日本のトップ・ダンサーたちによる古典作品と若手振付家の新作を堪能した「バレエ・エスポワール」
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ワールドレポート/東京
香月 圭 text by Kei Kazuki
「バレエ・エスポワール 〜トップダンサー達の共演〜」
『スターズ&ストライプス』よりグラン・パ・ド・ドゥ ジョージ・バランシン:振付、『A Moment』(新作)宝満直也:振付ほか
日本バレエ界で活躍中のダンサーたちが集結したガラ公演「バレエ・エスポワール 〜トップダンサー達の共演〜」がさいたま市文化センター大ホールにて開催された。構成・制作は京當バレエアーツを主宰する京當侑一籠(牧阿佐美バレヱ団)。各作品の上演の前にリハーサル映像が流れ、ダンサーたちの素顔やプロデューサーの京當の指導の様子などが映し出され、本番へ至る過程の一端を窺い知ることができた。
第1部は竹田仁美(5月末までNBAバレエ団)とNBAバレエ団の高橋真之によるバランシン振付の『スターズ・アンド・ストライプス』よりグラン・パ・ド・ドゥで開幕した。この作品は1958年ニューヨーク・シティ・バレエ団によってシティ・センターで初演された。5部構成になっており、このグラン・パ・ド・ドゥは第4部で踊られる。女性ダンサーには「リバティー・ベル(自由の鐘)」、男性ダンサーには「キャプテン」という名称がついている。アイゼンハワー大統領(任期:1953 - 1961年)がアメリカ陸軍士官学校最終学年時にマミー・ダウドと婚約したときの様子から想を得たという。ファンファーレが鳴り響き、軍服姿の二人が颯爽と登場する。ジョン・フィリップ・スーザの勇壮なマーチに乗って、バランシンならではのひねりを聞かせた複雑なステップが次々と繰り広げられる。高橋は軽やかで高いジャンプを放ち、竹田は難度の高いアンシェヌマンをきびきびと踊った。敬礼した腕を空に放った茶目っ気たっぷりなポーズには、バランシンが自由の国アメリカで感じた高揚感が表れているように感じた。二人の陽気な笑顔の掛け合いも魅力で、この作品はまさにガラ・コンサートの開幕を告げるにふさわしいものだった。
『スターズ&ストライプス』よりグラン・パ・ド・ドゥ 竹田仁美、高橋真之 ©鹿摩隆司
『シンデレラ』より 渡辺恭子、池田武志 ©鹿摩隆司
続いて鈴木稔振付の『シンデレラより』。2008年の初演以来、スターダンサーズ・バレエ団のレパートリーとして定着している作品である。今回は第2幕より、シンデレラと王子が宮殿内の舞踏会を抜け出して二人きりで踊る場面が、スターダンサーズ・バレエ団の渡辺恭子と池田武志の組み合わせで上演された。初めて出会い、惹かれ合った二人が見せる恥じらいと気持ちの高まりが、プロコフィエフの川のうねりのような旋律に乗せて見事に現れていた。渡辺は慎ましい佇まいを感じさせるシンデレラを演じ、王子役の池田からは、意中の相手にまっすぐに気持ちを伝える青年らしさが感じられた。
三曲目は新国立劇場バレエ団とNBAバレエ団を経て振付活動を本格化させた宝満直也による新作『A Moment』。ハンブルク・バレエ団を経て2021年より東京バレエ団に入団した平木菜子をパートナーに迎えての美しいデュエットだった。一瞬一瞬は砂のように過ぎ去ってしまうからこそ、今を大切にしたいという思いが込められている叙情的な作品である。同時代の音楽家たち(アレクサンドラ・ストレリスキ、ジャン・マルコ・カストロ)による、停滞した今の気分を捉えたかのような哀調を帯びたピアノの調べが会場に響くなか、二人は様々な動きをを紡いでいく。宝満は平木の体を直接支えるだけでなく、彼女の周りの空気をふわりとなぞったり、二人の腕と腕が鎖のように絡まる動きもあった。男女二人が常にぴたりと寄り添い、あるいはお互いに正反対の方向を向きながらも、二人が同じように動く。いつも一緒にいられるわけではないが、離れていても心が通じ合っているような男女の関係性を想像した。
『A Moment』平木菜子、宝満直也 ©鹿摩隆司
『眠れる森の美女』第2幕より目覚めのパ・ド・ドゥ 阿部裕恵、清瀧千晴 ©鹿摩隆司
『ドン・キホーテ』第3幕よりグラン・パ・ド・ドゥ 伝田陽美、柄本弾 ©鹿摩隆司
四曲目の演目は牧阿佐美バレヱ団のレパートリーとなっているテリー・ウエストモーランド版『眠れる森の美女』第2幕より目覚めのパ・ド・ドゥ。牧阿佐美バレヱ団の阿部裕恵と清瀧千晴が踊った。王子の口づけによって長い眠りから覚めたオーロラ姫が彼の手に引かれて、ゆったりと踊り出すアダージオである。阿部は目の前にいる凛々しい王子と微笑み合い、若い王女の可憐で幸せを見出した表情を丁寧な踊りで見せた。一方の清瀧も的確なサポートで阿部をリードし、高貴な生まれの王子という役を全うした。
第1幕の最後を締めくくるのは、東京バレエ団の柄本弾と伝田陽美による『ドン・キホーテ』第3幕よりグラン・パ・ド・ドゥ。伝田のキトリは、安定したバランスと強いテクニックが魅力である。32回転のフェッテ・アントゥールナンも軸がほとんどずれなかった。柄本のバジルは見栄を切ってポーズを決める瞬間が鮮やか。伊達男ぶりが板についていて華があった。
休憩をはさんで第2部は牧阿佐美バレヱ団の織山万梨子と田辺淳(アメリカのアーツバレエシアターフロリダほかから帰国後、K×Jバレエアカデミーを開設)による『ラ・シルフィード』よりパ・ド・ドゥ、ブルノンヴィル版。妖精シルフィードと青年ジェームズが森の中で戯れる場面である。織山は妖精の衣装がとても似合い、胸の前で両腕を交差させる立ち姿が、ロマンチック・バレエ時代を象徴するマリー・タリオーニのように見えた。彼女は軽やかなステップで妖精さながらに舞台を駆け回り、ジェームズの帽子を取り上げるなど、可愛らしい悪戯っ子ぶりを見せた。田辺はシルフィードに魅せられ、夢中で追いかける青年ジェームズを生き生きと演じた。彼はブルノンヴィル・スタイルならではの、スピーディで細かい足さばきやバネの効いた跳躍などで観客を魅了した。
『ラ・シルフィード』よりパ・ド・ドゥ 織山万梨子、田辺淳 ©鹿摩隆司
『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥ 阿部裕恵、藤島光太 (C)鹿摩隆司
続いては『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥ。バレヱシャンブルウェストの藤島光太と川口まりの『ダイアナとアクティオン』の予定だったが、川口の降板により、阿部裕恵がギリシャの娘メドゥーラを踊った。海賊コンラッドの臣下の奴隷アリがメドゥーラを丁重に迎えて始まるアダージオは、数々のポーズが美しく決まる。メドゥーラは難破した海賊コンラッドとアリたちを助け、奴隷商人ランデケムに売られても希望を失うことがなかった芯の強い女性だが、阿部は盤石のテクニックで気高いヒロイン像を演じた。藤島も海賊らしい野性味溢れる跳躍や回転技を繰り出して、会場を沸かせた。
第2部の3曲目は『ジゼル』第2幕よりパ・ド・ドゥが上演された。当初、木村優里(新国立劇場バレエ団)と秋元康臣(東京バレエ団)の出演が予定されていたが、秋元の降板により、柄本弾がアルブレヒトを踊ることになった。漆黒の闇の中に浮かび上がる木村は生気のないウィリーのジゼルと化していた。彼女のアームスの動きが流麗で、精霊となってもアルブレヒトを守り抜こうという強い思いも表れる踊りだった。柄本も後悔に苛まされるアルブレヒトを好演し、二人は哀愁漂う幽玄の美を創り出していた。
『ジゼル』第2幕よりパ・ド・ドゥ 木村優里、柄本弾 ©鹿摩隆司
最後の演目は2016年に新国立劇場バレエ団「Dance to the Future」で初演され、好評だった宝満直也振付のコメディバレエ『3匹のこぶた』だった。長男の怠け者は高橋真之、踊り好きな次男は清瀧千晴、しっかり者の3番目の妹は秋山瑛(東京バレエ団)が務め、オオカミ役には初演キャストの池田武志が演じた。高橋と清瀧はミュージカル風のコミカルな動きとバレエの美しいステップが組み合わさったチャーミングな踊りで、生活力には欠けるが今を存分に楽しむ陽気な兄貴たちを楽しげに演じていた。秋山のきびきびした踊りからは、出来損ないの二人の兄を上手に操縦する頼もしい妹の雰囲気がよく出ていた。池田のオオカミはロングコートが抜群に似合う伊達男風で、脚を高く上げ美脚を顕示するような踊りでナルシストぶりを発揮。音楽はショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番の第4楽章で、亡くなった親友の作曲家を偲んで作曲されたもの。この4楽章は墓場をうろつくようなイメージから生まれたともいわれる。こういった暗いイメージの音楽にコミカルな振付を合わせるとは、宝満のセンスもなかなかのものである。
『三匹のこぶた』の幕が締まり、幕の前に出た長男こぶたの高橋がフィナーレの明るい音楽に合わせてノリノリに弾けていると、池田オオカミが「フィナーレはこの幕の向こうだよ」とばかりに、観客の視線を幕の向こうへと誘導する。それぞれの演者たちがそれぞれの作品のモチーフで順番に登場する。池田はオオカミの衣装のまま、シンデレラの渡辺をエスコートし、柄本もアルブレヒトの衣装でキトリの伝田の相手を務めている様がシュールで面白かった。
『3匹のこぶた』左より池田武志、秋山瑛、高橋真之、清瀧千晴 ©鹿摩隆司
今まさに活躍中のスター・ダンサーたちの出演で、人気の古典作品のパ・ド・ドゥと若手振付家の新作をバランスよく配置したプログラムを大いに堪能した。このガラ公演が、当初、予定していた長野のホールの浸水被害やコロナ禍での度重なる延期を乗り越えて、無事に開催されたことを喜ばしく思う。会場ロビーにはダンサーたちによる手作りのアクセサリーや刺繍入りポーチ、ティアラなどの各種雑貨の販売コーナーもあり、賑わっていた。美を表現するダンサーたちのセンスがふんだんに発揮された作品が並んでおり、公演に華を添えていた。
(2022年8月26日 さいたま市文化センター 大ホール)
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