漆黒の森から浮かび上がる官能性、佐東利穂子ソロ『告白の森』

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

アップデイトダンスNo.94

『告白の森』佐東利穂子:構成・振付・音楽構成・出演

佐東利穂子の三作目となるソロ『告白の森』をカラス・アパラタスで見た。地下にある劇場に向かって足を踏み入れる途中からミントのような芳香に癒やされ、会場のあちこちに飾られている観葉植物や生花、ドライフラワーにも目が留まる。これらのしつらえは毎回、彼女によるものと聞いているが、今回の「森」というテーマにも似つかわしい。

冒頭は暗転したまま、佐東自身による朗読からスタート。深夜の暗い森、湖面、歌声の響かないところ、2匹の獣といった言葉が浮かぶ。一人の時に名もない場所をふらりと歩きながら、独り言をつぶやいたり心の中にいろんな思いが湧いてくることは誰しもある。これらの言葉や思いの行方に着目して舞踊化している点は見事だ。彼女によると暗黒の森は「誰にも届かない言葉や思いが浮遊しては落下する 木々が見守る湿った空気の中に 形にならず声にならず精霊にもなれないようなものたちのいるところ」だという。例えば、戦争を遂行する指導者には一般庶民は表立って逆らえないものの、彼らが人知れず漏らす本音はいったいどれほどの量になるのだろうか。誰も足を踏み入れない荒れ果てた森には、人々の様々な思いが沈殿しているのかもしれない。ユニークな視点の創作に、佐東はいかに取り組んだか。

_ABF0175.jpg

photo by Akihito Abe

_ABF0423.jpg

photo by Akihito Abe

朗読の後には様々な音の重なりが聞こえ、暗闇が薄まり、ほの白くうごめく佐東の姿がぼんやりと浮かび上がってくる。普段、勅使川原と踊るときは髪は結い上げられ、ミニスカート姿でミニマムなスタイルでいるのをしばしば目にするが、今回は髪を垂らし、衣装は裾にフリル状のひだが無数に施された白いドレスで、脚の動きが衣装の下に隠れて見えない。ロングドレスを纏って比較的ゆっくりとした低い重心の動きが印象的な踊りは、マーサ・グラハムを思わせる。顔も長い髪に隠れて前半はほとんど見えないが、彼女の銀髪は獅子舞のように空を舞い踊る。ロイ・フラーのように舞台照明とダンスの相乗効果で、言葉が空中に漂う様が表現されていた。照明がおぼろげな佐東の亡霊のような姿は舞台を斜めに直進して上手に突如出現し観客を驚かせ、一瞬後には下手奥に同じポーズで後退し縮小し、お化けが宙吊りになって空間を漂っているような舞台効果もあった。この巧みな照明デザインは勅使川原三郎による。

_ABF2145.jpg

photo by Akihito Abe

音楽は、シューベルトの「アルペジオーネとピアノのためのソナタ イ短調 D.821」「夜と夢 D.827」、ヘンリー・パーセルの歌劇「アーサー王、またはイギリスの偉人」Z. 628 第三幕「あなたは何の技を」「メアリ女王のための葬送音楽」、ドビュッシー「映像」第1集:1.「水に映る影」などのクラシックの楽曲に、佐東が自らの声や作曲したもの、ノイズなどを重層的にミックスしたものを使用している。この様々な音の重なり方は、勅使川原の作品からの影響が感じられ、我々が耳にする日常音に限りなく近づいたものとなっている。この通奏低音のような音の流れを遮るように、地面が裂けたり、何かが割れるような、メリメリという音が挟まってくる。その不穏な音に彼女の体がロボット・ダンスのようにカクカクと素早く反応する。なめらかに動く彼女がこのように硬さを表現する様は興味深い。空中に浮かんだ言葉はやがて地面に落下し、そうしてこれまで堆積した言葉の重みがさらに深く地中にめり込んでいるのだろうか。人に言えない告白の中にはどす黒いものが無数にあり、やがて重みを増して硬化するのか。
後半は緑と白色、時に橙色の照明で照らされ、墨で描いたような木のように見える背景、チェンバロ、オルガン、ラテン語の歌、少女がささやいているような声などが混じり合っている舞台空間のなか、白いレースのワンピースに着替えた佐東が、憑き物が落ちたように穏やかに舞う。時折、艶やかな銀髪に縁取られた顔がはっきりと照らされるが、女性としての官能性が匂い立つようなかすかな微笑みを湛えている。勅使川原の作品ではあまり見られない彼女本来の姿がそこに発現したようだった。
佐東は器械体操の経験はあるものの、ダンスを意識したのは大学時代で、勅使川原三郎のメソッドと出会ったのもその頃だという。過去にいずれかのダンスの経験があると、純粋に自分独自の動きを探究することは難しいのではないかと思われるが、彼女の場合はダンスの経験が白紙に近い状態だったことがかえってよかったのかもしれない。勅使川原のもとで学びつつ、彼女が獲得したものは間違いなく自身の舞踊言語となって結実しつつある。これからも自身のダンスについて思索を重ねていってほしい。
(2022年10月22日 カラス・アパラタス B2ホール)

_ABF1146.jpg

photo by Akihito Abe

_ABF2608.jpg

photo by Akihito Abe

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る