勅使川原三郎演出のオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』ゲネプロレポート
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坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi
勅使川原三郎が演出するバロック・オペラの傑作『オルフェオとエウリディーチェ』が、5月19日、新国立劇場で開幕した。指揮は、バロック奏者・指揮者・プロデューサーとして活躍する鈴木優人。「カウンターテナーの王者」と評されるローレンス・ザッゾらの美しい歌声と、ハンブルク・バレエのアレクサンドル・リアブコら、勅使川原の信頼厚いダンサーたちの見応えあるダンスが解け合う、バレエファンも必見の舞台だ。17日に行われた公開ゲネプロの模様をレポートする。
オペラのダンスシーンを見て、「添え物みたいで少し物足りないな」と思ったことがあるバレエファンは多いのではと思う。逆に、ダンスをより前面に押し出したオペラ作品で、どうもダンスが歌のじゃまをしているみたいだと感じたことがある人もいるのではないか。しかし、今回の舞台はまったく次元が違っていて、歌と踊り、どっちが主かという見方そのものが変だと気づかされた。歌が踊り、踊りが歌うのだ。
『オルフェとエウリディーチェ』は、若くして亡くなった最愛の妻を探して、詩人が冥界へと降りていく、ギリシャ神話のオルフェウス伝説を元にした作品である。この伝説は、日本神話にあるイザナギノミコトの冥界降りとよく似ている。冥界ははるか地下にあり、日本神話では黄泉比良坂(よもつひらさか)と呼ばれる長い下り坂を下っていかねばならない。「地上に戻るまでは、決して妻のほうを振り向いてはならない」という「見るなの掟」もそっくり同じだ。ただし、今回上演される『オルフェオとエウリディーチェ』はハッピーエンドである。
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
鈴木が指揮台に付き、前奏曲が始まった。はじけるような、疾走感のある輝かしい響きだ。
幕が上がると、舞台は静かな弔いの合唱に包まれる。「エウリディーチェ!」という呼びかけとともに、オルフェオ役のザッゾにぱあっと照明が当たる。ザッゾの歌声は痛切に澄み切って美しい。歌っている主役を照らしたというより、「歌」が照らされたような、印象的な光だ。ザッゾはお盆のような傾いた円盤の上に乗っている。1幕では、このお盆がエウリディーチェのお墓に見えるが、月に見えたり、後のほうでは黄泉から地上へ向かう坂道に見えたりする。シンプルだが想像力をかきたてる舞台美術だ。
やがて、つややかな弦楽の響きとともに、佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコら、4人のダンサーが現れる。
この作品には、もともと数多くのバレエ曲が挿入されており、作曲者グルックは「オルフェオとエウリディーチェ役にはダンサーが伴うこと」と指示しているという(ちなみに、2008年、パリ・オペラ座でピナ・バウシュが振付けたヴァージョンもあり、エウリディーチェ役をマリ=アニエス・ジロが踊っている)。
佐東は愛する夫のもとを去りがたいエウリディーチェの魂、リアブコは妻を求めてさまよっているオルフェオの心のようにも見える。佐東らの輪郭を影絵のように浮かび上がらせる照明の魔力にも注目したい。光の効果で、佐東がますます手で触れることのできない、この世ならぬ存在に見えてくる。しかも、ダンサーたちのくっきりとなめらかな動きを見ていると、音楽がより明瞭に耳に響いてくる気がした。
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
やがて、オルフェオの前に愛の神アモーレ(三宅理恵)が現れ、「あなたを哀れんだ主神ゼウスが、あなたの冥界行きを許した」と告げる。得意の歌で、復讐の女神たちをなだめることができれば、エウリディーチェを取り戻せる。ただし、地上に着く前に彼女を見ることは許されないと......。アモーレのアリアは、聴いていても踊りたくなるようなかわいらしい曲で、三宅の歌も体もかろやかに踊っていた。
第2幕の冒頭は、暗い冥界の入り口。復讐の女神や亡者たちと、巨大な黒いユリの舞台美術が暗闇からぼんやりと姿を現す。死霊たちの拒否と、冥界の番犬の鳴き声を表す不気味な音楽。しかし、オルフェオの歌に、復讐の女神たちもしだいに心を動かされ、激しい雷鳴とともに冥界への道が開ける。音楽と高め合い、巻き込み合い、まるで疾風が吹き荒れるようなリアブコらのダンスは見所だ。
オルフェオは祝福された精霊たちがすむ楽園エーリュシオンにたどりつき、ついにエウリディーチェ(ヴァルダ・ウィルソン)と再会。彼女の手を取って、再び地上を目指すのだが......。
自分の顔を見ようともしない夫の態度に、しだいに疑念を募らせていくエウリディーチェとオルフェオのやり取りは聴きごたえ満点。そして、どんなハッピーエンドになるのかは、是非舞台で確かめてほしい。
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
死んだ人は、なぜ戻ってこないのだろう? なぜ二度と会えないのだろう?
これは昔から何度も繰り返されてきた問いだ。親しい人を失った後は、「なぜ」と問いかけてもどうにもならないことがわかっていながら、気持ちが繰り返しそこへ戻ってしまう。
『オルフェオとエウリディーチェ』は、この問いを透明感あふれる美しい響きで描ききっているからこそ、今も繰り返し上演されているのだろう。そして2幕楽園の場で流れる有名な「精霊の踊り」をはじめ、グルックの音楽そのものがとてもダンスと相性が良い。選び抜かれた歌手・奏者と佐東、リアブコらスケールの大きなダンサー、振付・美術・衣裳・照明のすべてを手がけた勅使川原の優れた美意識によって、「音楽が踊る」希有な瞬間を見ることができた。
舞台は5月22日(日)まで。
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/orfeo-ed-euridice/
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
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