上野水香(東京バレエ団 プリンシパル)が第72回芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞した

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

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photo/Toru Hasumi

東京バレエ団のプリンシパル、上野水香が、令和3年度(第72回)芸術選奨舞踊部門で文部科学大臣賞を受賞した。新国立劇場バレエ団のプリンシパル、奥村康祐と同時受賞で、ほかに新国立劇場バレエ団プリンシパルの井澤駿が文部科学大臣新人賞を受賞した。
上野の受賞理由は、「類まれなプロポーションと柔軟性、個性的な面差し」をもち、「牧阿佐美バレヱ団においてのデビュー当時から東京バレエ団プリンシパルである現在に至るまで、常に第一線で活躍している」ことに加え、令和3年は、「長年踊ってきたベジャール振付『ボレロ』で新境地を拓き、アロンソ振付『カルメン』の表題役をより深い表現力で演じ、『海賊』のメドーラ役では華やかな存在感で全幕のドラマを牽引。トップ・プリマの圧倒的な輝きを放ち続けた」というもの。上野の受賞は遅きに失したようにも感じるが、改めて彼女の足跡を振り返ってみよう。

上野は神奈川県鎌倉市の出身。5歳でバレエを始め、1993年、まだ日本ではあまり知られていなかったローザンヌ国際バレエコンクールに15歳で出場し、スカラシップ賞を受賞。モナコのプリンセス・グレース・アカデミーに2年間留学した。1995年に帰国後、牧阿佐美バレヱ団に入団し、『白鳥の湖』や『ドン・キホーテ』など主要な古典作品の主役を務めたが、ほかに『シャブリエ・ダンス』や『デューク・エリントン・バレエ』など多くのローラン・プティ作品も踊ってもおり、これが彼女に新たな飛躍をもたらした。1999年、メキシコでのガラ公演〈ローラン・プティとそのスターたち〉に招かれて『マ・パブロワ』を踊り、2002年にはミラノ・スカラ座バレエ団で行われたプティ振付『ノートルダム・ド・パリ』に日本人として初めてゲスト主演し、2003年、赤坂ACTシアターで開催されたプティ自身のキャスティングによる〈ローラン・プティ グラン・ガラ〉に唯一の日本人ダンサーとして出演しているからだ。彼女はプティのお気に入りだったに違いない。

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photo/Toru Hasumi

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photo/Toru Hasumi

2004年、東京バレエ団にプリンシパルとして入団してからは、多彩な作品と取り組んで活躍の場を広げ、その才能をさらに開花させることになった。アシュトン振付『真夏の夜の夢』のタイターニア、ニジンスキーの『牧神の午後』のニンフ、アルベルト・アロンソの『カルメン』、マカロワ版『ラ・バヤデール』のニキヤ、フォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェィテッド』、ロビンズの『イン・ザ・ナイト』、アンナ=マリー・ホームズ版『海賊』のメドーラなど枚挙にいとまがないが、こうした幅広い作品を通じてテクニックと表現力に磨きがかけられた。特筆すべきは、モーリス・ベジャール作品との出会いだろう。『ザ・カブキ』の顔世御前、『M』『ギリシャの踊り』『バクチⅢ』『第九交響曲』などを踊っているが、とりわけ『ボレロ』はベジャールから直に指導を受けた思い出深い作品で、日本人の女性では彼女しか踊ることを許可されていない。ガラ公演やチャリティ公演で繰り返し踊ってきた『ボレロ』だが、その時々の心境が投影されるのか、演技に深みを増したと評価を高めている。

また、世界のトップスターが集う〈世界バレエフェスティバル〉には2009年から数回登場しているし、もちろん東京バレエ団の海外ツアーにも参加し、世界の檜舞台で踊ってきた。ウラジーミル・マラーホフやジョゼ・マルティネス、マチュー・ガニオ、フリーデマン・フォーゲル、ロベルト・ボッレら、世界の名だたるダンサーと共演の機会に恵まれたことも、上野にとって刺激になっているに違いない。長身で美しい手脚に恵まれ、身体の柔軟性も申し分なく、スケールの大きな跳躍や回転技を鮮やかにこなす上野だが、そのスター性は豊かな舞台経験によって培われてきたのだろう。

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© Kiyonori Hasegawa

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© Kiyonori Hasegawa

華々しいキャリアを築いてきた上野だが、この2月に行われた『白鳥の湖』では東京バレエ団の団員として踊る最後のオデット/オディールという触れ込みがあり、寂しい気がしたが、来る6月に上野が主演する『ドン・キホーテ』は芸術選奨の受賞記念公演にするという。バレエ団を"卒業"する日が近づいているとはいえ、それまでは得意の演目を踊り続けてくれるのだろう。なお、上野は、昨年、観世流シテ方で人間国宝の梅若実玄祥の舞台生活70周年記念公演の能楽舞踊劇『鷹の井戸』に、コンテンポラリーダンサーで俳優の大貫勇輔と共に出演し、鷹の精を踊っている。また初めてミュージカルに挑戦し、藤ヶ谷大輔主演の『ドン・ジュアン』ではアンダルシアの美女を踊った。こうして活躍の場を広げているのは頼もしいし、今回の受賞をきっかけに、さらに進境を深めて欲しいと思う。

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