『ノートルダム・ド・パリ』とローラン・プティ

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

牧阿佐美バレヱ団がローラン・プティの代表作『ノートルダム・ド・パリ』を、6月11日、12日に上演する。この華麗な色彩が乱舞する壮大なドラマティック・バレエは、日本では唯一、牧阿佐美バレヱ団のレパートリーとなっており、今回が6年ぶりの上演となる。振付スーパーバイザーのルイジ・ボニーノも来日して、今、リハーサルが熱くなっている。

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ステファン・ビュリオン photo/Anne Deniau

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牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」2006年
撮影/瀬戸秀美

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菊地 研 撮影/鹿摩隆司

公演直前の出演ダンサーたちのコメントを紹介しよう。
今回の公演のカジモド役(オペラ座世界初演ではプティ自身が踊った)は、パリ・オペラ座エトワール、ステファン・ビュリオンと菊地研のWキャストだ。
ビュリオンは「カジモドを踊る時には、他の登場人物たちとの関係が重要。フロロとの支配関係は最後に逆転。エスメラルダとは二人の仲の変化を活き活きと踊りたい。パートナーとの真の対話が創り出せるように、最大限の力を尽くす」と本番の舞台に向けてコメントしている。またボニーノは、「ステファンはプティ作品をたくさん踊っている。心が身体を動かしているように踊る素晴らしいダンサー。プティは彼が大のお気に入りだった」と言う。
菊地研についてボニーノは「研は、プティが非常に気に入っていたダンサーで、たくさんの作品を踊らせた。彼は舞台に立つとライオンのよう。それが彼の魅力でとても感動的だ」。
そしてエスメラルダ役は、ローマ歌劇場バレエ エトワールのスザンナ・サルヴィと青山季可。好評だった『アルルの女』に続いて、初めてエスメラルダ役に挑戦する青山季可は「ジプシーのエスメラルダの強さや美しさを身体で体現するのは、とても大変。なによりもエスメラルダはさまざまな感情を表現しなければなりません。フェビュスに対しては女性としての魅力、フロロには拒絶、カジモドには恐れから次第に親愛の情を感じていくことによって、エスメラルダの人間性がとても豊かにふくらみます」と初役に大変意欲的。ボニーノは「季可は昨年『アルルの女』を踊り、プティのスタイルをとてもよく理解している。だから、今度のエスメラルダも素晴らしいものになると確信している」と期待をよせる。
また、フェビュス役を踊るのはアルマン・ウラーゾフ(アスタナ・オペラ・バレエ プリンシパル)。ウラーゾフについてボニーノは「アルマンはアスタナ・オペラ・バレエの中でも特別に素晴しいダンサーで、力強いテクニック、そして舞台で美しい輝きを放っている」と信頼を表明している。フロロ役は初役となる水井駿介とラグワスレン・オトゴンニャムのWキャストとなっている。(ストーリーはhttps://ambt-notre-dame.jpをご覧ください)

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スザンナ・サルヴィ photo/Fabrizio Sansoni

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アルマン・ウラーゾフ photo/KarlaNur

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青山季可

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水井駿介

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ラグワスレン・オトゴンニャム

ローラン・プティにとって、『ノートルダム・ド・パリ』は、波瀾に富んだ舞踊人生の中でも運命的な作品だった。彼は生粋のパリジャン。幼い頃から踊りや舞台に夢中だった。父が経営するレストランでバンドが演奏をすると踊り、客の喝采を浴びたという。踊り好きが嵩じて父に無断でカジノ・ド・パリのオーディションを受ける。父は一度は激怒したが、やがてパリ・オペラ座バレエ学校に入学させてくれた。そしてパリ・オペラ座バレエに入団したが、規制が多く堅苦しいオペラ座の流儀にどうしても馴染めず、有り余る才気と情熱に突き動かされ、わずか4年でオペラ座を飛び出してしまった。
1942年、ナチス占領下のパリで、弱冠19歳のプティの初リサイタルが大成功。さらにコクトー、ピカソ、コフノといったバレエ・リュス後に離散していた才能と交流し、『旅芸人』『ランデヴー』『若者と死』などの傑作を発表。さらに、やはりオペラ座を退団したジジ・ジャンメールと踊った『カルメン』が世界的に大ヒットとなり、ハリウッドにも招聘され、ミュージカルでも成功を収める。
1965年、ついにローラン・プティは、パリ・オペラ座バレエ団に新作『ノートルダム・ド・パリ』を振付けることになった。実に20年ぶりのパリ・オペラ座復帰である。後年、プティは「私は多くのことを学んだその同じ劇場で、また仕事ができるという喜びのすべてを噛みしめた」と語っている。やはり、パリ・オペラ座は特別な場所だったのだ。
プティがオペラ座復帰作に選んだ『ノートルダム・ド・パリ』の原作はヴィクトル・ユーゴー。パリを象徴するノートルダム寺院を舞台とした聖と俗、美と醜、民衆と支配層が交錯し、悠久の宿命が織りなす、ロマン主義長編小説の傑作(1831年)で、フランス文学を代表する作品である。プティはこの大作をバレエ化するために、音楽をモーリス・ジャール、装置をルネ・アリオ、衣装はイヴ・サンローランを起用、自身で台本を手掛け、カジモド役を踊った。カジモドはノートルダム寺院の鐘撞き男で、背中が曲がり顔が歪んだ醜い男と言う設定。<バレエの美の殿堂>と称えられるオペラ座への復帰の舞台に、プティ自身が醜いカジモド役を踊って舞台に登場するということもまた、彼らしいアイロニーとも言えるのかもしれない。
そして、その醜いカジモドがジプシーの美しい女、エスメラルダと心を触れ合わすシーンが、このドラマのクライマックスとなっているのである。

牧阿佐美バレヱ団は1996年に『アルルの女』上演以来、ローラン・プティの9作品を日本のバレエ団として初めて上演した。中でも『デューク・エリントン・バレエ』(2001年)は、牧阿佐美バレヱ団のために新作として振付けられた。また『ノートルダム・ド・パリ』は2000年から2016年まで6回の上演を重ねている。25年以上にわたってプティ独特のスタイルを習得し伝統的に継承してきた、牧阿佐美バレヱ団の『ノートルダム・ド・パリ』公演に期待したい。

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牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」1998年初演
撮影/山廣康夫

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牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」2012年
撮影/山廣康夫

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牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」2012年
撮影/山廣康夫

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牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」2012年
撮影/山廣康夫

ノートルダム・ド・パリ」(全幕)

●日程:2022年6月11日(土)・12日(日)
●会場:東京文化会館
https://ambt-notre-dame.jp

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