衝撃的な『うたかたの恋』そして『ボレロ』、「シュツットガルト・バレエ団の輝けるスターたち」はスタンディングオベーションで幕を下ろした

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

「シュツットガルト・バレエ団の輝けるスターたち」Aプログラム

『うたかたの恋』(第2幕のパ・ド・ドゥ)ケネス・マクミラン:振付、『ボレロ』モーリス・ベジャール:振付ほか

〈シュツットガルト・バレエ団の輝けるスターたち〉と銘打って、ドイツの名門バレエ団のトップスターや期待の新鋭ら11人によるガラ公演が開催された。3月に予定されながら新型コロナの感染拡大のため中止になったバレエ団の日本公演に代わって企画されたもので、来日したのは人気・実力ともに抜群のエリサ・バデネスやフリーデマン・フォーゲルら6人のプリンシパルと、2019年のローザンヌ国際バレエコンクールで第1位を獲得したマッケンジー・ブラウンら次世代を担う若手5人。予定より参加者が一人減ったのは、注目の新進ガブリエル・フィゲレドが直前に体調を崩したため来日を見合わせたからという。
公演は3日連続で行われ、A、B、Cの3種のプログラムが日替わりで上演された。演目はバレエ団の珠玉のレパートリーから、創設者ジョン・クランコをはじめケネス・マクミランやジョン・ノイマイヤーらによるパ・ド・ドゥ(PDD)がメインで、バレエ団のダンサーによる新作も含まれていた。中でも、フォーゲルが主演するモーリス・ベジャールの『ボレロ』は本拠地シュツットガルトでしか許可されていないが、今回に限り東京バレエ団との共演が認められたというのが話題だった。初日のAプロを観た。

3部構成のAプロの幕開けはアサフ・メッセレル振付『春の水』。ロシア・バレエの伝統を感じさせる小品で、踊ったのはエリサ・バデネスとマルティ・フェルナンデス・パイシャ。二人の爽やかな跳躍が冴え、リフトされたバデネスが柔らかく身体をしならせる様も美しく、明るく華やかなオープニングになった。ハンス・フォン・マーネン振付『ソロ』では、3人の若手の男性ダンサーが、バッハのヴァイオリン曲に合わせて目まぐるしく入れ替わり、微細に変化する振りを音楽のテンポに遅れまいと快活にこなしていった。ケネス・マクミラン振付『コンチェルト』では、巨大なオレンジ色の円をバックに、オレンジ色のコステュームのアグネス・スーがクリーメンス・フルーリッヒに支えられ、しなやかに脚を振り上げ、リフトされて美しくポーズを取るなど、丁寧にパを繋いでいき、しっとりとした情緒を醸した。マリシア・ハイデがプティパに基づき振付けた『眠れる森の美女』よりグラン・パ・ド・ドゥでは、マッケンジー・ブラウンとデヴィッド・ムーアが、クラシカルな様式を端正に上品にこなしてみせた。特にブラウンは、柔かな腕の動きや表情豊かな脚さばきが印象的で、愛らしいオーロラ姫を造形していた。

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『椿姫』エリサ・バデネス、デヴィッド・ムーア
© Kiyonori Hasegawa

第2部はジョン・ノイマイヤーの『椿姫』より第2幕のPDDで始まった。マルグリット役のバデネスとアルマンのムーアが、互いの愛を確かめ、燃えあがらせていく様を、ショパンのピアノ曲の生演奏(ピアノ・菊池洋子)にのせて濃密に演じてみせた。ムーアは『眠れる森の美女』の王子の印象とは一転して、バデネスめがけて床を転がり、無邪気に甘えてみせるなどアルマンになりきっていた。そんな彼を戸惑いながらも愛しそうに受け止め、ムーアに身を委ねるようにリフトされるバデネス。互いに寄り添い、身体を絡め、抱き合いながら、奔放に愛を燃え上がらせていくのが手に取るように伝わってきた。息を呑むような演技だった。
世界初演の『やすらぎの地』は、準ソリストで振付けも手掛けるアレッサンドロ・ジャクイントが、アメリカの作家で詩人のチャールズ・ブコウスキーの言葉に着想し、兄弟愛のさまざまな局面を探ろうと創作したもので、"やすらぎの地"とは子どものように無防備になれる避難場所を意味するものらしい。ジャクイントとヘンリック・エリクソンにより踊られたが、抑えた照明の下、パンツのみで上半身裸の二人は、兄弟というより自分の中のもう一人の自分と向き合うかのようでもあり、触れ合い、絡み合ううち、唐突に終わった。

ジョン・クランコの『オネーギン』より第1幕のPDDは、タチヤ―ナが都会の青年オネーギンに手紙を書いているうちに眠り込み、夢の中で彼と踊るというもので、共に2021/22年のシーズンにプリンシパルに昇格したばかりのカップルにより、瑞々しく演じられた。ロシオ・アレマンはいかにも楚々としたタチヤーナで、素直に恋心をあふれさせ、流れるように踊った。オネーギンのパイシャは、力強い跳躍を繰り返し、軽やかにアレマンを肩にのせ、感情表現も豊かに踊ってみせた。
ウィリアム・フォーサイスの『ブレイク・ワークス1』よりパ・ド・トロワは、英国のシンガーソングライターのジェイムス・ブレイクの「プット・ザット・アウェイ・アンド・トーク・トゥ・ミー」に振付けられた2016年の作品。スーとブラウンとマッテオ・ミッチーニの3人は、バラバラに動き回ったり、揃って踊ったり、一時も気を緩めることなく、小気味よく踊り続けた。

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『うたかたの恋』エリサ・バデネス、フリーデマン・フォーゲル © Kiyonori Hasegawa

バデネスとフリーデマン・フォーゲルによる『うたかたの恋』より第2幕のPDDは、今回の公演の呼び物の一つだった。実話に基づき、ハプスブルク家の皇太子ルドルフと男爵令嬢マリーの悲劇的な愛を描いた物語バレエの傑作で、その中から二人が親密になる初めての逢瀬が踊られた。書斎で机の上のドクロを手に取るルドルフ役のフォーゲル。その目は狂気を宿している。マリー役のバデネスが訪れると、ルドルフは彼女の赤いコートを放り投げて抱きしめた。バデネスの目も妖しい光を放ち、ルドルフの心をそそるように脚を振り上げ、ドクロを見つけると高く掲げ、ピストルを手にしてルドルフに狙いを定めた後、天井に向けて撃った。ルドルフの心の内の死への願望を見透かすようなマリーの行動により、二人は堰を切ったように激情をぶつけ合った。むさぼるようにキスを交わし、ルドルフはマリーを肩にのせたまま回転したり、逆さにリフトしたり、床に寝そべったままマリーを膝に乗せて身体を前後に揺らすといった官能的な仕草も入り、狂おしい口づけで終わった。絶望の淵に沈むようなバデネスとフォーゲルによる衝撃的なやりとりは全編のドラマを凝縮したようで、まさに当夜の白眉だった。

第3部は『ボレロ』。『うたかたの恋』で渾身の演技をみせたばかりのフォーゲルが、赤い円卓の上で"リズム"を踊った。よく引き締まった身体を弾むように上下させ、呼吸に合わせて胸の肋骨を浮き上がらせ、鋭いジャンプを織り込み、全身に力をみなぎらせていく。峻厳な表情の内に踊りに没頭する陶酔感のようなものが垣間見え、また腕の振り方には独特の柔らかさが感じられた。"リズム"をになう東京バレエ団の男性ダンサーには、従えるとか煽るという感じではなく、高揚する音楽に乗じて互いのエネルギーを共振させて増幅させていくというふうで、頂点に達すると同時に爆発させて終わった。理性を内包したようなフォーゲルの卓越した演技だった。"リズム"の男性ダンサーたちは久しぶりに迎えた海外からのゲストに刺激されたようで、新鮮に映った。『ボレロ』が終わると、当然のように客席からは嵐のような拍手が巻き起こった。続いて、出演したダンサーがステージに勢ぞろいすると、自然にスタンディングオベーションが始まった。シュツットガルト・バレエ団としての来日は果たせなかったが、選りすぐりのダンサーたちによるガラ公演はバレエ団の魅力を十分に伝えるものだった。
(2022年3月19日 東京文化会館)

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『ボレロ』フリーデマン・フォーゲル © Kiyonori Hasegawa

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