アートの先鋭たちがジャンルを超え結集した伝説的オペラ『浜辺のアインシュタイン』、10月に上演

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

今年から始まる「神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズ」の第1弾として、音楽+舞踊をテーマに、オペラ『浜辺のアインシュタイン』が10月8日・9日に上演される。振付・演出は平原慎太郎、Kバレエカンパニー名誉プリンシパルの中村祥子をはじめ選りすぐりのダンサー25名が出演するなど、バレエファンにも注目の舞台となりそうだ。

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フィリップ・グラス

『浜辺のアインシュタイン』は、ミニマル・ミュージックの巨匠フィリップ・グラスと、演出家ロバート・ウィルソンが共同制作し、1976年にアヴィニヨン演劇祭で初演されて一大センセーションを巻き起こした作品である。

父の経営するレコード店で、現代音楽からロックまで、あらゆる音楽を貪り聴きながら育ったグラスは、好奇心の塊のような人らしい。シカゴ大学で一流の科学に触れ、ジュリアード音楽院で作曲を学んだ後、パリ留学、インドへの旅を経て、タクシー運転手や配管工の仕事をしつつ、さまざまなアーティストと交流しながら作曲家への道を突き進む。1970年代にNYで出会い、意気投合したグラスとロバート・ウィルソンはともにダンス界とつながりが深く、マース・カニングハム&ジョン・ケージ、ジェローム・ロビンズらとも仕事をしている。

さて、今回上演される『浜辺のアインシュタイン』とはどんな作品なのだろうか。とりあえず少し音楽を聴いてみる。
1・2・3・4〜のカウントや、ド・レ・ミの音階を歌うコーラスが、微妙にゆらぎつつ前へ、前へと進んでゆく。そこに高速で読み上げられるテキストが絡まる。すさまじいスピードと透明なハーモニーに身を任せていると、何かめまいのような快感を覚える。明確なストーリーはないが、各シーンには「列車」「裁判」「宇宙船」などの曲名がついている。舞台では音楽とテキスト、ダンスが一体となって、4時間ノンストップで、科学者アインシュタインを詩的に描いていくという。
グラスは、若き日にチャーリー・パーカーやジョン・コルトレーン、パド・パウエルらモダン・ジャズの巨匠たちの演奏をライブで聴いている。後年、グラスはジャズから受け取った「押しとどめることのできないエネルギーの流れ」が自分の音楽の本質だと語った。
グラスは現在もどん欲に音楽活動を続けており、これまでコラボレーションしたアーティストは詩人アレン・ギンズバーグ、映画監督ウディ・アレン、ミュージシャンのデヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガー、ベックなど枚挙にいとまがない。2016年に来日した折には、パティ・スミス、村上春樹、久石譲らとのコラボレーションを行っている。

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平原慎太郎 ©Hajime Kato

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キハラ良尚

今回、演出・振付を手がけるのは東京オリンピック2020の開会式・閉会式で振付ディレクターを務めた平原慎太郎。指揮は、高校卒業と同時に渡欧しオーストリア・ドイツの歌劇場で研鑽を積んだ気鋭の指揮者・キハラ良尚。映像や舞台で多彩に活躍する松雪泰子と田中要次、2016年に18歳でモントリオール国際音楽コンクール第1位を受賞したヴァイオリニストの辻彩奈、そして中村祥子を筆頭に25名の精鋭ダンサーたちが出演する。テキストは、朝日新聞の書評欄に寄稿するなど、文芸評論家としても活躍する鴻巣友季子による新訳だ。顔ぶれだけ見ても、並々ならぬ熱量を感じる企画である。

少年時代、天文学クラブにも所属し、アインシュタインの理論にも夢中になったグラスは、自伝の中で「私にとって科学者は詩人のような幻視者だ」と語っている。アインシュタインには、自分の研究が視覚的イメージとして見えていた。「自分が光線に腰かけているとしよう。その光線が宇宙を秒速30万キロで進んでいく。すると、じっと座っている自分の脇を世界がものすごいスピードで通り過ぎていくさまを目にすることになる......」というふうに。彼がしなければならなかったのは、そのイメージを数学的に表現する方法を見つけることだけだった。グラスも、「私が作曲するときにしていることも、これとそれほど違わない」という。
今回の公演では、音楽、ダンス、テキストを通じて、「アインシュタイン」をどのように体感させてくれるのだろう? 7月半ばにはプレス向けイベントも予定されているので、その模様もあらためてお伝えしたい。

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松雪泰子

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田中要次

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辻彩奈 ©Makoto Kamiya

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中村祥子 ©Masatoshi Yamashiro

尚、『浜辺のアインシュタイン』上演に先立つプレイベントとして、7月16日にはグラスのオペラ作品『アクテーナン』『サティアグラハ』のメトロポリタンオペラ・ライブビューイングが上映される。これらは、『浜辺のアインシュタイン』とあわせて「ポートレート3部作」と呼ばれる作品だ。
『アクテーナン』は、史上初めて一神教を唱えたエジプトのファラオを、『サティアグラハ』はインド独立運動の指導者マハトマ・ガンジーを主人公としている。人類の歴史を変えた3人の人物を描く「3部作」なのである。

公演・プレイベントについての詳細は以下から。
https://www.kanagawa-kenminhall.com/d/50th-opera1

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