わる。なお、結婚して持参金をもらったら、妻をほったらかしにすることもできたそうだが、ペトルーチオはキャタリーナを離さない。持参金目当ての結婚ではなかったからだ。彼も彼女を「ただものではない」と感じ取ったからに違いない。
第2幕はペトルーチオの家に帰る旅で始まる。ペトルーチオは相変わらずキャタリーナを乱暴に扱っている。突然、キャタリーナだけが盗賊に囲まれ、首飾りを奪われ、スカートをはぎ取られた。そこにペトルーチオが現れ、盗賊を追い払い、キャタリーナに自分のシャツをかけてやるのだが、頃合いを見計らったような彼の登場にキャタリーナは不信感が拭えず、反発する。家に着いたものの、キャタリーナは疲れと不安のためか気を失い、ベッドに寝かされる。キャタリーナが気が付くと、ペトルーチオは椅子に座って火を起こし、暖を取る振りをしてみせた。キャタリーナは興味を持ち、隣に座って一緒にゲームを楽しむ。彼女が火に息を吹きかけると、彼はそれを遮り、彼女がお茶を渡す仕草をすると、彼は飲んで吐き出す振りをするといった調子だ。遊びを通じて心を通わすことができたようだが、二人の仲は一筋縄ではいかない。ペトルーチオはキャタリーナの手を持って床の上で振り回すなど、バトルのようなダンスを続けながら、何度もキスを交わした。二人してベッドに横たわると、すかさずグルーミオが二人をシーツで覆い隠した。翌朝、目覚めたキャタリーナは満ち足りた様子で、ペトルーチオも上機嫌。二人はビアンカとルーセンショーの結婚式に着飾って出かけるが、その折り、グルーミオが盗まれた首飾りをキャタリーナに付けたので、盗賊の一件はペトルーチオの策略かと彼女は憤慨する。
© Kiyonori Hasegawa
バプティスタの屋敷は結婚式の準備の最中。結婚を決めたグレミオと女家庭教師、ホーテンショーと未亡人も招かれていて、それぞれ快活な踊りをみせた。ルーセンショーとビアンカが晴れやかに登場し、感情を次第に高ぶらせながら、瑞々しいデュエットを繰り広げた。中でも、腕で作った輪を互いに絡ませて笑みを交わす様がほほえましかった。そこに優雅に飾ったキャタリーナがペトルーチオに寄り添うようにして現れ、礼儀正しく挨拶し、明るく軽快なデュエットを踊ってみせると、一同はその変わり様に目を見張った。「二人でお茶を」の音楽でお茶の時間になると、キャタリーナとペトルーチオは幸せを分かち合うようにお茶を楽しんだ。だがグレミオやホーテンショーのカップルは、相手のお茶を横取りしようとするなど、ケンカを始める始末。相思相愛で結ばれたルーセンショーとビアンカも、夫が飲みやすいよう冷まして渡したお茶を、妻は邪見に払いのけるといった具合だ。最後は、紆余曲折を経て理想のカップルになったキャタリーナとペトルーチオがキスするシーンで終わった。何度も反発し合った二人だが、自分をさらけ出して互いを認め合い、理解することで真の愛を得られたのだと、祝福するような幕切れだった。
音楽にはあまり触れなかったが、ショスタコーヴィチの映画音楽「ハムレット」や「女ひとり」「馬あぶ」、室内交響曲などから、場面に応じた巧みな選曲をしているのに驚かされた。特にオーケストラ用に編曲された「タヒチ・トロット(二人でお茶を)」は、弾むようなリズムが愛する楽しさを増幅するようで、効果的だった。マイヨーが、10人もの登場人物それぞれのキャラクターに合うよう振付けを工夫しているのに感心したし、その振りを演技も含めて鮮やかにこなしたダンサーたちの力量もさすがだった。バレエ化された『じゃじゃ馬馴らし』は、ジョン・クランコが1969年に振付けた爆笑を誘う版が傑作として名高いが、こちらはシェイクスピアの原作に寄り添った古風な結婚観を描いている。これとは対照的な、現代のテイストにも合う、男女の対等な関係を提示するマイヨー版の『じゃじゃ馬馴らし』が加わったことは嬉しい限りだ。
(2022年11月11日 東京文化会館)
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