「NHKバレエの饗宴2022」は『牧神の午後への前奏曲』『ウエスタン・シンフォニー』『ロミオとジュリエット』ラヴロフスキー版などの素晴らしい舞台を上演

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

「NHKバレエの饗宴 2022」

『牧神の午後への前奏曲』平山素子:振付・演出、『ウエスタン・シンフォニー』ジョージ・バランシン:振付ほか

「NHKバレエの饗宴 2022」は3部構成となっていた。まず、上演されたのが男性版 "Pas de quatre"と言われる"Variations for four"。そして女性のスターダンサーが踊る舞踊史上有名な"Pas de quatre"だった。
"Variations for four"は、アントン・ドーリンが芸術監督を務めていたロンドン・フェスティバル・バレエに、優れた4人の男性ダンサーがいたことから振付け、1957年に初演された。ドーリンはバレエ・リュスの3人目のスター・ダンサーと言われ、バレリーナの優れたパートナーとして定評があった。また、1941年には"Pas de quatre"を復元振付けて上演しているが、今日ではそのヴァージョンが受け継がれている。"Variations for four"も4人のロマンティック・バレエのスター・ダンサーが一堂に会して踊った"Pas de quatre"も、4人のダンサーの個性が響き合ってケミカルな効果を求める作品だろう。今回、男性も女性も世界的活躍している優れたダンサーたちが集められたが、それぞれの個性を一際、輝せることができただろうか。("Variations for four"は厚地康雄、清瀧千晴、猿橋賢、中島瑞生。音楽はマルグリット・キーオ。"Pas de quatre"は中村祥子、水谷実喜、菅井円加、永久メイ。音楽はチェザーレ・プーニ)

Variationsforfour1397.jpg

「Variations for four」厚地康雄、清瀧千晴、猿橋賢、中島瑞生

Pasdequatre411.jpg

「Pas de quatre」中村祥子、水谷実喜、菅井円加、永久メイ

第2部は『牧神の午後への前奏曲』と『ウエスタン・シンフォニー』と言うユニークな組み合わせ。
『牧神の午後への前奏曲』は、2013年に新国立劇場バレエ団にサティ、ラヴェル、ドビュッシーの音楽を使って振付けた「Trip Tripych フランス印象派のダンス」の第2部冒頭の今回のタイトル名の曲の部分をリ・クリエイトしたダンス。確かにこの時ドビュシーを踊った小㞍健太は、活力に溢れた踊りで強い印象を残した。前回もセットに鏡面は使っていたが、舞台上に放水して小㞍がびしょ濡れで踊ると言う圧巻の舞台だった記憶がある。
今回は、やはりドビュッシーのフルート曲を奏でて始まるが(演奏・高木綾子)、ヴィジュアルのイメージは『牧神の午後への前奏曲』に絞られている。牧神とも思われる小㞍健太とニンフを想起する柴山紗帆と飯野萌子の新国立劇場バレエ団ダンサーが踊った。舞台の中央に何枚かの不定形な鏡面で囲まれている変化する空間があり、小㞍は中央で踊り、ニンフたちは出入りしつつ踊る。鏡面にさまざまな動きの身体が映りそれがまた別の鏡面にも映り、光りと無機質のガラスの危うい感覚と実存する身体がランダムに入り乱れる。残酷に切りとられ微妙に変わる繊細な映像と、力強く躍動する小㞍の踊り、そして緩やかに踊るニンフたちが、ドビュッシー独特の深奥に響く深い官能的な曲と共鳴し、未知の劇空間へと観客を連れ去った。小㞍の闊達な踊りを生かした平山素子の見事な演出・振付だった。

prelude01.jpg

「牧神の午後への前奏曲」

prelude04.jpg

「牧神の午後への前奏曲」

『ウエスタン・シンフォニー』は、ハーシー・ケイがアメリカのフォークソングなどを編曲して、オーケストレーションした音楽によって、バランシンが1954年にニューヨーク・シティ・バレエ団に振付けた。装置はジョン・ボイド、衣装はカリンスカ。バランシン作品には、天井にシャンデリアをひとつ吊るしただけで、帝政ロシアの宮廷のボールルームをイメージさせる情感を表するものがあるが、『ウエスタン・シンフォニー』では、アメリカの人々の郷愁を美ししくシンフォニックに詠う舞台を作った。
スターダンサーズ・バレエ団が踊った。全体は、第1楽章アレグロ(塩谷綾菜、林田翔平ほか)第2楽章アダージョ(渡辺恭子、池田武志ほか)第3楽章スケルツォ(冨岡玲美、関口啓ほか)第4楽章ロンド(喜入依里、飛永嘉尉ほか)の4つの楽章で構成されており、大草原の中に建つウエスタン風の大きな建物のシルエットを背景に、女性は華やかに男性は粋に、明るく自由を楽しむかのように踊った。

WesternSymphony01.jpg

「ウエスタン・シンフォニー」第1楽章
スターダンサーズ・バレエ団

WesternSymphony03.jpg

「ウエスタン・シンフォニー」第2楽章
スターダンサーズ・バレエ団

休憩の後に第3部の開幕。『ロミオとジュリエット』からバルコニーのパ・ド・ドゥは、レオニード・ラヴロフスキー版をマリインスキー・バレエの永久メイと、オランダ国立バレエ団のビクター・カイシェタが踊った。ラヴロフスキーはプロコフィエフがこの作品を作曲した際に、作曲家と他のメンバーとともに台本を作成している。そして彼のヴァージョンがプロコフィエフの音楽による『ロミオとジュリエット』の最初の成功作となった。
『ロミオとジュリエット』のバルコニーは、現地のヴェローナで観光用に作られたもの、とも言われているが、ラヴロフスキー版にはバルコニーの装置はなく、キャピュレット家の庭が舞台となっている。そのため舞台を広々と使った勇躍するパ・ド・ドゥが繰り広げられる。人生で初めてかけがえのない愛を得た二人の喜びの感情が、より大きく伸び伸びと観客に伝えられるところが、このヴァージョンの大きな特徴となっている。
爽やかな一陣の風になってしまったかのように、いかにも軽い永久メイのジュリエットと、全身が隅々まで喜びの化身となって踊るカイシェタの、一生のうちの何物にも変え難いひと時を描いた実に素敵な舞台だった。

RJ1070.jpg

「ロミオとジュリエット」永久メイ、ビクター・カイシェタ

RJ1135.jpg

「ロミオとジュリエット」永久メイ、ビクター・カイシェタ

『ドン・キホーテ』からグラン・パ・ド・ドゥは、ハンブルク・バレエ団の菅井円加と牧阿佐美バレヱ団の清瀧千晴が踊った。ノイマイヤーのもとで踊る菅井と牧阿佐美バレヱ団で踊ってきた清瀧、と言う組み合わせだったが、力強く踊られていた。観客からは大きな拍手が贈られたが、キトリとバジルと言う古典バレエの人物のキャラクターが表す独特の美しさをもう少し、ゆっくりと感じ味わいたいとも思った。
最後は、金森穣がバッハのヴァイオリン協奏曲第一番イ短調BWV104第2楽章(演奏・小林美樹)により、中村祥子と厚地康雄に振付けた"Andante"(アンダンテ)。ダンスが終わったと同時に隣席の女性が思わず「短い」と呟いた。もちろん、このバレエは音楽とともに踊られるので、時間は規定されている。ただ、隣席としては中村祥子の美しさを巧みに見せた舞台だっただけに、もっと観たい、と期待を持ったのであろう。振付家はダンサーの中村と厚地を「二人の大人の男女」と見て、曲名の「アンダンテ」の歩くような速さという意味からインスピレーションを発展させて振付けた。当日、外は台風の影響で荒れ模様ではあったが、美しいゆったりとした動きの展開の中に、観客は深い想念を感じて帰路につくことを願った作品だったのではないだろうか。
(2022年8月13日 NHKホール)

DQ2604.jpg

「ドン・キホーテ」菅井円加、清瀧千晴

Andante2763.jpg

「Andante」中村祥子、厚地康雄

Pasdequatre1584.jpg

「Pas de quatre」中村祥子、水谷実喜、菅井円加、永久メイ

DQ1168.jpg

「ドン・キホーテ」菅井円加、清瀧千晴

Variationsforfour17.jpg

「Variations for four」厚地康雄、清瀧千晴、猿橋賢、中島瑞生

prelude02.jpg

「牧神の午後への前奏曲」

prelude03.jpg

「牧神の午後への前奏曲」小㞍健太

RJ1063.jpg

「ロミオとジュリエット」永久メイ、ビクター・カイシェタ

RJ1067.jpg

「ロミオとジュリエット」永久メイ、ビクター・カイシェタ

RJ2544.jpg

「ロミオとジュリエット」永久メイ、ビクター・カイシェタ

WesternSymphony02.jpg

「ウエスタン・シンフォニー」第1楽章
スターダンサーズ・バレエ団

WesternSymphony04.jpg

「ウエスタン・シンフォニー」第4楽章
スターダンサーズ・バレエ団

DQ2667.jpg

「ドン・キホーテ」清瀧千晴

DQ1139.jpg

「ドン・キホーテ」菅井円加、清瀧千晴

◎2022年9月18日(日)午後9時から、Eテレ「クラシック音楽館」にて放送
https://www.nhk.jp/p/ongakukan/ts/69WR9WJKM4/

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る