プリンシパルに昇進した木村優里と秋元康臣が『ジゼル』を踊る「バレエ・エスポワール」のリハーサルを取材

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

8月26日、さいたま市文化センターで国内のカンパニーで活躍するトップダンサーたちが一堂に会するガラ・コンサート「バレエ・エスポワール」(京當侑一籠主催)が開催される。この公演では、新国立劇場バレエ団の木村優里と東京バレエ団の秋元康臣がパートナーを組んで『ジゼル』第2幕のパ・ド・ドゥを披露する。

都内スタジオでのリハーサル初日を訪ねた。その日は、ちょうど、木村優里が新シーズンからプリンシパルに昇進することが発表された日だった。
木村優里は今回の昇進についての抱負を語る。「まずは、いつも応援してくださっている皆さま、支えてくださる皆さまに感謝の気持ちをお伝えしたいです。お祝いのメッセージもたくさんいただいていて、中には新国立劇場バレエ研修所の予科生時代から応援してくださっている方々もいらっしゃいます。本当に有難うございます。
今は亡き牧阿佐美先生が『バレエというのは、舞台上でその人のすべてがさらけ出されてしまう』とおっしゃっていました。技術だけでなく、精神的な部分も磨いていかなければならないという信念を引き続き持ち続けて、これ からも精進していきたいと思っております」

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木村優里、秋元康臣『ジゼル』のリハーサルにて © DANCE CUBE

この「バレエ・エスポワール」をプロデュースした京當侑一籠は15年ほど前、牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』で木村優里と共演したときのことを振り返る。「当時、彼女がAMステューデンツの頃、私が王子、クララが優里さんでした。その頃から、『もう一回いいですか、もう一度ピルエットお願いします』と、とても熱心でした。彼女が今日プリンシパルになられるとは感無量です」

木村優里と秋元康臣の二人は2019年日本バレエ協会 都民フェスティバル 『白鳥の湖』で初共演して以来、3年振りとなる。秋元は彼女について「『白鳥』のとき優里さんはすごく研究熱心な方だなと感心していました。僕が適当過ぎていてはだめだなと思うほど。彼女はすごく感性豊かで、一緒に踊っていて心地いいという部分があります。特にこういうロマンチックなバレエでは、そういう面が一番大事だと思います。」
一方、木村は秋元について「前回のバレエ協会でご一緒させていただいた時、『白鳥の湖』のドラマティックさというものを、秋元さんの舞台上のお芝居やパートナリングされているときの感情表現でより感じることができ、パートナーを通して作品の色というものがこんなにも伝わってくるんだなということを再確認しました。いろいろな取材でお話していて、今回が何回目かわからないほどですが、サポートが本当に本当にすばらしくて、たくさん助けていただいております。本当に大尊敬しております。」

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京當侑一籠 ©鹿摩隆司

今回の二人について、京當は語る。「秋元くんに初めて会ったのは彼がロシアから帰って来たばかりの頃で、まだ二十歳くらいだったと思います。日本人離れした体つきで、 日本人でこの様な男性ダンサーがいるのか!と衝撃を受けました。
今回急なキャスト変更により優里さんにご出演いただくことになったのですが、私の知っているお二人の踊りや雰囲気がとても似合うと思い、『ジゼル』を選びました。

木村と秋元の初めての『ジゼル』第二幕グラン・パ・ド・ドゥのリハーサルが始まった。二人はサポートについて話し合ったり、体の向きや舞台での見せ方などについて京當からアドバイスを受けながら細部を調整していく。そして音楽がかかると、ゆっくりと片足を横へ膝を伸ばしながら上げていくデヴロッペ・アラセゴンドや両腕を胸の前で交差するウィリのポーズ、アラベスクをするジゼルを優雅に支えるアルブレヒト、後悔の念にさいなまれる彼の背中に、そっと寄り添うかのような慈愛に満ちたジゼルのアラベスク、ふわりと空中に浮遊するリフト、そして軽やかなジャンプなどが随所に散りばめられた、美しいグラン・パ・ド・ドゥの一端を垣間見ることができた。若くして亡くなったジゼルがウィリとなってアルブレヒトと踊る夜の森の情景が浮かんできた。
本番の舞台では暗い舞台で黒い衣装のアルブレヒトは、ジゼルをリフトするときなど目立たないが、至近距離で観察すると男性のサポートは、肉体的に大変なものだということがあらためてわかる。秋元の筋肉質の腕からは汗が光る。
「男性の立場としては、いかに女性の重力を感じさせないようにするかという点が難しいですね。特に『ジゼル』などの作品は、ただリフトを上げてさっと降ろすとか、ポーズだけを決めればいいというものではなく、全体の流れがいかにきれいに見えるかどうかが重要です。美しく見える角度など徹底的にこだわりたいと思います。」と秋元は『ジゼル』での男性のサポートの極意について解説してくれた。木村は「『ジゼル』では実際、男性のほうが大変なのです。ヴァリエーション(ソロの踊り)はデュエットのあと、疲れが溜まってくるときに踊らないといけないですから。」と話した。
京當は「(グラン・パ・ド・ドゥの)後半は腕がしびれてきますね。」と体験談を語ると秋元が「腕はこうして舞台袖で一旦無にします(腕を振るしぐさ)。疲労感が逆に心地よかったりもするなあと思いながら踊っています。」と臨場感たっぷりに語った。

リハーサルを指導した京當の目からは二人の姿はどのように映ったか。「本当に綺麗な二人だと改めて思いました。さっきお二人もお話されたように、ただ単に足を上げたり、リフトが上がるとか、そういうことでなくもっと内面の感情的なものが『ジゼル』を踊るには必要だと思います。 アルブレヒトの後悔し切れない思いや、ジゼルが死してもなお、アルブレヒトを愛して許すという内面的なものをお二人の踊りから感じられました。今日のリハーサルを拝見して、お二人の演目を『ジゼル』にさせていただいて本当に良かったなと思っております。」とリハーサル初見の感想を述べた。

今回の出演について、秋元は「このようなガラ・コンサートで、あるひとつの演目からグラン・パ・ド・ドゥを抜粋して踊るより、どんなに体力的につらくとも、全幕を踊ったほうが気持ちの部分ではすごく楽に感じられます。流れに身を任せて演じ切るほうが自然に踊れます。今回のようなガラ公演で踊らせていただくときも、やっぱり物語全体と抜粋で披露する部分とのつながりを自分なりに生み出せるよう、まずはその辺りを考えながら舞台に立つようにしています。ですから、グラン・パ・ド・ドゥだけであろうと全幕であろうと、変化はつけていないつもりです。」と語った。

木村は「今のお話を伺いながら、秋元さんは頼もしいなと思いました。ガラ公演で『ジゼル』を踊るのは初めてです。特に他が明るい作品が多く、第二幕のこのシーンをハイライトとはいえ、いきなり踊るというのが初体験なので、その覚悟はできているのかと自問自答しています。秋元さんは今回のような舞台は緊張されますか?」と先輩ダンサーに質問する。彼は「急に舞台に出てきて踊り出すのは、確かに全幕やっているときよりは緊張します。しかし、出だし10秒くらいで自分がその作品の世界にちゃんと乗ることができれば、明るい作品を見てあれこれ悩むよりは、より違いを出す方に力を注ごうという風に考えます。他の作品が激しい感じであれば、こちらはひたすらしっとり行こうというように考えるようにしています。」とポジティブな考え方を提示した。

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木村優里『ジゼル』のリハーサルにて © DANCE CUBE

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秋元康臣『ジゼル』のリハーサルにて © DANCE CUBE

バレエ愛好家の中には勉強熱心で深い知識を持つ人や、長年、舞台に足を運び続ける人なども増え、観客の成熟度が年々増しているように感じる。また、バレエを趣味として自分で実際に踊っているという大人バレエ人口の増加も著しい。実際に一般の方へバレエを教えることもある二人は、どのようなことを感じているだろうか。
秋元は「バレエとのふれあい方や楽しみ方は人それぞれだと思います。前よりもっと気軽に見に行こうと、バレエにより深い興味を持ってくださる方もいますし、逆に舞台を見ていたら自分もレッスンを受けて踊りたくなった、という方もいらっしゃいます。また、レッスンを続けていると、実際に舞台に立ってみたいという方ももちろん出てきますね。このように様々な形でバレエに興味を抱いてくださる方々が、一人でも増えてくれればとても嬉しいです。例えば、自ら興味をもってくださったうえでレッスンを受けると、クラスでの集中度がものすごく高くなります。特に大人の方は、自らがやりたいからやっているというのが大前提にあるので、すごく熱心な方が多いです。教える側としては、見せ方などちょっとした点でも何でも言ってあげたくなります(笑)。注意した本人の自分は舞台で踊らなければならないので、その分プレッシャーに感じることもありますが。バレエを見る人も体験する人も、相乗効果でどんどんレベルが上がっていくので、こちらは頑張るしかありませんね。」

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木村優里、秋元康臣『ジゼル』のリハーサルにて © DANCE CUBE

このガラ・コンサート「バレエ・エスポワール」が実現するまでには紆余曲折があった。埼玉県川口市のバレエアーツを主宰する京當侑一籠が主催するこの公演は、元々、長野県佐久市での開催を想定した企画だったが、2019年の台風被害での劇場の浸水被害や翌年以降のコロナウィルス感染拡大によって延期が2度、さらにオミクロン株の大流行により佐久市での公演は中止に追い込まれた。しかし、日本を代表する各カンパニーのダンサーたちが一同に会する貴重な機会が、そのまま立ち消えになるのはあまりにも惜しいという内外の声に励まされ、プロデューサーの京當は関東圏での開催を目指して再出発、ついにさいたま市文化センターで、8月26日に開催されることになった。
今回のガラ公演で京當が理想としたのは、小学生の時に見た「青山バレエフェスティバル」だった。「この公演は私の青春です。当時、牧阿佐美先生が芸術監督をされており、熊川哲也さんや小嶋直也さんなどの当時の大スターたちが出演されていました。私の中で甲子園のようなイメージで、自分もいつかここに立ちたいと思いました。生意気な小学生ですよね。それがずっと私の根底にありました。再出発を目指す際に、とても悩み色々な方に相談いたしました。夢を描いたとしてもたどり着くことが出来ない人もいれば、それを現実として形に残せるチャンスが巡ってくる人、後者であるならばやるべきではないか、と背中を押していただき、上演しようと決意しました。」と京當は今回の公演の開催の経緯について語った。

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オープニングには、竹田仁美と高橋真之によるバランシン振付『スターズ&ストライプス』が予定されている。この作品の上演について京當は「ガラ公演をやるならオープニングは『スターズ&ストライプス』と決めており、バランシン協会に直接連絡し上演の希望を伝えました。過去に踊ったダンサーは協会のデータベースに登録されているらしく、お二人は過去にバランシン協会の方から直接指導を受けたという経緯がありましたので、上演の許可をいただけました。ただ、オンラインリハーサルは必須とのことでしたので、お二人には時差もある中、アメリカと日本でのオンラインリハーサルをしていただいたのです。」と舞台裏を明かした。

この公演の最後を飾るのは、宝満直也がショスタコーヴィチの音楽に振付けたコミカルな『3匹のこぶた』。新国立劇場での初演時に舞台美術を担当したデザイナーに、再度この公演のために舞台セットを依頼したという。 東京バレエ団、牧阿佐美バレヱ団、NBAバレエ団、スターダンサーズバレエ団のプリンシパル4名の豪華キャストで上演予定で、バレエ団の枠を越えた1つの舞台をとの想いがこのキャスティングに込められている。

日本を代表する数々のバレエ団を牽引するダンサーたちが彩る華やかな舞台が、今から楽しみだ。

Ballet Espoir バレエエスポワール
〜トップダンサー達の共演〜

2022年8月26日(金) 18:00開演
さいたま市文化センター
〒336-0024 埼玉県さいたま市南区根岸1丁目7−1

https://kyotoballet.jp/ballet-espoir/

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