12回目を迎えた「バレエ・アステラス 2022」が開催され、さまざまな国で活躍するダンサーたちが多彩な演目を踊った

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場

「バレエ・アステラス 2022 〜海外で活躍する日本人バレエダンサーを迎えて〜」

新国立劇場バレエ研修所が主体となって開催しているバレエ・アステラスも今回で12回目となった。私はこの「バレエ・アステラス 2013」で、パリ・オペラ座バレエと正式契約を交わしたばかりのオニール八菜と出会ったことが印象深い。そのほかにも多くのダンサーたちが、「バレエ・アステラス」を経て世界中の舞台で活躍しているのは周知の通り。

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ムーセーニュー・クララ、アクリ・瑠嘉 撮影/鹿摩隆司

「バレエ・アステラス 2022」第1部の幕開きは、牧阿佐美が1968年に芥川也寸志作曲の「弦楽のための三楽章」(1953年)に振付けた『トリプティーク〜青春三章〜』。牧阿佐美が創設以来20年にわたって所長を務めた、新国立劇場バレエ研修所の研修生や研修修了生が踊った。この作品はロシアのサンクトペテルブルクやモスクワ、アメリカのワシントンなど海外でもしばしば上演されてきた。牧阿佐美が師事したアレクサンドラ・ダニロワのロシア革命以前の帝室劇場バレエの香りを感じさせる、シンフォニック・バレエの秀作である。
続いて『コッペリア』第3幕よりパ・ド・ドゥ。パリ・オペラ座バレエのムーセーニュ・クララと英国ロイヤル・バレエのアクリ瑠嘉が踊った。ムーセーニュ・クララはオペラ座バレエ学校出身で現在はコリフェだが、将来が嘱望される期待の若手。卒業公演ではスワニルダ役を踊っている。ムーセーニュの踊りはフランス・スタイルがしっかりと身についておりエレガント。表情も典雅な雰囲気を表し美しい。アクリのフランツはキビキビと意気がよく、表現すべきことが明快で気持ちの良い踊りだった。(アルチュール・サン=レオン振付、レオ・ドリーブ音楽)

マルコ・ゲッケ振付『Walk the Demon』は刈谷円香とルカ=アンドレア・テッサリーニのネザーランド・ダンス・シアターの二人が踊った。マルコ・ゲッケ作品は日本でもしばしば上演されている。『Walk the Demon』のクリエーションには、刈谷円香とルカ=アンドレア・テッサリーニはともに参加しており、その冒頭に踊られるデュエット。
マルコの振付は、身体の部位を極度に痙攣させた動きをさまざまに組み合わせて作られている。ダンサーの身体は非常に緊張していて、意識は内面に集中している。身体の動きとその内面の関係がどこか断絶しているかのようだ。『Walk the Demon』は、自身の内面に棲みついた悪魔を絞り出そうとしているかのようにも見えた。音楽はイギリスのロックミュージック・グループのアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズで、彼らは舞踏家の大野一雄を尊敬しており、アルバムのジャケットに大野の写真を使用したこともあると言う。

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石崎双葉、ダミアン・トリオ 撮影/鹿摩隆司

『ジゼル』第2幕よりパ・ド・ドゥ。ピッツバーグ・バレエシアターのジェシカ・マカンと中野吉章が踊った。ジゼルは、あれだけの事件が起き精霊になったのにも関わらず、アルブレヒトへの想いを抱いている。ジゼルの踊りの中に、許す力を持つ母なるものが現れてアルブレヒトを救おうとする。アルブレヒトは罪の意識に苛まれながらも、あらんかぎりの勇気を振り絞ってジゼルへの愛の証を伝える。二人の踊りが呼応してお互いの胸に響き合ったかに見えた舞台だった。(ジャン・コラリ、ジュール・ペロー振付、アドルフ・アダン音楽)
ローラン・プティの『カルメン』の有名なパ・ド・ドゥは石崎双葉、ダミアン・トリオのバレエ・アム・ラインのペアが踊った。
プティの『カルメン』が初演されたのは、1949年のロンドンだったが、その尖鋭なモダン感覚は未だに鮮烈に感じられる。ジョルジュ・ビゼーの音楽とプティの色彩感覚と斬新なスタイル、モダンな動きが見事に融合して、世界を驚かせた舞台だった。73年後、バレエ・アム・ラインの石崎双葉とダミアン・トリオの踊りにも、クラシック・バレエに対する鮮烈でモダンな雰囲気は感じられた。

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佐々晴香、アンドレア・マリーノ 撮影/鹿摩隆司

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佐々晴香、アンドレア・マリーノ、演奏:岡本侑也 撮影/鹿摩隆司

第2部はアレクサンダー・エクマンの振付による『エスカピスト』よりクラシカルなパ・ド・ドゥ。スウェーデン王立バレエの佐々晴香とバイエルン国立バレエのアンドレア・マリーノが踊った。
2017年、シャンゼリゼ歌劇場の舞台に600リットルの水を張り、ダンサーたちはスイミングキャップを被って踊ると言う奇抜な『白鳥の湖』を上演して、パリの観客を驚愕させたアレクサンダー・エクマンの振付である。
舞台上のチェリストの演奏とともに踊られるパ・ド・ドゥ(演奏:岡本侑也、音楽はミカエル・カールソン)。黒のトップと女性は黒いヒダのあるスカートとパンタロンの組み合わせ、男性は黒いスカート状の衣裳で踊られた、伸びやかな動きが強調された。<エスカピスト>とは現実逃避主義者のこと。さまざまな要素が渦巻く現実を敢えて避け、例えば、ファンタジーの世界に生きようとする、といったイデーが表されているのであろう。振付家は、ドラマや身体の強度な動きによる表現よりも舞台効果による表現に重きを置いているように見える。
『On the Nature of Daylight』は、宇宙人とのファースト・コンタクトを描いたSF映画『メッセージ』(2016)に使われたことでも知られる、マックス・リヒターの同名の曲に、デヴィッド・ドウソンが2007年に振付けたもの。ドウソンは英国人として初めてロシアのゴールデン・マスク賞を受賞した振付家で、オランダ国立バレエ団をはじめヨーロッパの多くのバレエ団に作品を提供している。ベルリン国立バレエの奥村彩とアレクサンダー・カニャが踊った。弦楽器とシンセサイザーを使った同じフレーズを繰り返す音楽ともに踊られ、人々の出会いと別れの中で響き合う心の交流を表す。音楽と身体の奥深い一体化が感じられた舞台だった。

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平田桃子、平野亮一 撮影/鹿摩隆司

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平田桃子、平野亮一 撮影/鹿摩隆司

『ライモンダ』より第1幕の夢の場のパ・ド・ドゥ。これは牧阿佐美が新国立劇場バレエのために、2004年に改訂振付けたヴァージョンで、牧が逝去した後の2022年4月、ルーマニア国立バレエ団で全幕上演された。そのプレミアで踊った同バレエ団の奥村凛と、同僚のロベルト・エナケが踊った。牧阿佐美ならではの典雅でシンフォニックなヴァリエーションが美しく現れた。(アレクサンドル・グラズノフ音楽)
『ロメオとジュリエット』より第1幕バルコニーのパ・ド・ドゥ。ケネス・マクミランの振付を英国バーミンガム・ロイヤル・バレエの平田桃子と英国ロイヤル・バレエの平野亮一が踊った。音楽はセルゲイ・プロコフィエフで世界中の多くのダンサーが、一度は踊ってみたいと憧れる作品。平野の悠々と安定感のある踊りと、軽やかで抒情的な情感が豊かに表れれた平田の踊りによる活き活きとした舞台だった。
最後の演目は『海賊』より第2幕のパ・ド・ドゥ。新国立劇場バレエの池田理沙子がメドゥーラを、同じカンパニーの渡邊峻郁がアリを踊った。池田のフェミニンな美しさと渡邊の強靭さを秘めた身体が魅力的なコントラストを描いて躍動した。新国立劇場バレエらしい清楚な感じも表れていて好印象を残したラストダンスだった。(マリウス・プティパ振付、リッカルド・ドリーゴ、レオン・ミンクス音楽)

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奥野凛、ロベルト・エケナ 撮影/鹿摩隆司

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池田理沙子、渡邊峻郁 撮影/鹿摩隆司

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