トップ・バレリーナとしての揺るぎない存在感を見せた上野水香、東京バレエ団『ドン・キホーテ』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『ドン・キホーテ』ウラジーミル・ワシーリエフ:振付(マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴールスキーによる)

東京バレエ団が、ウラジーミル・ワシーリエフの演出・振付による人気の演目『ドン・キホーテ』を2年振りに上演した。宿屋の娘キトリと床屋のバジルがめでたく結婚にこぎつけるまでの顛末を、人物描写も巧みに、エネルギッシュな踊り満載のスピーディーな展開でコミカルに描いた傑作である。
主役のキトリとバジルはトリプルキャスト。ベテランの上野水香と柄本弾をはじめ、涌田美紀と秋元康臣、秋山瑛と宮川新大の3組が演じた。また、バジル役のダンサーはエスパーダも交替で務めて欲しいというワシーリエフの意向により、3人はそれぞれ両者の役を踊り分けるようキャスティングされていた。なお、上野にとっては、令和3年度の芸術選奨文部科学大臣賞の受賞記念公演でもあった。その上野と柄本が出演した初日を観た。この日のエスパーダは秋元が踊った。

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東京バレエ団「ドン・キホーテ」© Shoko Matsuhashi

ワシーリエフ版のプロローグはとてもユニーク。騎士物語の世界に浸っているドン・キホーテ(ブラウリオ・アルバレス)は、バジル(柄本弾)に髭をあたらせている時、彼の仕事が終わるのを待ち切れないキトリ(上野水香)の姿を鏡の中に見て、麗しきドゥルシネア姫と思い込んで愛を告白し、折しも食べ物を盗んでメイドに追われて逃げてきたサンチョ・パンサ(岡崎隼也)を鎧持ちに仕立てて、姫を求めて冒険の旅に出るというもの。ドン・キホーテとキトリの出会いをさりげない形で織り込んだ巧みな導入で、四人それぞれの人となりも伝わってきた。
第1幕の町の広場の賑わいの後は、ジプシーの野営地からドン・キホーテの夢の場へと移り、居酒屋で始まる第2幕は、バジルの狂言自殺により二人の結婚がキトリの父・ロレンツォ(山田眞央)に認められると、華やかな結婚式の場へと速やかにつながれた。ワシーリエフ版について、「全部が見どころと言ってもいい」という斎藤友佳理・芸術監督の言葉どおり、全編、多種多様な見応えのある踊りが散りばめられており、それを鮮やかにこなすダンサーたちの力量が相まって、初めから終わりまで片時も目が離せない舞台だった。

上野は快活でやんちゃな一面もあるキトリを溌剌と演じ、柄本も陽気でおおらかなバジルを伸び伸びと演じていたが、長年パートナーを組んできた二人だけに、パ・ド・ドゥを含め、見事に息のあった演技をみせた。町の広場では、上野も柄本もそれぞれに鮮やかなジャンプをみせ、上野の細やかな足さばきや柄本の高度なリフトが冴えた。また、上野が貴族のガマーシュ(樋口祐輝)の求婚をからかうようにあしらい、一方で自分を麗しき姫と思い込んでいるドン・キホーテにはバジルにあてこするように慇懃に接すると、柄本はそんなキトリの性分を優しく余裕をもって受け止めるといった具合で、二人の心のキャッチボールが楽しめた。
"夢の場"では一転して典雅な舞いを見せた上野だが、結婚式では柄本と共に格調高いグラン・パ・ド・ドゥを披露した。出だしこそ緊張気味だった上野だが、持ち前の柔軟性を活かして軽やかに脚を振り上げ、片脚でバランスを長く保ち、ダブル入れたフェッテをリズミカルにこなした。柄本もダイナミックなマネージュや躍動感あふれる回転技を繰り広げ、さらに、誇らしげに片手で上野を高々とリフトし、フィッシュ・ダイヴも鮮やかに決めて会場を沸かせた。

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東京バレエ団「ドン・キホーテ」© Shoko Matsuhashi

他のダンサーでは、闘牛士たちを率いて踊るエスパーダの秋元の存在が目を引いた。身体を軽くそらしたポーズも凛々しく、力強いジャンプや回転にエスパーダとしての覇気をみなぎらせていた。踊り子のメルセデスは伝田陽美で、シャープな足さばきで男たちの視線をとらえ、魅惑的にステップを踏み続けた。金持ちだが間抜けな貴族という設定のガマーシュを演じた樋口は、狂言回し的な役をわきまえて、キトリを思う一途さで笑いを誘った。若いジプシーの娘を踊った政本絵美は、身もだえするように激しく全身を震わせ、また極限まで身体をしなわせるなど、ドラマティックな演技で圧倒した。対照的に、"夢の場"ではドリアードの女王の中島映理子をはじめ妖精たちが端正なステップで古典バレエの美しさを伝え、キューピッドの足立真里亜も繊細なパ・ド・ブーレやしなやかな身のこなしで愛らしさを際立たせていた。
多彩な群舞が盛り込まれているのも『ドン・キホーテ』の魅力のひとつ。広場の祭りに集う人々の陽気なダンスや、闘牛士たちのマントを振り回しての勇壮な群舞、強靭な跳躍を続けたジプシーの男性たちによる勇猛な群舞など、それぞれ見応えがあった。
総じてレベルの高い舞台だったが、カーテンコールでは芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した上野にひときわ大きな拍手が送られた。近年の『ボレロ』や『カルメン』で踊りや演技を深めたことが評価されての受賞だったが、今回の『ドン・キホーテ』では、コミカルな物語ということもあり、役を掘り下げるというよりは役になりきるのを楽しんでいるように見受けられた。ともあれ、受賞にふさわしい、トップ・プリマとしての揺るぎない存在感を示した充実した公演だった。
(2022年6月23日 東京文化会館)

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東京バレエ団「ドン・キホーテ」上野水香、柄本弾 © Shoko Matsuhashi

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