崇高さが感じられた小野絢子のジュリエットに感動、フリードマン版『ロミオとジュリエット』NBAバレエ団

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

NBAバレエ団

『ロミオとジュリエット』マーティン・フリードマン:振付・演出

NBAバレエ団がマーティン・フリードマン振付・演出の『ロミオとジュリエット』を5年ぶりに再演した。前回上演では、マリインスキー・バレエ団のウラジーミル・シクリャーリョフをゲストに招いて上演された。
今回上演では新国立劇場バレエ団プリンシパルの小野絢子がジュリエットを踊った。(矢内千夏が体調不良のため交代)ロミオ役はソリストの刑部星矢。マキューシオは大森康正、ベンヴォーリオは新井悠太、ティボルトは三船元雄、キャピュレット大公は高岸直樹、キャピュレット夫人は関口祐美というキャスティングである。

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ジュリエット:小野絢子 乳母:宋遼香 撮影/間野真由美

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ジュリエット:小野絢子 ロミオ:刑部星矢 撮影/間野真由美

フリードマンは、名演として知られるガリーナ・ウラーノワのジュリエットやプロコフィエフのスコアに触発されて、ウラジーミル・ラヴロフスキー版のスコアを使って振付けている、と公演パンフレットに記してあった。確かに冒頭からロミオがジュリエットの元を去るまでは、音楽と舞踊のバランスを配慮し、じっくりとシーンを組み立てている。必ずしも迫真に溢れている演出というのではないが、無理をせず物語に忠実に合わせてドラマを運んでいる。マイムで展開するよりも、踊りの中に登場人物の感情を溶かし込んで表現を作っているので全体が実感的に理解しやすいのである。
例えば、キャピュレット家の舞踏会でロミオとジュリエットが出会ったシーンでは、ジュリエットが演技としてではなく、踊りの動きの中でロミオのマスクを外そうとする。踊りの流れの中にいかにも芝居風のマイムが挿入される不自然を避け、かつ踊りにも演技的表現のアクセントをつける、という巧みな振付だと思った。

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ジュリエット:小野絢子  撮影/間野真由美

ところが3幕に入ると俄然、ジュリエットの周辺にはキリキリするような緊迫感が漲る。
ジュリエットと初夜を過ごした後に、ティボルトを殺してしまったロミオは追放処分を受けているため心ならずも去る。その直後にジュリエットの寝室に入ってきた乳母は、ロミオがそこに居たことを察した。またその後にはジュリエットはパリスとの結婚を迫られる・・・。悲劇のテンポはめくるめくように速い。
ロミオを愛するジュリエットは、パリスを到底受け入れられるはずもなく、母と父にも全く理解されない。二人の中を一番良く知り、ジュリエットの気持ちを唯一理解している乳母でさえ、味方になってはくれない。このシーンで、キャピュレット大公に扮した高岸は、親の心子知らずという思い込みによる怒りを見事に表していた。
絶望したジュリエットは短剣を我が身に突き立てようとするが、寸前で思い止まり、ロレンス修道士(古道貴大)の下へと疾走する。するとロレンス修道士のところには、思いもよらぬ人、結婚を拒絶されたパリスが苦悩を打ち明けに来ていた。パリスは心からジュリエットを愛しており、ここにも悲劇はあった。ロレンス修道士はパリスをなだめて帰らせ、ジュリエットにひとつの対策を示唆する。それは仮死状態になるがやがては蘇る、そういう効能のある薬を使って一時的にこの急場をしのぐということ・・・。
ジュリエットは薬を手にキャピュレットの館に走り戻る。そして剣による死と薬による生き残る道という厳しい選択の末、一気に薬を飲み干したのだった。
ジュリエットが亡くなった、という情報だけが伝わり、一心不乱に駆けつけたロミオは、墓場の棺の上に置かれたジュリエットを発見する。生きる望みを失って、かねて用意していた毒薬を呷ってジュリエットに折り重なって息絶える。するとジュリエットが目覚め、今度はロミオの死を見て、彼の短刀を取って自らを刺す・・・。
ともに我が子を喪う、という悲しみに動かされて、長年の仇敵同士だったキャピュレット家とモンタギュー家は、争いに終止符を打った。

小野絢子のジュリエットは、登場人物の心を深く理解し、胸にジーンとくるような演舞を見せた。決して派手ではないし熱演でもない。しかし、純粋で柔らかい素直な心をあるがままに表して踊った。小野絢子の特徴でもあるフェミニンな感覚の存在感がナイフを手に、死と正面から対峙し、全く臆することなくロミオとの愛に生きていく姿は、私には崇光に感じられた。刑部星矢のロミオも実直で真剣さは十分に伝わってきた。次の舞台ではさらに一段と深い表現を作ってもらいたい。
(2022年3月5日 東京建物 Brillia HALL)

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撮影/間野真由美

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撮影/間野真由美

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撮影/間野真由美

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撮影/間野真由美

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ジュリエット:小野絢子 ロミオ:刑部星矢、キャピュレット公:高岸直樹 モンタギュー公:佐藤崇有貴  撮影/間野真由美

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