クランコ版『ロミオとジュリエット』でジュリエットを踊る足立真里亜(東京バレエ団)に開幕直前インタビュー

ワールドレポート/東京

インタビュー=坂口香野

東京バレエ団が4月29日より、ジョン・クランコ版『ロミオとジュリエット』を初演する。同団にとって、2010年に初演した『オネーギン』に続き2作目のクランコ作品だ。
子どものためのバレエ『ねむれる森の美女』、金森穣振付『かぐや姫』主演に続き、今回、ジュリエット役に挑戦する足立真里亜に聞いた。

痛いほど純粋な愛。選択肢がないゆえの勇敢さ

――『かぐや姫』でのみずみずしい踊りがとても印象的でした。今回のジュリエット役もぴったりだなと思いますが、配役が発表されたときはどんなお気持ちでしたか。

足立 実は友佳理さん(斎藤友佳理芸術監督)にお話をいただいたのが12月、『くるみ割り人形』鹿児島公演に出発する前の、最終リハーサルの日だったんです。
子どものためのバレエや『かぐや姫』1幕は主演させていただきましたが、『くるみ割り人形』の鹿児島と高松公演では初めての全幕での主役だったので、緊張が大きすぎて、ジュリエット役のことはまだ全然考えられませんでした。マーシャ役は体力的にもハードだったので、『ロミオとジュリエット』のことはいったん......、という感じでしたね。

――では、ジュリエットを踊るんだという実感がわいてきたのはその後ですか。

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© Yumiko Inoue

足立 そうですね。『白鳥の湖』やコレオグラフィックプロジェクト、『かぐや姫』2幕の振付など、いろいろ重なっていたものが一つひとつ片づいていくうちに、ああ、こんなに大きなものにいよいよ取り組まなくてはならないなと(笑)。振付指導のジェーン先生がいらっしゃって3月下旬にリハーサルが始まり、ジュリエット役と本気で向き合い始めました。

――実際にリハーサルをしてみていかがですか。

足立 演技をすることがとても面白いし、そこに難しさもありますね。クランコ版『ロミオとジュリエット』はものすごくドラマチックで、バレエのステップだけでなく、人間のリアルな動きを大切にしています。たとえば「ここで目が合う」「このフレーズでロミオに近づいていく」というふうに、きっかけとなる音は決まっているけれど、その間はどう使っても自由だし、クラシック・バレエのように歩き方や手の使い方がすべて型として決まっているわけではないんです。相手に反応して、相手に伝わるように動かなくては意味がない。動きとしては小さな演技も、お互いの呼吸が合っていないと会話にならないし、お客様にはちぐはぐに見えてしまう。音楽と呼吸、感情と動きがすべてかみあうと、素晴らしい相乗効果が生まれると思います。

――現時点で、ジュリエットはどんな女性だと捉えていらっしゃいますか。

足立 様々なバレエ作品や映画を見てまず感じたのは「なんて勇敢な女性だろう」ということです。ジュリエットは現在でいえばまだ中学生で、世の中のことを何も知らない。でも、自分の力で初めて見つけたロミオへの愛に向かって、ひたすら突き進んでいきます。大人の目からは、ちょっと頑固すぎないかとか考えが浅いんじゃないかとも見えるんですけど、彼女の中には正解も間違いもない。ほかに選択肢がないんです。ロミオへの愛が痛いほど純粋なんですね。

――たしかに、ジュリエットはまず自分から行動しますよね。

足立 ええ。勇敢だなと思ったのは、最後に死を選ぶときのためらいのなさです。その前に、仮死状態になる薬を飲むシーンでは何度もためらうんですよね。このまま死んでしまったらどうしようって。でも、ロミオが死んだ後、自ら剣を突き刺すときはいっさい迷いがない。「ロミオのいない世界は生きている意味がない」というくらいの、深い愛情なんですね。なんて強いんだろうって。ジュリエットにとって、自分の命はロミオの命とひとつなんだと思います。

結末は、舞台上の誰も知らない

――振付指導の先生にはどんなアドバイスをされていますか。

足立 「最初から悲劇に向かわないように」とよく言われますね。最初、ジュリエットはおてんばな少女で、まもなく運命の人に出会うなんてまったく知りません。だから、舞踏会で両親にパリスを紹介されて「この人と結婚するんですよ」と言われたとき、嫌がったり雑な対応をしてはいけない。大人の仲間入りをして、初めて男性に手をとられて踊る恥じらいや恋に似た淡い気持ちをしっかり表現しなさいと。パリスは身分が高く、幼い頃からジュリエットを知っている許嫁的な男性なんです。ジェーン先生はキャラクター一人ひとりとの関係性をていねいに教えてくださるので、とてもわかりやすいです。

――舞踏会でパリスと踊る音楽、すてきですよね。浮遊感があって、ゆらゆらと揺れ動いているような......。

足立 私もあの曲は好きです。ジュリエットは、このままパリスと結婚していいのか、この気持ちが恋なのかよくわからない。彼女自身が揺れているんですね。そして曲の最後にドーンと激しい音が来て、ロミオとの出会いがある。

――曲の最後の音と重なるように、有名な「両家の対立」のメロディが流れ始めますよね。そのタイミングで出会いがあるのですか。

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© Yumiko Inoue

足立 そうなんです。仮面を外したロミオと視線が合う。私のことをじっと見つめている男の人がいて、私もなんだか気になる。パリスに手を取られているけれど、もう気持ちはそこにない。私は見つけてしまったかもしれないと......。

――なんてドラマチックな! 

足立 もう本当にドラマチックです! クランコ版の『ロミオとジュリエット』は、様々なドラマが同時進行で進んでいるおもしろさもありつつ、すごくわかりやすいんですよ。ロミオがすーっとジュリエットに吸い寄せられてくる。友だちのマキューシオたちが「おい、何考えてるんだ」ってロミオを止めにくる......。

――そのシーンは見所ですね。プロコフィエフの音楽は全編にわたって素晴らしいと思いますが、ほかに足立さんが好きな曲やシーンはありますか。

足立 寝室のパ・ド・ドゥは、作品全体の中でひとつのピークだと思っています。ロミオとジュリエットが、お互い体温がある状態で接することができる最後のシーンなんですね。その後、二人が生きて出会うことはない。あのシーンの音楽は決して暗くはなく、とても美しい旋律なんですけれど、なぜか死のほうに誘われてしまうような危うさを感じます。

――初めてロミオと一夜を共にした後。少女から大人の女性へという変化も感じられるシーンですね。

足立 そうなんですよ。二人の距離感も交わす目線も、バルコニーのシーンの甘酸っぱさとは違うはず。共に時間を過ごした空気感をリアルに出せればいいなと思いますが、難しいですね。本人たちは知らないけれど、抱きしめあうのもキスもこれが最後。大切に踊りたいシーンです。
単純に見ていて面白いのは、舞踏会に出かける前の、ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオのヴァリエーションですね。あの3人がそろったときの、ちょっとおバカな感じが好き!

――ダメ高校生男子みたいですよね。「舞踏会でかわいい女の子見つけようぜ!」というような、浮かれた気分が出ていて。

足立 3人でじゃれあってる感じがいとおしいですよね(笑)。ああいうコミカルなシーンがあってこそ、悲劇が生きてくるんだと思います。(秋元)康臣さんのロミオ、すごくかわいいですよ! あまりふざけたりするイメージがなかったので、こんな一面もあるのかとびっくりしています。それにしてもロミオって、ちょっとふわふわした男性ですよね。

――たしかに。ジュリエットと出会う前は、別の女性に夢中だし。

足立 自分が本当におつきあいするとしたら、ちょっと心配な男の人です(笑)。

――そこはジュリエットがしっかりしないといけないですね(笑)。『かぐや姫』やベジャール版「ロミオとジュリエット」でも秋元さんと踊られていますが、足立さんから見て秋元さんはどんなダンサーですか。

レッスンを見ていると、一つひとつのポジションが本当に正確で美しい。ロシアで磨かれてきた素晴らしい基礎と安定感が彼の持ち味だと思います。でも、舞台ではそれだけでなく、別人のように様々な表情を見せてくれる。一緒に踊るたびに新しい発見がありますね。

――秋元さんにはつねにノーブルで端正という印象がありましたが、『かぐや姫』では、素朴で優しい、熱い男を自然に演じられていて驚きました。

足立 そうなんですよ。とても情熱的な面があって、私はブルーというより赤い炎を連想してしまいます。見た瞬間に気持ちがざわっとするほど表情豊かで、この人はこんなふうに相手を見つめるのか、なんて悲しい顔をするんだろう......と思ったり。今はリハーサルとディスカッションを重ねて、少しずつ役を深めていっている段階ですが、彼のロミオは私のジュリエットを、きっとちゃんと好きになってくれるんじゃないかなと期待しています(笑)。

――憎み合う両家の子どもたちが愛を貫く物語『ロミオとジュリエット』には、ロシアのウクライナ侵攻という現実がある今、いつも以上に痛切に心に響くものがありそうです。

足立 バレエはロシアの文化と切り離せません。そして、私たちはロシアと縁の深いバレエ団ですし......。ウクライナには素晴らしいダンサーがたくさんいらっしゃいますが、痛ましいニュースも耳にします。心配なことは本当にたくさんありますが、私たちは目の前の舞台に集中するしかない。ただ、何があっても芸術の火は絶対に絶やさないようにしなくてはと思っています。どんなときも、芸術は人生に潤いや彩りを与えてくれると信じていますから。

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© Yumiko Inoue

舞台は、小さな奇跡の積み重ねでできている

――ここで少し、足立さんご自身についても教えてください。バレエを習い始めたのはいつですか。

足立 3歳から、近所の公民館で習い始めました。恩師の諸葛亜軍(しょかつあぐん)先生は幼い頃から北京の舞踊学院で学ばれた方で、ものすごく怖い先生でしたね。特に基礎に関しては本当に厳しかったです。きついストレッチと筋トレをみっちりやって、やっとバーにつかせてもらえる。基礎ができないうちはピルエットやジャンプなんてやる権利ない! という感じでああまた今日もストレッチと筋トレからかぁ......と(笑)。先生は親よりも厳しくて、バレエから泣いて帰ってきた私を両親が慰めてくれる、なんてこともよくありましたね。

――そんなに大変なのに、バレエを続けられたのはなぜでしょう。

足立 私にとって、バレエスタジオに行くことは小学校に行くことと同じで「当たり前」。やめると考えたことはありませんでした。先生はめったにほめないし、ほめるときも「ん」「まあまあ」みたいな感じなんですけれど、それが私には本当に嬉しかったんです。私のことをちゃんと見ていてくれるのがわかっていたから。ものすごく怖い先生のことが、ものすごく好きだったんですね。
諸葛先生は来日してからほぼ独学で日本語を修得された方で、当初、私は3歳でしたから、まるで言葉の通じない宇宙人同士みたいだったと思います。そこから20年あまり、私たちにしか通じないコミュニケーションが成立していて、ちょっと不思議な感じですね。母にいわせると、今も先生と私の間には聞いていてわからないやり取りがあるそうです(笑)。

――バレエダンサーになろうと本気で思ったのはいつ頃ですか。

足立 私は身長が低いし、コンクールに挑戦しても入賞はおろか予選も通過したことがなかったので、プロになれるとはまったく思っていなかったんです。17歳のとき、先生にダメもとでと勧められた新国立劇場バレエ研修所を受けて合格することができ、そこでやっと、この先も踊っていけるのかなと思い始めました。毎日思う存分踊れる生活は楽しかったですね。
研修修了後は研修生として新国立劇場バレエ団に入団したのですが、その1年は役がつくどころかアンダースタディにすら指名されず、かなり絶望的な気持ちになりました。どうしてもあきらめきれなかったのは、バレリーナという特別な存在への憧れが強すぎたんだと思います。

――そして2015年には東京バレエ団に入団されますね。

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© Shoko Matsuhashi

足立 入団させていただいてすぐに参加した、2016年2月のブルメイステル版『白鳥の湖』初演は、忘れられない舞台になりました。終演後、友佳理さんが白鳥全員を集めて「みんなは私の自慢のバレリーナたちです」と言ってくださったんです。そのとき初めて「自分の踊りを必要とされるって、こんなにも幸せなことなんだ」と感じました。私はずっと自分を「いらない存在」だと思っていましたから。あの日のことを思い出すと、涙が出そうになります。

――その後、ご自身の踊りにも何か変化はありましたか。

足立 表現することにより積極的になったと思います。もっと自分を出して、自分という踊り手を知ってもらおうとがむしゃらになったのは、それがきっかけかもしれません。東京バレエ団には様々な個性をもつ宝石のようなダンサーがそろっているので、この環境に身をおくことはすごく勉強になります。諸葛先生に鍛えられ、友佳理さんが私を舞台に上げてくださって、今の私がある。自分がバレリーナだなんて、これは夢かな? って、今もときどき思いますね。

――役の表現や音楽性を磨くために、心がけていることは何ですか。

足立 相手次第で日々変わっていくのが生の演技だと思うので、あまり自分の表現を固めないようにしています。そして、「キーとなる音を絶対に逃してはいけない」とジェーン先生もおっしゃっているとおり、音楽をよく聴くようにしていますね。小さな音にも、感情が動くきっかけがたくさんちりばめられているので、とにかく何度も聴くしかないなと思います。
相手役のダンサーや指揮者、オーケストラやスタッフの方々とみんなでひとつのものをつくろうとしていると、なんとなく呼吸が合ってきて「いくよ!」「今だ!」と感じる瞬間があるんですよ。そういう小さな奇跡をつなぎあわせることで、舞台はできあがっていく。いろいろなことにトライして、いろんな失敗もサンプルとしてもっていたほうが、本番への感覚をつかみやすいと思います。やるしかない(笑)。リハーサルを重ねていくしかないですね。

――本番、とても楽しみです。では最後に、『ロミオとジュリエット』の見所と読者へのメッセージを一言お願いします。

足立 クランコ版『ロミオとジュリエット』は本当にドラマチックで、大画面でひとつの映画を見るように入り込める作品。ロミオとジュリエットが愛をはぐくんでいく姿はもちろん、男子3人のコミカルなシーン、迫力ある舞踏会や闘いのシーン、道化たちのアクロバティックな踊りなど、見所がぎっしり詰まっています。見所の一つひとつを見逃さないために、ぜひしっかり寝てしっかり食べて、体力をつけて観に来ていただけたら(笑)。私たちも力の限り踊りますので!! 劇場でお待ちしています。

――ありがとうございました!

東京バレエ団〈初演〉
『ロミオとジュリエット』全3幕 振付:ジョン・クランコ

4月29日〜5月1日 東京文化会館
https://www.nbs.or.jp/stages/2022/romeo/

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