美しい軌跡を描いて踊る勅使川原の動きを観客は固唾を飲んで見守った、アップデイトダンス『ペトルーシュカ』

ワールドレポート/東京

香月 圭 text by Kei Kazuki

アップデイトダンス No.92

『ペトルーシュカ』勅使川原三郎:演出・照明・出演、佐東利穂子:出演

勅使川原三郎がこの作品の原型としたバレエ『ペトルーシュカ』は、フォーキンの振付により1911年パリ・シャトレ座でバレエ・リュスが初演した。ニジンスキーが演じたペトルーシュカ、カルサーヴィナが扮したバレリーナのほかに彼女と恋仲になるムーア人(アレクサンドル・オルロフ)と魔術師(エンリコ・チェケッティ)が登場するが、勅使川原三郎版ではペトルーシュカと踊り子のみに焦点を当てている。
真っ暗闇の中で、観客は通りの雑踏の音に耳を澄ませる。やがて舞台中央に正方形のスポットが灯され、勅使川原三郎が舞台の四方をしきりに歩き回り続けている様子が浮かび上がる。彼が身につけている衣装は、黒い上着に黒のズボン、手袋も黒である。唯一、真っ白な大きな襟が道化のペトルーシュカであることを示している。フォーキン版では縁日に集まってきた観客役のダンサーたちも多数舞台に乗っているが、勅使川原の演出ではこの舞台を見に来た観客もまた、カーニバルの人形芝居の見世物小屋の前に座っている観客という役目を負う。勅使川原は衣装、照明、演出において余計なものを削ぎ落とした最小限の素材で勝負している。その簡素さがストラヴィンスキーの音楽の賑やかしさや無秩序さをいっそう際立たせる。

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photo by Akihito Abe

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photo by Akihito Abe

勅使川原が演じるペトルーシュカは、頭や手や足を痙攣させたり引きつらせて操り人形そのもののように見える瞬間もあれば、トランペットやバイオリンの響きに合わせて手足がすっと伸びてバレエ的な美を感じさせ、血の通った人間に見える瞬間もある。手首や足首、肘、膝など体の関節に糸が取り付けられて、人形使いが天井で操っているような動きだった。一つの動作から次の動作へ移行する継ぎ目といったものがまるで感じられず、滑らかなものだった。派手な跳躍などはないのだが、彼が床に描いていく軌跡は弧を描いて美しい。また、彼がどの方向に向かってどのような動きを繰り広げていくのか、全く予想がつかず、観客は彼の動きを固唾を飲んで見守るほかない。ひたすら踊り続けるダンサーの息遣いがリアルに感じられ、それはまさに今、観客であるわれわれと共生するダンサー勅使川原による魂をかけた「生」の燃焼であることをはっきりと感じ取った。ストラヴィンスキーの原曲は演奏時間35分程度だが、勅使川原は音楽も手がけ、コラージュなどの手法を用いて1時間ほどの尺に編集している。これほどの長時間をほぼ休みなく踊り続ける彼の強靭な体力と集中力には脱帽するほかない。

ペトルーシュカに扮したニジンスキーの現存する肖像は悲哀を感じさせるが、死体から生き返らされ、絶えることなく踊らされる勅使川原によるペトルーシュカからは不安や恐れも感じられた。時折、壁に頭を打ち付けたり、外へ出たいという衝動を表した動きからは、行動が制限されているわれわれ自身の苛立ちをも感じさせた。また、これらの身体表現からは、ロシア軍の侵攻により非常事態宣言下で移動を制限されたウクライナの人々の不安も想起させる。上で人形たちを操っているのは、彼の地で孤立している独裁者であろうか。

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©︎ KARAS

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佐東利穂子演じる踊り子は、カルサーヴィナが踊ったバレリーナ人形よりもずっと艶めかしい踊りで、しなやかな体躯を弓なりに動かす人間味あふれるものだった。踊り子の存在に気づいたペトルーシュカが彼女とぎこちないデュエットを踊るシーンでは、お互い視線を交わさないところが人形らしさを醸し出していた。踊り子はペトルーシュカを鼻にもかけず、冷たくあしらって離れてしまう。踊り子が人間とほぼ変わりない動きをするため、フォーキン版よりも女性のつれなさがより切なく映った。こうした場面でも、自分と異なる文化を持つ人間同士が友好関係を持つことの難しさが象徴的に表現されており、現在進行中の世界の紛争状態の行方を案じざるを得なかった。

会場内に展示された勅使川原のドローイングは、鉛筆の濃淡で繊細かつ緻密な筆致で独自の有機体のようなもの、人間・動物、水辺に移る太陽など様々なものが描かれており、興味深く鑑賞した。彼が取り上げるモチーフは無限だ。これらの絵は彼の脳内のアイデアを表出させたものであろう。彼の中には追求したいという主題のリストが山ほどあり、それを納得いくまで様々な方面でリサーチし深く掘り下げ、自らの肉体で踊りながら作品を少しずつ作り上げていくことを永遠に続けているという。受動的に作品を鑑賞するのが日常のわが身には、彼のように創作活動を休みなく作り続ける姿勢にも大変刺激を受けた。

勅使川原の本拠地、荻窪のカラス・アパラタスでの公演は3月いっぱいで一旦区切りとなり、4月からは要請が殺到している海外公演を再開するという。『ペトルーシュカ』は7月にベニスで上演される。海外でも熱烈なファンがこの作品を楽しみにしていることと思う。秋にはサンクトペテルブルクのディアギレフ・フェスティバルに招待されているとのこと。そのときまでに平和が戻り、ロシアでの公演が実現することを心より願う。
(2022年3月27日 カラス・アパラタス)

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photo by Akihito Abe

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