ジョン・ノイマイヤーがハンブルク・バレエ団を率い、2023年3月、芸術監督として最後となる日本公演を行う

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

バレエ界の巨匠、ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団が、2023年3月に5年振り9度目の来日公演を行う。ノイマイヤーの芸術監督在任50周年記念と銘打っているが、2024年にそのポストを退くことが決まったため、芸術監督として最後の日本公演になるという。そう聞くと、待ち望んでいた公演だが、1986年にバレエ団が初来日してからの名舞台の数々が目に浮かび、複雑な思いにとらわれてしまう。ノイマイヤーとはどのような振付家なのか、改めて振り返ってみたい。なお、今回の来日公演の演目は、これまで2回上演されて高い評価を得た《ジョン・ノイマイヤーの世界》のEdition 2023と、日本での全幕上演は初めてになる『シルヴィア』である。

ノイマイヤーは、1939年、米国・ミルウォーキー生まれ。故郷の街でバレエを始め、その後コペンハーゲンやロンドンのロイヤル・バレエ・スクールで研鑽を積んだ。また、ミルウォーキーの大学では英文学と演劇学を修めた。ロンドンでマリシア・ハイデらと知り合ったことから、ジョン・クランコに誘われて1963年にシュツットガルト・バレエ団に入団。ソリストとして活躍するだけでなく、創作の手腕も発揮した。1969年フランクフルト・バレエ団の芸術監督に就任し、1973年ハンブルク・バレエ団の芸術監督および主席振付家に迎えられた。ハンブルク・バレエ団の最初の拠点は1678年に創設された市民歌劇場で、その後、市立歌劇場を経て国立歌劇場へと発展した。19世紀にはマリー・タリオーニやファニー・エルスラー、振付家オーギュスト・ブルノンヴィルらが客演したが、舞踊監督のポストは特になかったようだ。1959年に歌劇場の音楽監督に就任したロルフ・リーバーマンにより舞踊監督に任命されたピーター・ヴァン・ダイクは、ジョージ・バランシンの作品を導入するなどバレエ団の改革を図った。刷新されたバレエ団に確固たる世界的名声をもたらしたのは、1973年に芸術監督に着任したノイマイヤーである。半世紀に及ぶ在任中、ノイマイヤーは数多くの傑作を発表しており、その題材の幅広さには驚かされるばかりだが、加えて、楽曲構成の巧みさ、鋭い洞察力による傑出した人間性の描写、練り上げられたスペクタクルな演出など、すべてが高い芸術性に裏打ちされている。

1986年の初来日では、シェイクスピアの戯曲による楽しさあふれる『真夏の夜の夢』や、マーラーやモーツァルトの交響曲に振付けた作品のほか、バッハの宗教大作による『マタイ受難曲』も披露された。『マタイ受難曲』は、ノイマイヤーが1985年に来日した時に広島の平和記念資料館を訪れて衝撃を受け、演目に入れることに決めたそうだ。キリストの受難を通して人間の愛を問う深淵な作品には深い感動を覚えた。なお、広島ではノイマイヤーが自らキリストの役を演じたという。1989年の再来日で上演された、シェイクスピアの戯曲による『お気に召すまま』や独自の解釈を加えた『くるみ割り人形』も面白かったが、壮大なスケールで描かれた『アーサー王伝説』には圧倒されてしまい、すっかりノイマイヤーのとりこになった。その後も来日の度に斬新な舞台を堪能させてくれている。

ノイマイヤー作品は、自身が指摘するように三つのジャンルに分けられる。一つは交響曲など音楽作品によるシンフォニック・バレエで、バッハやマーラーの楽曲をバレエ化したもののほかにも、シューベルトの歌曲集『冬の旅』に創意を得て、服部有吉が「さすらい人」を、自身が「別のさすらい人」を演じた滋味深い作品もある。二つ目は古典名作を新たな視点でリメイクしたもの。『眠れる森の美女』のような馴染みやすい作品もあれば、バレエの代名詞のような『白鳥の湖』を、ワーグナーの楽劇に夢中になって国政を怠り狂人扱いされたルートヴィヒ2世を主人公にして創り変えた衝撃的な『幻想〜「白鳥の湖」のように』もある。三つ目は、文学作品や神話などを題材にしたドラマティックな物語バレエである。シェイクスピアの戯曲では、妻の不貞を疑う主人公の苦悩を深く掘り下げた『オテロ』もあり、また、ホメロスの叙事詩を壮大なスケールで描ききった『オデュッセイア』も忘れ難い。デュマ・フィスの小説に基づく『椿姫』は、ショパンの曲を用いてヒロインの真情を繊細に描いた作品として高い人気を誇っている。さらに、アンデルセンの童話に着想した『人魚姫』や、モルナール・フェレンツの原作をミシェル・ルグランの音楽でバレエ化した『リリオム――回転木馬』など、ヴァラエティに富んでいる。そんな中にあって、天才的ダンサー、ヴァスラフ・ニジンスキーの生涯を、様々なエピソードを積み重ね、彼の狂気も含めて濃密に描いた『ニジンスキー』はひときわ異彩を放っている。

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「ジョン・ノイマイヤーの世界」photo/Kiran West

今回の来日公演の幕開けになるのは、《ジョン・ノイマイヤーの世界》Edition 2023。ノイマイヤーがこれまでに手掛けた作品よりパ・ド・ドゥなどの名場面を連ねたアンソロジー的な作品だが、ノイマイヤーが自ら舞台に立ち、バレエとの出会いに始まり、創作との取り組みなど、これまで歩んできた創作の過程を回想の形で語るので、個々の作品への理解が深まり、作品をより身近に感じられはずだ。ダンスとの出会いになったバーンスタインの『キャンディード序曲』に始まり、『くるみ割り人形』『椿姫』『ニジンスキー』『作品100―モーリスのために』『マーラー交響曲第3番』などのほか、新たに『シルヴィア』やコロナ禍で創られた『ゴースト・ライト』を加えてアップデートしたヴァージョンでの上演になる。いわばノイマイヤー芸術の集大成であり、ハンブルク・バレエ団のダンサーが総出演するという意味でも特別な公演になるわけで、次々に繰り広げられるシーンに目を奪われるに違いない。

『シルヴィア』は、イタリアの詩人タッソの田園詩に基づき、ギリシャ神話に登場するニンフのシルヴィアと羊飼いのアミンタの恋の物語を、レオ・ドリーブの音楽でルイ・メラントがバレエ化したもので、1876年にパリ・オペラ座で初演された。男勝りのシルヴィアはアミンタと惹かれ合いながらも彼を拒絶するが、狩人オリオンに誘拐されもして、幾多の紆余曲折を経て、愛の神アムールの助けでアミンタと結ばれるという物語。ノイマイヤーは、1997年にこれをパリ・オペラ座のために、「神話をテーマにした3つの舞踊詩」として構成も新たに初演した。ノイマイヤーは、自立心ある少女が思春期から大人の女性へと成長する過程で経験する心の葛藤や繊細な心理に焦点を当てたそうだが、ダンスでどのように表現するかも注目したい。なお、愛の神アムールをオリオンに変身させてシルヴィアを官能的な世界へ導くというユニークな展開にして、女神ディアナと永遠の眠りについた恋人エンディミオンとのエピソードも織り込み、長い年月を経て再会したシルヴィアとアミンタの慈愛に満ちたパ・ド・ドゥで幕を閉じるという。パリ・オペラ座での初演に続き、ハンブルク・バレエ団でも同じ年に上演して高評を博したという。今回の公演では、2021年の〈世界バレエフェスティバル〉に招かれ、確かな技術と豊かな表現力を披露した菅井円加がアレクサンドル・トルーシュと組んで主役を踊るという。ノイマイヤーの全幕作品での主演は日本では初めてなので、彼女の演技も期待される。今から、ハンブルク・バレエ団の来日が待ち遠しいではないか。

Press-Sylvia-HP_PR.-18-_photo_Kiran-West.jpg「シルヴィア」 photo/Kiran West

ハンブルク・バレエ団 ジョン・ノイマイヤーの世界 Edition2023 / シルヴィア

「ジョン・ノイマイヤーの世界」
 2023年3月2日(木)〜3月5日(日)
「シルヴィア」
 2023年3月10日(金)〜3月12日(日)
会場:東京文化会館
https://www.nbs.or.jp/stages/2023/hamburg/

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