「キエフ・バレエ・ガラ2022」の開催に際して、フィリピエワ芸術監督、寺田副芸術監督、プリンシパルダンサーが記者会見を行った

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

「キエフ・バレエ・ガラ2022」およびウクライナ国立歌劇場の冬の日本公演の記者会見が、7月14日群馬県前橋市ベイシア文化ホールで開催された。ここ前橋市が、「キエフ・バレエ・ガラ2022」の初日の開催地となったこともあって、キエフ・バレエのダンサーたちと前橋市長が面会し、ウクライナへの支援を表明。市を挙げて支援しようという中で記者会見が行われた。
登壇したのは、芸術監督のエレーナ・フィリピエワ、副芸術監督の寺田宣弘、プリンシパルのアンナ・ムロムツェワ、ニキータ・スハルコフの4名だったが、笑顔はなく、沈痛な面持ちである。遥か彼方だった戦争の暗い影が平和な夏の日本にも厳しく重い現実として感じられた。

2月24日のロシアのウクライナ侵攻以降、キエフ・バレエの本拠地ウクライナ国立歌劇場は閉鎖された。120名もいたバレエ団メンバーも国外に避難せざるを得ない者などもあり、離れ離れとなった。現在はダンサーは30名ほどが残っており、かつてとは比べものにならないまでも公演が再開されている、という。
今回のキエフ・バレエ・ガラは、そうした国外で活動するダンサーなどにも声をかけ、厳しい条件下で開催にこぎつけることができた。そしてキエフ・バレエの名を冠した国外公演が、ロシア侵攻以降初めて日本で開催されることとなったのである。バレエファンにとっても大変喜ばしいことだ。

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キエフ・バレエ芸術監督 エレーナ・フィリピエワ

芸術監督のフィリピエワは、マイクを手に取って、キエフ・バレエ・ガラが日本で開催される喜びを語りながらも堪えることができず、落涙する場面もあった。
「戦争が始まった時は『バヤデルカ』の公演中でした。信じられない気持ちでテレビのニュース映像を映画を観ているように見ていました。劇場は閉鎖されてしまいましたが、父が心配だったので家族とともにキエフに留まり、ボランティア活動をしていました」
「お互い何度も何度も連絡を取り合い、被害がないか確かめていました。いろいろな事情があり、散り散りになってしまったダンサーたちに連絡をとって集めるのは困難なこと。主催者に日本で公演できるようになったことを深く感謝しています」と、言葉あまり多くは無かったが、強い気持ちを込めて語った。
エレーナ・フィリピエワは10歳でキエフのバレエ学校に入学して以来、今日までバレエ団のほとんどすべての主役を踊り、国外のバレエ団からのオファーも断り続け、キエフ一筋で踊り続けてきたプリマバレリーナ。今は、芸術監督としてカンパニーをリードしていく責任ある立場にあり、その胸中に積み重ねられている悲しみは、到底、計り知ることはできないであろう。
プリンシパルのニキータ・スハルコフは「戦争が始まった時はすごい衝撃を受けましたが、キエフは比較的防衛がしっかりしていたので大丈夫でした。最近はイタリアやスロヴァキアのチャリティ・ガラに出演しています」

やはりプリンシパルのアンナ・ムロムツェワは「私は戦争が始まってもキエフに残っていましたが、その後、家族とともに国外に出ました。今はドレスデンなどで活動しています。戦争はものすごい恐怖でした。日本に来て、ウクライナの国旗が街に飾られていてほんとうに嬉しかった」
また、副芸術監督を務める寺田宣弘は「私は36年間ウクライナに在住し、バレエ活動をしてきた日本人です。戦争が起きてしまって本当に悲しい。ウクライナの子どもたちがヨーロッパのどこかでバレエが学べるように、必死でサポートしてきました。そうしないとウクライナの素晴らしい芸術が消えてしまうような気がしました」
「現在、ウクライナから日本に入国することが非常に困難になっています。でも、できるだけ可能な限りダンサーに声をかけツアーを実現して、その映像を世界中に人々に見せて、ウクライナの芸術が健在であることを示したいと思います。長い間、リハーサルすらできなかった状況だったので、温かい支援に感謝します」
そして「戦争はいつか必ず終ります。そしてまた新しいウクライナが始まります。今回のガラで初演される新作『ひまわり』は新しいウクライナを表す作品です」と語った。

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アンナ・ムロムツェワ

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ニキータ・スハルコフ

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副芸術監督 寺田宣弘

キエフの名称がキーウに改められている中、今回の「キエフ・バレエ・ガラ2022」が<キエフ>名を使った最後の公演となる。そして年末から年始にかけて、ウクライナ国立歌劇場としての来日公演が決まったことが招聘元の光藍社から発表された。
ウクライナ国立バレエ団(旧キエフ・バレエ)は、『ドン・キホーテ』全幕を12月17日から東京国際フォーラムほかで4公演行う。また、ウクライナ国立歌劇場(旧キエフ・オペラ)は、2023年1月6日より東京と大阪で『カルメン』を上演する。1月3日には「新春オペラ・バレエ・ガラ」(バレエは『パキータ』の予定)を東京国際フォーラムで開催。さらにウクライナ国立歌劇場管弦楽団と合唱団は、12月29日、30日に『第九』他ベートーヴェン2曲のコンサートを東京オペラシティで行う。
黒海がロシアによって封鎖されているために、ウクライナから舞台装置などの輸送が難しく、日本国内で調えなくてはならない。そうした困難な状況下でも、ウクライナ国立歌劇場の全体を感じさせる公演を開催することとなった。平時に続けられてきたウクライナ芸術と日本の交流が、戦時下という厳しい状況になってさらに進展を試みるわけである。招聘元の勇気には大いに感心させられた。

◎公演詳細
https://www.koransha.com/ballet/

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