「パリ・オペラ座―響き合う芸術の殿堂」展が開催中、オペラ座と華やかなバレエの歴史が展望できる

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

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ジャン=バティスト=エドゥアール・ドゥタイユ《オペラ座の落成式、1875年1月5日》1878年、オルセー美術館(ヴェルサイユ宮殿に寄託)
Photo ©RMN-Grand Palais (Château de Versailles) / Gérard Blot/ distributed by AMF

東京・京橋のアーティゾン美術館にて「パリ・オペラ座―響き合う芸術の殿堂」展が好評開催中だ。17世紀から現在までのパリ・オペラ座の歴史をたどりつつ、音楽、舞台芸術、建築、絵画、彫刻、そして文学、写真、ファッションに至るまでさまざまな芸術との関連を取り上げ、総合芸術の場としての魅力を浮き彫りにしている。バレエ史の中軸であり続けてきたパリ・オペラ座の貴重な資料の数々を一望できる絶好の機会なので、会場に足を運んでいただくことを強くおすすめする。ここでは、フランス国立図書館を中心に国内外の約250点にものぼる膨大な展示品のなかから、バレエ関連の展示についてお伝えする。

まず、「序曲:ガルニエ宮の誕生」と題した最初の展示室では、「パリ・オペラ座」から多くの人が連想する豪華絢爛な内装のガルニエ宮について紹介している。現在のパリ・オペラ座は周知のとおり、ガルニエ宮とバスティーユ広場に1989年に竣工したオペラ・バスティーユの2つの劇場で上演が行われている。
ガルニエ宮は、当時35歳で新進の建築家シャルル・ガルニエの設計がコンペで選ばれた。一方、オペラ・バスティーユも1983年、当時37歳だったカナダの無名の建築家カルロス・オットーがコンペによって選ばれ、双方の建物の設計がどちらも若手建築家だった。
今回の展示では、ガルニエによる《パリ・オペラ座(ガルニエ宮)のファサード立面図》のほか、オペラ座の設計に専念していた壮年期のガルニエの肖像画なども展示されている。この空間から次の展示室「17世紀と18世紀」へと誘う入口の両端には、24歳以下のパリ・オペラ座のコール・ド・バレエの優秀な新人ダンサーに毎年授与される「カルポー賞」の名で知られるジャン=バティスト・カルポーの《ダンスの精霊》の二体の彫像が置かれている。彼は友人であったガルニエの依頼で、オペラ座正面の装飾彫刻《ダンス》を制作したが、この像は表現が生々しすぎるということで、物議を醸した。

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シャルル・ガルニエ《パリ・オペラ座(ガルニエ宮)のファサード立面図、1861年8月》1861年、フランス国立図書館  ©Bibliothèque nationale de France

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展示風景[左より、ジャン=バティスト・カルポー《ダンスの精霊 No.1》(1872-1910年)、ジャン=バティスト・カルポー《ダンスの精霊 No.2》(1872-1910年)]

「第 I 幕:17世紀と18世紀」の展示は、若き日の踊る太陽王、ルイ14世が『夜』というバレエ作品でマンドリンや剣、盾を手にしてポーズを取る姿を捉えたドローイング(線画)(1653年、フランス国立図書館)から始まる。1661年にルイ14世は王立舞踊アカデミーを設立し、かつて宮廷の廷臣たちによって踊られていた宮廷バレエはダンスを専門職とする庶民が踊るものと変貌していく。

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展示風景[左より、《1653年に宮廷で催されたバレエ『夜』の衣装、マンドリンを持つルイ14世》(1653年)、《1653年に宮廷で催されたバレエ『夜』の衣装、剣と盾を持つルイ14世》(1653年)、ジャン・ベラン《『プロセルピーヌ』ミノス王の衣装》(1685-1711年)、アンリ・ジセ(帰属)《バレエの人物:戦い》(17世紀)]

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展示風景[ケースの中、左より《マリー・タリオーニが着用した金鍍金の冠》(1830年頃?)、《マリー・タリオーニが所有していたトゥ・シューズ》(1840年頃?)]

「第 II 幕:19世紀[1]:(3)ロマンティック・バレエ」の部では、『ラ・シルフィード』や『ジゼル』など遠い異国、冥界、妖精、身分違いの恋といったロマン主義文学を基にしたバレエ作品が生まれた時代に、ダンサーに人気が集まるようになった現象を追う。この時期を代表するダンサー、マリー・タリオーニが所持していたトゥシューズが彼女の頭を飾った金鍍金の冠と並んで展示されているのが、バレエ・ファンにとっては最大の見どころのひとつであろう。彼女が履いていたシューズのつま先部分にはマチがなく、現代の高度なポワント・テクニックを支えるプラットフォームと呼ばれる部分は見当たらない。展示品は使い古されたような形跡はほとんど見られず、靴のサイズ自体も非常に小さいことにも驚かされる。このコーナーにはタリオーニの肖像画やブロンズ像、リトグラフやパスポート、彼女の自筆による手紙のほか、彼女と人気を二分したオーストリア出身のダンサーであるファニー・エルスラーや『パ・ド・カトル』でタリオーニと共演したファニー・チェリートの肖像、カルロッタ・グリジ(『ジゼル』『パ・ド・カトル』)の水彩画やリトグラフ、『パピヨン』に出演したエンマ・リヴリーの水彩・グワッシュ画や素焼きの像などが並ぶ。クラシック・バレエの名作を多く残した振付家マリウス・プティパの兄のリュシアンの肖像画も展示されている。彼はロマンティック・バレエ時代を代表するダンサーで『ラ・シルフィード』でエルスラーの相手役としてデビュー、翌年、カルロッタ・グリジと『ジゼル』で共演した。このセクションの展示には兵庫県立芸術文化センターの薄井憲二バレエ・コレクションからも多く出品されている。

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展示風景[左より、ジュール・ロール《ファニー・チェリートの肖像》(19世紀)、エルネスト・オーギュスト・ジャンドロン《オンディーヌたち》(1846年)]

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展示風景[左より、ジャン=バティスト・バール《『跛(あしなえ)の悪魔』のファニー・エルスラー》(1837年)、《『跛(あしなえ)の悪魔』より「カチュチャ」を踊るファニー・エルスラー》(1836年頃)]

「第 III 幕:19世紀[2]:(2)ドガとオペラ座」のセクションでは、よく知られるドガの「踊り子」の絵やダンサーの彫像が集められている。ドガは稽古場や舞台袖、楽屋などに出入りして踊り子たちが出番を待つ様子や、レッスンの合間などの日常的な場面を多く描いている。
「第 III 幕:19世紀[2]3.劇場を描く画家たち」の部では、アーティゾン美術館が所蔵するマネの《オペラ座の仮装舞踏会》が展示され、その左側にアメリカ合衆国ワシントンD.Cのナショナル・ギャラリーから借用した同じ構図・同タイトルの油彩画が並んでいる。このマネの所蔵品を基点に、パリ・オペラ座の展示の企画が始まったという。アーティゾン美術館のマネの作品は大胆な筆致で仮装舞踏会の人々を描いているのに対し、ナショナル・ギャラリー所蔵の作品は細かい筆致で社交界のブルジョワ紳士たちと高級娼婦と思わしき女性たちとの交流の様子が丹念に描かれている。左側の精緻な絵はサロンに出品する目的で描かれており、目的や用途によって筆使いを使い分ける画家の多様な表現を比較することができる。またこの絵は、ガルニエ宮以前にあった仮のオペラ座としてのル・ペルティエ通りにあった仮設劇場で描かれている。マネによるこれらの絵が描かれた後、この劇場は消失してしまったため、この2点の絵はル・ペルティエ劇場時代の貴重な記録になっていると担当学芸員の賀川恭子は内覧会で説明した。
「第 III 幕:19世紀[2]:ジャポニスムとオペラ座」の部では、19世紀末に上演された日本趣味の二つのバレエ作品『イエッダ』と『夢(ル・レーヴ)』を紹介している。『イエッダ』は古代日本の農村を舞台にしており、婚約者がいる村娘イエッダがミカドに近づくも悲劇的な最期を迎えるという、ロマンティック・バレエの流れをくむ物語であった。振付はルイ・メラント、主役は当時人気だったリタ・サンガリが演じた。日本の着物のような衣装、舞台美術も日本風で好評をもって迎えられた。『夢』は戦国時代の日本で村娘と二人の男性が登場する話で『イエッダ』と似ているが、最後は夢の中の話という設定でハッピーエンドで終わる。『夢』は2018年京都バレエ団によって復活上演が行われた。

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展示風景[左より、エドガー・ドガ《バレエの授業》(1873-1876年)、エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》(1894年)]※《踊り子たち、ピンクと緑》の展示は12月18日まで

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展示風景[左より、エドゥアール・マネ《オペラ座の仮面舞踏会》(1873年)、エドゥアール・マネ《オペラ座の仮装舞踏会》(1873年)]

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展示風景[左より、テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《『夢(ル・レーヴ)』のポスター》(1890年)、《『イエッダ』(『ル・テアトル・イリュストレ』より)》(1879年)]

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展示風景[《セルゲイ・ディアギレフの私物(片眼鏡、時計、帽子、劇場用双眼鏡、カフスボタン)》]

「第 IV 幕:20世紀と21世紀:(1)バレエ・リュス」の部では、ディアギレフのシルクハットやオペラグラス、片眼鏡など、彼が身につけていた私物や『火の鳥』を踊るタマラ・カルサヴィナを描いた油彩画やバレエ・リュスの公式プログラムなども展示されている。
「第 IV 幕:20世紀と21世紀:(3)画家・デザイナーと舞台美術」では、毛利臣男によるブルメイステル版『白鳥の湖』の女王の黄金のドレス(1992年)やヌレエフ版『シンデレラ』で衣装を担当した森英恵によるシンデレラの靴などが展示されている。毛利臣男デザインの金のドレスはパーツが複雑で、重い素材なので着付けも大変だったという。この衣装を着て踊るのはいかに大変か、想像に難くない。

バレエ以外の展示も興味と関心に応じて様々な発見があること請け合いだ。

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展示風景[左より、ジャック=エミール・ブランシュ《『火の鳥』のタマラ・カルサヴィナ》(1910年頃)、《『シェエラザード』のイダ・ルビンシュタイン》(1911年)]

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展示風景[毛利臣男《『白鳥の湖』の女王》(1992年)]

「パリ・オペラ座―響き合う芸術の殿堂」

2022年11月5日〜2023年2月5日
アーティゾン美術館 6・5階展示室
https://www.artizon.museum/exhibition_sp/opera/

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