鬼が憑依した演奏と踊りの衝撃波を観客が全身で感じた、Noism × 鼓童『鬼』
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ワールドレポート/その他
香月 圭 text by Kei Kazuki
Noism × 鼓童『鬼』
『お菊の結婚』金森穣:演出振付
Noism × 鼓童『鬼』金森穣:演出振付、原田敬子:音楽、太鼓芸能集団 鼓童
新潟のりゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館の専属舞踊団として活動するNoismと、佐渡を拠点とする太鼓芸能集団 鼓童の共演が初めて実現した。舞台は二部構成になっており、第一部ではディアギレフ生誕150周年を記念してNoism 0+Noism 1 による新作『お菊の結婚』が上演された。第二部では原田敬子による新曲『鬼』を鼓童が演奏し、Noismが踊った。
『お菊の結婚』は、1923年にパリで初演されたストラヴィンスキー『結婚』の音楽を用いて、芸術監督の金森穣が新たに演出振付を行った新作。この曲には「母親が花嫁の髪を三つ編みに編んでくれた」という歌詞があり、『お菊の結婚』でも井関佐和子扮する花嫁のお菊は、角隠しの下からお下げ髪をのぞかせている。
Noism『お菊の結婚』中央:井関 佐和子/撮影:村井勇
Noism『お菊の結婚』中央:井関 佐和子、右端:ジョフォア・ポプラヴスキー/撮影:村井勇
金森が今回の創作の下敷きとしたのは、19世紀末のフランスの作家ピエール・ロチによる小説『お菊さん』。原作は、1885年に海軍士官として、ひと月ほど長崎で「現地妻」と暮らした経験をもとにしたものと言われる。西欧人の規範から外れた日本人の様子を蔑むような描写も散見される。「ーーお前さんたちは、可愛らしいには可愛らしい、と私も認めてはゐる。ーーおどけてゐて、きやしやな手をしてゐて、小さい可愛らしい足をしてゐる。でも要するに、みつともない。おまけに滑稽なほど小さい。陳列棚の骨董品みたいな顔をしている。」(ピエール・ロチ『お菊さん』)
原作者を思わせる海軍士官ピエールを演じるのは、ロチと同じフランス出身のNoismのダンサー、ジョフォア・ポプラヴスキー。日本の町に降り立った彼の目に映ったのは、カクカクして人形のように不自然な動きをする日本人の姿だった。ダンサーたちは最後まで人形浄瑠璃の人形のように踊り続けた。遊女たちはキモノを着ているせいもあって小走りにちょこちょことした足取りで移動し、人形のよう。ストラヴィンスキーの不規則な音楽に合わせて反応する日本人のメカニックな群舞は細部まで揃っており、金太郎飴のように同質で無個性の文化を強調させるもの。ピエールが感じた日本文化に対する違和感が舞踊として見事に表現されていた。
また「鬼」という今回公演の主題も感じられた。ピエールは楼主に金を払ってお菊を現地妻にと望むのだが、お菊にとっては見慣れない異国人の彼は鬼のように怖く映る。井関が演じたお菊からは、自分が置かれた境遇に抗えない娘の諦念が伝わってきた。また山田勇気と井本星那はお菊の気持ちを無視して金目当ての縁組を進める楼主夫婦に扮し、冷酷な「鬼」の一面を一段と強い踊りで示していた。
Noism『お菊の結婚』上右より山田 勇気、坪田 光、樋浦 瞳、下右より井関 佐和子、ジョフォア・ポプラヴスキー、井本 星那/撮影:村井勇
Noism『お菊の結婚』上左より中尾 洸太、井本 星那、山田 勇気、下中央:井関 佐和子/撮影:村井勇
Noism×鼓童『鬼』上中央:井関 佐和子/撮影:村井勇
休憩をはさみ、Noismと鼓童による『鬼』の幕が開いた。鼓童は人が下を通れるくらいの高さに設置された台座に、太鼓や種々多様な楽器を前にして鎮座している。ほどなくして「ズドーン」という最初の太鼓の一打が轟く。観客の腹部を大きく揺さぶるほどの衝撃だった。鼓童の奏者が様々な音を繰り出し、踊り手のNoismがそのバイブレーションを間近で受けて、全身で反応する。音の反響とともに観客の高揚がまた舞台へと返され、会場のエネルギーが高まりを見せていく。今回の演奏では、次の音がどのタイミングで出現するのか全く予想できない。そのような難しい曲で太鼓とダンサーのタイミングがぴったりと合っていたのは不思議としかいいようがなかった。
山田勇気が演じる役行者(えんのぎょうじゃ)と弟子たちは何かに憑かれたように踊る。その様子からは山奥で行う修行の神秘性も表出する。彼らは狭い坑道をくぐって作業する鉱山労働者のようにも見え、野性味や力強さも備わる。佐渡の金山の近くには、清音尼が開いたという伝説のある上相川柄杓町があり、ここには後に遊郭も存在した。井関佐和子演じるこの尼と侍女や遊女たちは全身を滑らかに動かし、艶めかしい踊りで男たちを幻惑するかのようだ。彼女たちは男たちに対して一筋縄ではいかない強靭さも全身にみなぎらせる。
金森は「鬼」にまつわる様々な伝説やイメージを多彩な舞踊で豊かに表現した。太鼓の連打に混じって様々な楽器のアクセントが響き渡るなか、Noismのダンスはスローモーションのようなムーブメントとスピーディーな踊りが絶妙に組み合わされ、緩急の匙加減が絶妙だった。
Noism×鼓童『鬼』撮影:村井勇
Noism×鼓童『鬼』中央左より山田 勇気、井関 佐和子/撮影:村井勇
舞台後半に上手から下手へと横たわる金脈が出現すると、いつしか着物を脱ぎ捨てたダンサーたちの動きは猫科の動物のようにしなやかな鬼集団へと変貌している。鬼の棲家には発掘された金が積載されているのだろうか。女王蜂のように君臨する井関が大勢の鬼に高く掲げられ、サーカスの女のように逆立ちして降ろされる。このシーンはブロードウェイ・ミュージカルのような華があった。鬼たちの高揚したアンサンブルは最高潮に達し、金森と井関による金鬼の男女の崇高なデュエットで幕を閉じた。
今回の作品では、佐渡の金山の知られざる歴史を通して、「鬼」が憑依した奏者と踊り手が互いに共鳴し合って増幅されるパワーを間近に感じることができた。西洋と日本の舞踊を融合するNoismのスタイルがさらにどのように発展していくのか、楽しみでならない。
(2022年7月9日 彩の国さいたま芸術劇場)
Noism×鼓童『鬼』中央上より山田 勇気、井関 佐和子/撮影:村井勇
Noism×鼓童『鬼』井関 佐和子、金森 穣/撮影:村井勇
Noism×鼓童『鬼』中央:井関 佐和子/撮影:村井勇
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