モンテカルロ・バレエ団が11月来日、ジャン=クリストフ・マイヨーの『じゃじゃ馬馴らし』を上演

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

20世紀初頭に〈バレエ・リュス〉が本拠としていた南仏モナコより、モンテカルロ・バレエ団が11月に来日し、気鋭の芸術監督ジャン=クリストフ・マイヨーがシェイクスピアの喜劇を題材にし、ショスタコーヴィチの映画音楽に振付けた『じゃじゃ馬馴らし』を上演する。新型コロナウィルス感染拡大の影響で2020年に予定されていた公演が中止となって以来、待望の来日となる。
ジャン=クリストフ・マイヨーは1960年にフランスで生まれ、故郷トゥールのコンセルヴァトワール(国立高等音楽舞踊学校)、次いでカンヌのロゼラ・ハイタワーの舞踊学校で学ぶ。1977年ローザンヌ国際バレエコンクール入賞後、ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエでソリストとして活躍した。ダンサーを引退後、モンテカルロ・バレエ団との最初のプロジェクトは、1987年の『中国の不思議な役人』だった。この作品が評判を呼び、1992/93年シーズンにおけるモンテカルロ・バレエ団の芸術アドバイザーとなる。1993年よりこのカンパニーの振付家・芸術監督として任命されて以後、彼は40作を超えるバレエを精力的に発表してきた。
『ロミオとジュリエット』(1996)『シンデレラ』(1999)『ラ・ベル(眠れる森の美女)』(2001)『ル・ソンジュ(真夏の夜の夢)』(2005)『LAC〜白鳥の湖〜』(2011)などは日本でも上演され、いずれも話題を呼んだ。『ラ・ベル』の姫がシャボン玉の中に閉じ込められているなどの美しいシーンは、評判になりよく知られている。古典文学や童話に原典を求めながらも、マイヨーは時代にあった解釈でストーリーを展開し、近未来的な美的感覚で、夢のような舞台を創り上げる。長年、彼のミューズとして活躍した金髪のショート・ヘアがトレードマークのベルニス・コピエテルスに象徴されるように、マイヨーの作品ではクラシック・バレエの強靭なテクニックを持つ美脚で長身のダンサーたちの存在感が最大限に発揮される。日本人ダンサーの小池ミモザ、田島香緒理も活躍中だ。

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photo ALICE BLANGERO

今回上演される『じゃじゃ馬馴らし』は、かつてはジョン・クランコがシュツットガルト・バレエ団に振付けている(1969年)。マイヨーはボリショイ・バレエのために振付け、2014年に初演され大評判となった。日本ではエカテリーナ・クリサノワとウラディスラフ・ラントラートフがキャタリーナとペトルーチオのカップルを表情豊かに演じた映画が公開されているので、スクリーンでご覧になった方も多いだろう。
現在、ロシアのウクライナ侵攻により、マイヨーはボリショイ側にこの作品の上演権を一旦保留したいと申し出た。しかしボリショイのウリン総裁はこれを拒否(ニューヨーク・タイムズ 4月15日)、現在もこの作品はボリショイ・バレエ団のレパートリーとして公式サイトに記載されたままとなっている。ボリショイにとっても、それほど手放し難い魅力的な現代作品なのだ。その後、マイヨーは群舞のシーンなどを改訂しており、今回はその新しいヴァージョンが日本初披露される。

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『じゃじゃ馬馴らし』の物語を簡単にいうと、キャタリーナとビアンカの美しい姉妹が、裕福な父バプティスタと暮らしていた。姉のキャタリーナはじゃじゃ馬娘として近所でも知られた存在だが、妹のビアンカは優しげな性格で、男性たちが我こそはと、彼女のもとに大勢に押しかけている。しかし、バプティスタは長女の結婚が先決と譲らない。そんな中、ペトルーチオという豪快な男が現れる。最初、彼は持参金目当てでキャタリーナとの結婚話に乗るが、彼女はなかなかの強者だった。しかし、ペトルーチオは彼女を気に入って何とか懐柔しようとする。最初はこの結婚を嫌がっていた彼女もしぶしぶ承諾し、二人は一緒に暮らし始めるが...というもの。
一幕では、キャタリーナとペトルーチオとの出会いから結婚に至るまでの二人の丁々発止のやり取りをコミカルに描き、二幕では、二人の新婚生活での心の交流が描かれる。
前半では、ペトルーチオが暴れるキャタリーナを懸命に追いかけたり、彼女が束縛から逃れようと懸命に動き回るスピーディーなファイティング・デュエットから目が離せない。一方、後半の二人が心を通わせていく様は、次第に優美な踊りに変貌していく。終章には、往年のミュージカルの名曲「二人でお茶を」をショスタコーヴィチが管弦楽曲に編曲した「タヒチ・トロット」の軽妙洒脱な調べに合わせて、二人が息の合った踊りを披露する。このハイライト・シーンでも、マイヨーならではの独創性と官能性を感じる振付を存分に堪能することができる。
台本を担当したジョルジュ・ルオーは脚色のねらいについて次のように説明する。
「じゃじゃ馬の女性を懐柔するマッチョな方法を描く代わりに、強烈な性格の二人が出会い、お互いの中に自分自身の姿を見出すということを描きたいのです。彼らは規範からはみ出したように見えるため、孤独を感じています。スズメの群れの中のアホウドリのように異質な二人なのです。ペトルーチオは彼女にいろんなことを試して、自分は正しい相手に巡り合ったのだということを確信するに至るのです。キャタリーナは夫に従順に振る舞うようになり、世間は彼女が改心したと安心しますが、ペトルーチオは彼女の本質が変わっていないことを承知で、風変わりなこの夫婦は二人だけの世界で楽しく踊り続けるのです。」

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〈バレエ・リュス〉を率いて1909年のパリ公演を衝撃の渦に巻き込んだセルゲイ・ディアギレフは、南仏コート・ダジュールの風光明媚なモナコ公国の首都モンテカルロをバレエ団の活動拠点とした。彼らは、モンテカルロ歌劇場で新作の創作や上演も行った。ここで初演された作品のなかで有名なのが、ニジンスキーとカルサーヴィナが共演したフォーキン振付の『薔薇の精』である。1929年にディアギレフが亡くなると、〈バレエ・リュス〉は解散し、その後、関係者や振付家による再生の動きも見られたが、1951年には〈バレエ・リュス〉は消失する。
この輝かしいバレエ史を彩った場所に、モンテカルロ・バレエが1985年に発足する。モナコ公国のカロリーヌ公女が、この地に恒久的バレエ団を望んだグレース王妃の遺志を継いで設立したもので、ギレーヌ・テスマーとピエール・ラコットをこのバレエ団の芸術監督として招聘した。その後、1988年からのジャン=イブ・エスケルの時代を経て、1993年に新進振付家として名を馳せていたジャン=クリストフ・マイヨーが芸術監督に就任する。彼は2000年にモナコ・ダンス・フォーラムを立ち上げ、公演や展覧会、講演、ワークショップなどを行い、ダンスの啓蒙に務めてきた。2011年にはこのフォーラムもバレエ団とプリンセス・グレース・アカデミーと統合され、マイヨーのリーダーシップの下、ダンスの制作と教育、普及が有機的に機能する体制となった。モンテカルロ・バレエ団の付属学校プリンセス・グレース・アカデミーでは上野水香、湯浅永麻、金原里奈、永久メイなどが学び、現在まで多くの日本人留学生を受け入れている。
また、この公演では、小学校 1年生〜18 歳以下の子供たち1600名(4公演合計)が無料招待される。これは、コロナ禍で文化芸術に触れる機会が奪われた子供たちのために、文化庁子供芸術活動支援事業の一環として、劇場や音楽堂等で開催される実演芸術を鑑賞・体験してもらう取り組みのひとつである。

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photo ALICE BLANGERO

モナコ公国 モンテカルロ・バレエ団 2022年日本公演
『じゃじゃ馬馴らし』

振付:ジャン=クリストフ・マイヨー
音楽:ドミートリー・ショスタコーヴィチ
【上演時間:約110分 (休憩 1回)】
※配役はモンテカルロ・バレエ団の方針により、公演当日に発表される。

『じゃじゃ馬馴らし』案内Webサイト
https://www.nbs.or.jp/stages/2022/montecarlo/
※18歳以下限定・子ども無料招待あり

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