激しく生き抜き燃え尽きた恋人たちをドラマティックに描いた傑作、クランコ版『ロミオとジュリエット』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『ロミオとジュリエット』ジョン・クランコ:振付

東京バレエ団が、シュツットガルト・バレエ団の創設者で、物語バレエの巨匠とうたわれるジョン・クランコによる『ロミオとジュリエット』を日本のバレエ団として初めて上演した。クランコの作品としては、2010年に上演した『オネーギン』に続くものだが、『ロミオとジュリエット』としては、2014年に上演したジョン・ノイマイヤー版に続く2つ目のヴァージョンになる。ちなみに、東京バレエ団の芸術監督・斎藤友佳理はクランコ版をノイマイヤー版の原点となる作品ととらえている。
『ロミオとジュリエット』は、クランコがシュツットガルト・バレエ団の芸術監督就任後に手掛けた最初の全幕作品で、世界的な評価を確立することになった作品でもあり、シュツットガルトでの初演から今年でちょうど60年になるという。シェイクスピアの悲劇によるこのバレエには様々なヴァージョンがあるが、クランコ版は緻密に構成されたドラマティックな演出で抜きん出ている。シュツットガルト・バレエ団により日本でも上演されたが、久々にクランコ版に接して、その思いを新たにした。主役の2人はトリプル・キャストで、初日はノイマイヤー版でも主演した沖香菜子と柄本弾が務め、2日目は足立真里亜と秋元康臣、3日目は秋山瑛と池本祥真という、伸び盛りのペアがそれぞれ演じた。その初日を観た。

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沖香菜子、柄本弾 © Shoko Matsuhashi

クランコ版『ロミオとジュリエット』は、台詞がなくてもダンサーの踊りや演技が饒舌に語るよう振付けられており、コール・ド・バレエを含め、一人ひとりが役柄を生きるよう求められているので、芝居を観るように分かりやすい。高度のクラシカルなテクニックが盛り込まれているのも特色で、特に主役2人によるパ・ド・ドゥ(PDD)は見応えがある。なお、ロミオは毒薬をあおって死に、ジュリエットは自らに短剣を刺して死ぬところを、クランコ版では2人とも自刃で果てる形に変えている。薬に頼らず、己を刺すという強い意志を要する行為にしたことで、2人の分かちがたい絆を強調しているようにも思えた。また、ユルゲン・ローゼによる舞台装置が演出の要になっていることも指摘したい。舞台後方に2層のアーチを設け、その手前と後方、上と下を巧みに使い分け、速やかに場面を転換し、異なる世界を表出する。ヴェローナの市場の橋梁にみえたアーチが、キャピュレット邸の正面や舞踏会場の回廊にもなり、ジュリエットの部屋のバルコニーや寝室、地下の納骨堂を表すといった具合で、驚くほど効果的だった。ただ、恋人たちが結婚するのが礼拝堂の中ではなく、修道院の庭が描かれた幕の前だったのには違和感を抱いた。

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© Shoko Matsuhashi

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© Shoko Matsuhashi

第1幕でまず目を引いたのは、市場の賑わいの描写だった。躍動感あふれる音楽にのせて軽快にステップを踏む女性たちからは活気が伝わってきたし、慌ただしく行き来する人々や、ジプシーの女から夫を引き離す妻もいるなど、様々なドラマがあちこちで展開され、それぞれの日常をリアルに伝えていた。ロミオ(柄本弾)とマキューシオ(宮川新大)、ベンヴォーリオ(樋口祐輝)は、ふざけあったり、ジプシーの女たちと戯れたり、いかにもたわいない若者という感じだった。ふとしたことから敵対するキャピュレット家とモンタギュー家の者同士の喧嘩が始まり、死者も出る争いになるが、ヴェローナの大公の仲裁により、両家は表面上、和解に応じるが、さらなる禍を予感させるような終わり方になっていた。なお、モンタギュー家は赤系統の衣裳、キャピュレット家は青系統の衣裳だったので、入り混じっても見分けやすかった。ジュリエットが初めて登場するシーンでは、ジュリエットの沖香菜子は、人形遊びはしないものの、乳母(坂井直子)におぶさったり、跳びまわったりと、いかにも無邪気で快活な少女になりきっていた。

キャピュレット家の舞踏会に潜り込む前のロミオとマキューシオ、ベンヴォーリオによる踊りは期待にたがわず見応えがあった。独特な腕の振りに空中での回転も入れた高度なジャンプを繰り返すなど、難度の高い踊りを意気揚々と楽し気にこなしてみせた。舞踏会では "クッション・ダンス" が厳かに披露された後、ジュリエットは婚約者のパリス(大塚卓)に紹介され、恥じらいながら楚々として一緒に踊る。けれどロミオと目が合うと心を奪われてしまい、ロミオもジュリエットに釘付けになり、互いに意識しあい、つい近づいてしまう様がスリリングだった。人目を忍んでの2人の流れるようなデュエットも爽やかだった。ティボルト(安村圭太)がロミオの存在に気付いたのをみて、マキューシオの宮川は切れの鋭いジャンプを連発し、おどけた演技で巧みに人々の注意を惹きつけ、ロミオを窮地から救った。続けてベンヴォーリオの樋口も爽快に踊り回った。第1幕の最後を飾るのはバルコニーのPDD。他の版と異なり、クランコ版ではバルコニーに階段がついてないので、ロミオがジュリエットを抱いて庭に下ろし、抱いて上に戻すことになる。柄本が優しく誘うように沖を抱き下ろすと、2人は情熱が弾けたように踊った。柄本は何度も沖をリフトするが、ほとんど逆さにしたり、空中で水平に半回転させて受け止めるといったアクロバティックな技も難なくこなし、沖も喜びに浸るように身を任せ、互いに気持ちを高揚させていった。柄本は沖を抱き上げてバルコニーに戻すと、その縁に手をかけ、ぶら下がったまま沖に別れのキスをする。この上なく美しく、目に焼きつくシーンだった。

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© Shoko Matsuhashi

第2幕は同じ市場でもカーニバルの最中。派手な衣裳のカーニバルのダンサーたちによる曲芸的な踊りが舞台を彩った。ロミオが僧ローレンス(ブラウリオ・アルバレス)の礼拝堂で密かにジュリエットと結婚して広場に戻ると、ティボルトに執拗にからまれ、決闘を仕掛けられるが、やんわり退ける。マキューシオがこれを受けて闘いが始まり、ロミオが止めようとしているうちにティボルトに刺されてしまう。マキューシオは愕然としながらも立ち上がり、大丈夫というふうに笑ってみせ、痛みをこらえて平気な振りを装うが、ロミオの腕の中で崩れる。宮川は、死を前にしたマキューシオの無念さや悔しさを、ロミオに訴えるように伝えていた。衝撃で呆然となったロミオだが、怒りにかられてティボルトと闘い殺してしまう。宮川がある種の余裕を持ってティボルトとの闘いに臨んだようなのに対して、柄本は憎しみに駆られて立ち向かっただけに、火花を散らすような闘いになった。駆けつけたキャピュレット夫人(奈良春夏)はティボルトにすがりついて嘆き悲しみ、ドレスの前を引き裂いて怒りをぶちまけ、遺体を運ぶ台にティボルトに覆いかぶさるようにして乗ったが、あまりに大仰なこの演出には、やはり戸惑いを感じた。

第3幕の冒頭の、ロミオとジュリエットが別れを惜しむPDDはたまらなく切なく映った。ロミオが眠っているジュリエットの髪を愛撫する様や、救いようのない二人の抱擁や、ロミオを引き留めようとジュリエットがすがりつく様など、互いをいとおしむ心が真に迫る柄本と沖の演技だった。この後、パリスとの結婚を強いられたジュリエットが僧ローレンスに仮死状態になる薬をもらい、偽りの結婚承諾をし、薬を飲む辺りまでは、ほとんどジュリエットの独り舞台といえる。両親には頑なに抵抗を示し、結婚を承諾した後もパ・ド・ブーレに拒絶の意志を表すようにしてパリスから退いたり、怯えて薬を飲むのをためらうが、覚悟を決めて飲み干し、ロミオと過ごしたベッドに上がって倒れ込むまで、沖は振幅の激しいジュリエットの心の内を手に取るように伝えていた。葬儀は仮死状態のジュリエットを地下の納骨堂に下ろすだけの簡素なもの。真相を知らずに墓所に駆けつけたロミオは、悲しみに沈むパリスを見つけると殺してしまう。ロミオは動かぬジュリエットをひとしきり抱きしめ、懐かしむと、自身の短剣で胸を刺し、ジュリエットの傍らで息絶える。目覚めたジュリエットはロミオを見つけて喜んだのも束の間、死んでいるのに気づき、恐怖に襲われる。パリスが死んでいるのも見つけ、さらに怯える。絶望したジュリエットはパリスの短剣を取り、ためらうことなくロミオの後を追うように剣を胸に突き刺し、ロミオに覆いかぶさるようにして息絶えた。激しく生き抜き、燃え尽きた恋人たちの最期。哀しみが静かに押し寄せてくるような幕切れだった。今回がクランコ版の初演だったが、主役の2人を始め、脇を固めたダンサーたちやコール・ド・バレエのダンサーたちも的確に踊り演じており、若手の活躍が感じられる充実した舞台になっていた。
斎藤友佳理・芸術監督は、『ロミオとジュリエット』で演技力を含めてダンサーの一層の成長を図り、より熟した演技が求められる『オネーギン』の上演につなげたいというから、バレエ団の将来がますます楽しみになる。
(2022年4月29日 東京文化会館)

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© Shoko Matsuhashi

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