ラファエル前派的美しい色彩に彩られた舞台で、しばしば白鳥がドレスを纏った女性に変わる幻惑的な展開、ヒューストン・バレエ『白鳥の湖』
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
ヒューストン・バレエ団
『白鳥の湖』スタントン・ウェルチ:振付
日本人ダンサーも多く関わっているヒューストン・バレエが初めて来日し、芸術監督のスタントン・ウェルチが振付けた『白鳥の湖』を上演した。ウェルチはオーストラリア出身。オーストラリア・バレエ団のレジデント・コレオグラファーとして『蝶々夫人』や『シンデレラ』ほかを振付けた。また、2003年からヒューストン・バレエの芸術監督に就任し、『ラ・バヤデール』『ロミオとジュリエット』『シルビア』ほか多くの全幕作品を手がけている。今回上演された『白鳥の湖』は2006年に発表された。
加治屋百合子、コナー・ウォルシュ
Photo by Hidemi Seto
第1幕の冒頭は、ドレス姿のオデットを悪魔ロットバルトが捉えて呪いをかけ、白鳥の姿に変えるシーン。そしてすぐにジークフリート王子と仲間たちの狩りのシーンとなり、男性ダンサーたちの勇壮な力強い踊りが、舞台一面に繰り広げられる。湖畔の物語に相応しく巨大魚もあったが、多くの狩りの獲物を次々と持ち寄り、祝宴を開く準備に取り掛かる男性ダンサー中心の活発なシーン。やがてそこに王妃の一行が表れ、ジークフリート王子の花嫁候補の4人の女性たちがヴァリエーションを踊る。それぞれに特徴のあるヴァリエーションを踊らせるために作曲された音楽ではないと思われるが、花嫁候補たちがアピールする雰囲気のある踊りが見られた。王子はモテモテで、次々とダンスを乞われ息つく暇もないくらい。しかし、王妃は明日の晩には花嫁を決めよ、と命じて去っていく。
結婚して王位に就けば、自由気ままな日々を楽しむこともできなくなる王子は、その夜、人々から離れて一人になり、しばし鬱屈した気持ちを託したヴァリエーションを踊る。するとその時、木陰でひとりの美しい女性が王子を見詰めていた。
白いたおやかなドレスの女性オデットは、やがて姿を表し、王子と踊る。王子はひと目で彼女に惹かれ、オデットも真摯な王子に心を寄せていくのだが、しばしば、何か目に見えない力によって引き戻されそうになる。そしてそのフォースを放っていたのは、恐ろしい兜を着けた悪魔ロットバルトだった。
Photo by Hidemi Seto
Photo by Hidemi Seto
加治屋百合子、コナー・ウォルシュ
Photo by Hidemi Seto
加治屋百合子、コナー・ウォルシュ
Photo by Hidemi Seto
ウェルチ監督は『白鳥の湖』を新たに制作するにあたり、ラファエル前派のジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの名画「シャロットの女」(『アーサー王物語』で描かれている呪われた美女、ランスロットに恋するが報われることはない)のイメージを示唆。オーストラリア人のデザイナー、クリスチャン・フレドリクソンがその意をうけて衣裳・舞台装置を担当し、舞台はラファエル前派的な微妙で美しい色彩に彩られ、古代ケルト文化を想起するような紋様などもデザインされて独特の雰囲気が醸し出されていた。そうしたヴィジュアルとともに、通常版とは異なるシーン構成を作り、音楽と一体化して物語が展開している。
冒頭のシーンもプロローグとしてではなく、一つの事件が起きた、次の展開は・・・というふうに物語に組み込まれて描かれている。
そして狩りのシーンで繰り広げられる男性ダンサーの勇壮な群舞は、王子の心理の背景をなしている。狩りは戦いを意味し、群舞の熱いエネルギーは、男性の力強く世界へ羽ばたきたい、という本能を表し、結婚して国を守らなければならない、という義務への反発を示している。この狩りのシーンを描くことにより王子の、ドメスティックな世界から外界に向かい、冒険を期待する心を巧みに舞台上に表現している。王子はお仕着せの結婚には耐えられない想いを抱いているが、また、王子であるから王妃を娶って国を治めなければならないことも認識している。この心の中の矛盾に悪魔ロットバルトがつけいるのである。まるでハリウッドのサスペンス映画のように観客の心を掴んだ、おもしろい物語展開だった。
そして、オデットとジークフリート王子のパ・ド・ドゥ、オデットのアダージオが踊られる。オデットの加治屋百合子は美しい踊りでロマンティックな悲哀をよく表した。ジークフリート王子のコナー・ウォルシュはウェルチ作品を数多く主演しており、そつなく踊り慣れた舞台だった。
加治屋百合子、コナー・ウォルシュ
Photo by Hidemi Seto
Photo by Hidemi Seto
Photo by Hidemi Seto
加治屋百合子、クリストファー・クーマー
Photo by Hidemi Seto
2幕は宮殿の舞踏会のシーン。スペイン、ナポリ、ロシア、ハンガリーの踊り、ロットバルトの登場などもそれぞれに工夫が凝らされていた。オディールは黒いチュチュで踊る。加治屋はこの衣裳もよく似合っており、妖しい魅力を放って踊った。王子は宮殿の中にオデットの姿を見つけて、初めて欺かれていたことに自身で気づくが、既にすべてが終わっていた。
3幕では裏切りに絶望したドレス姿のオデットと、自らの過ちの許しを乞い願うジークフリートの哀しみのパ・ド・ドゥが踊られる。そしてオデットは湖に身を投じ、ジークフリートもその後を追う。死によって結ばれた永遠の愛の絆によって、悪魔ロットバルトの魔力は失われた。
オデットは、チュチュを纏った白鳥の姿に変えられているが、夜はたおやかなナイトドレスの女性に戻る。そのためにしばしばドレス姿でも踊り、それがこのヴァージョンの特徴となっている。物語が分かりやすく映画的な表現であるが、そのために少しロマンティックな雰囲気が弱まっているかにも感じられた。
全体的には、冗長な表現を可能な限り省き、テンポの良い展開。ヨーロッパ的でもロシア的でもない、アメリカ的な観客を物語に惹き込むパワーが強い舞台だった。
(2022年10月29日ソワレ 東京文化会館 大ホール)
Photo by Hidemi Seto
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