過酷な状況を背後に背負いながら見事な舞台を繰り広げたダンサーたち、「キエフ・バレエ・ガラ 2022」

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

キエフ・バレエ・ガラ 2022

『ゴパック』ロスティラス・ザハロフ:振付、『ラ・シルフィード』よりパ・ド・ドゥ オーギュスト・ブルノンヴィル:振付、「ディアナとアクティオンのグラン・パ・ド・ドゥ」アグリッピーナ・ワガノワ:振付、『海賊』第2幕より"花園の場" ジュール・ペロー他:振付、『ひまわり』寺田宣弘:振付(世界初演)、「サタネラのグラン・パ・ド・ドゥ」マリウス・プティパ:振付、『瀕死の白鳥』ミハイル・フォーキン:振付、『バヤデルカ』第2幕より マリウス・プティパ他:振付

キエフ・バレエは毎年定期的に日本公演を行なってきたが、昨年は新型コロナ感染拡大のため来日できなかった。今年は公演が再開できると思われたのだが、2月にロシアによるウクライナ侵攻という恐ろしい事態が勃発。キエフ・バレエの日本公演は難しいだろうというのが大方の想いであった。
ところが「キエフ・バレエ・ガラ 2022」は開催されたのである。
ロシアの侵攻が首都キエフ(現在はキーウと表記される)周辺に及んだ頃は、当然、本拠地である国立ウクライナ劇場は閉鎖され、ダンサーたちも散り散りになり、クラスさえも行われなくなった。
しかし、バレエ芸術は素晴らしい。祖国を離れたダンサーたちは、ヨーロッパの国々でバレエを継続することも可能だった。もちろん、各国の人々の手厚い支援が支えたのであるが、民族を超え、言語を超え、国境を超え、習慣を超えて、バレエを継続することは可能だったのである。
そして、ドレスデンからハンブルクからメンヒェングラートバッハからアムステルダムから・・・ウクライナのダンサーたちが集まってきて、初めて一堂に介し、日本で「キエフ・バレエ・ガラ2022」が開催されることとなった。関係者の方々の努力の賜物であろう。

(写真は他日公演です)

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「ゴパック」撮影/瀬戸秀美

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「ゴパック」撮影/瀬戸秀美

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「ディアナとアクティオン」
アンナ・ムロムツェワ、ニキータ・スハルコフ 撮影/瀬戸秀美

第1部開幕は、キエフ・バレエの公演らしくウクライナの民族舞踊『ゴパック』だった。赤いブーツ、黒いブーツ、赤が鮮やかに強調された民族衣装をつけたダンサーたちが舞台全体で弾けた。ロスティラス・ザハロフ振付の『タラス・ブーリバ』で踊られる有名な踊り。ウクライナを表すひまわりが埋め尽くす背景が印象深かった。続いて『ラ・シルフィード』よりパ・ド・ドゥ、ブルノンヴィルの振付をアレクサンドラ・パンチェンコとアンドリー・ガブリシキフ(写真はネトルネンコ)が踊り、ブルノンヴィルのステップを軽やかに響かせた。パンチェンコは芸術監督フィリピエワ期待の若手ダンサー。ガブリシキフもキエフ国立文化芸術大学に学んだ若手の成長株だ。
「ディアナとアクティオンのグラン・パ・ド・ドゥ」は、アンナ・ムロムツェワとニキータ・スハルコフ。
プティパの『エスメラルダ』の中で踊られる、ギリシャ神話の月の女神と狩に来た若者の話を題材としたもので、バレエの本筋とは関係ない。ムロムツェワの伸びやかな肢体とスハルコフの強靭な身体が、大きく豊かなラインを描いて、神話的な世界を眼前にしたように思えた。『海賊』第2幕より"花園の場"は、メドーラのカテリーナ・ミクルーハとギュルラーナのアレクサンドラ・パンチェンコ。ミクルーハは昨年、キエフ・バレエ学校を卒業したばかりで、「グランプリ・ミュンヘン」などの国際バレエコンクールで第1位となっている。堂々とした踊りで、花園の美しさを一段と輝かした。

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「ラ・シルフィード」アレクサンドル・パンチェンコ、ヴィタリー・ネトルネンコ 撮影/瀬戸秀美

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「海賊」カテリーナ・ミクルーハ 撮影/瀬戸秀美

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「ひまわり」撮影/瀬戸秀美

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「サタネラ」カテリーナ・ミクルーハ 撮影/瀬戸秀美

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「瀕死の白鳥」エレーナ・フィリピエワ 撮影/瀬戸秀美

第2部は寺田宣弘が振付けた『ひまわり』から。ウクライナの国の花のひまわりが繚乱と咲き誇る世界に、明日への道を模索する動きが続いていく。今後、さらに発展していく作品だと思う。「サタネラのグラン・パ・ド・ドゥ」はカテリーナ・ミクルーハとマクシム・パラマルチューク。若々しいミクルーハとパラマルチュークのペアが輝くような魅惑的な舞台を見せた。
『瀕死の白鳥』は芸術監督を務めるエレーナ・フィリピエワが踊った。静寂の中に荘厳な死を描くことによって、生命のかけがえのない尊さを際立たせる見事な舞台だった。戦禍に見舞われている祖国の人々と魂でつながっていることを訴えているかのように見え感動的だった。
最後の演目は『バヤデルカ』第2幕より。アンナ・ムロムツェワのガムザッティ、ニキータ・スハルコフのソロル、アンドリー・ガブリシキフの黄金の偶像ほか。第2幕のガムザッティとソロルの婚約式のシーンにディヴェルティスマン風に次々登場する踊り。ムロムツェワの華やかな美しさと少し抑え気味のスハルコフの表現が、コントラストを描いて次のドラマを予感させるかのようにも見え、作品の全体の重みを感じさせた。

過酷な状況に見舞われた祖国を背後に背負っているダンサーたちは、おそらくクラスもリハーサルもままならなかったであろう。しかし、確かにバレエの舞台は輝いていた。
そして、ウクライナの首都の名称がキエフからウクライナ語のキーウに変わることにより、「キエフ・バレエ」の名称で公演されるのは今回が最後となった。次回からは、ウクライナ国立バレエ団、という名称で公演が行われる。
(2022年7月16日 東京国際フォーラム ホールC)

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「瀕死の白鳥」エレーナ・フィリピエワ 撮影/瀬戸秀美

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「瀕死の白鳥」エレーナ・フィリピエワ 撮影/瀬戸秀美

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「バヤデルカ」 撮影/瀬戸秀美

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「バヤデルカ」ニキータ・スハルコフ 撮影/瀬戸秀美

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「バヤデルカ」アンナ・ムロムツェワ 撮影/瀬戸秀美

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「バヤデルカ」 撮影/瀬戸秀美

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「バヤデルカ」アンナ・ムロムツェワ、ニキータ・スハルコフ 撮影/瀬戸秀美

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