素晴らしい劇的演出と厳かな雰囲気を醸すキンクルスカヤの舞台美術、東京バレエ団『白鳥の湖』

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『白鳥の湖』ウラジーミル・ブルメイステル:改訂振付/第2幕:レフ・イワーノフ/アレクサンドル・ゴールスキー(三羽の白鳥)

東京バレエ団が、ロシアで新たに製作した舞台装置でブルメイステル版『白鳥の湖』を上演した。ブルメイステル版『白鳥の湖』は、斎藤友佳理が芸術監督に就任後、初めて手掛けたビッグプロジェクトで、2016年の初演時は、舞台装置は東京で製作したものを用い、衣裳はモスクワ音楽劇場からの借り物だった。2018年の再演時に衣裳をロシアで誂え、今回、舞台装置をエレーナ・キンクルスカヤのデザインで新たに製作したことで、斎藤芸術監督が意図したプロダクションがようやく完成したわけだ。3回の公演だったが、オデット/オディールとジークフリート王子はダブルキャストで、ベテランの上野水香と柄本弾のカップルが初日と3日目に踊り、2日目はこの役でペアを組むのは初めてという沖香菜子と秋元康臣だった。なお、長年プリンシパルとして活躍してきた上野だが、団員としてこの作品で主演するのは今回が最後というので、彼女が踊る初日を観た。

ブルメイステル版の大きな特色といえば、ロットバルトがオデットを白鳥に変えるプロローグで始まり、オデットが娘の姿に戻って王子と結ばれて終わる形にして物語に一貫性を与えたことや、第3幕の舞踏会で、ロットバルトが各国の民族舞踊の踊り手を従えてオディールと共に入場し、一丸となって王子を惑わすというドラマティックな演出を施したことが挙げられる。なお、ブルメイステルはチャイコフスキーが最初に構想した音楽に基づいているという。他の版と比べると、ロットバルトは湖畔を豪快に飛び回ったり、王子と激しく戦ったりはせず、また全体にマイムもあまり用いていない。

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© Kiyonori Hasegawa

第1幕は王子と友人たちの酒盛りの場。木々の葉が繊細な色合いを織りなす森の後方に聳えるのはゴシック調の城で、これにより物語の時代が暗示される。彼らは偶然やってきた村娘たちを引き留めて一緒に踊りを楽しむ。王妃と女官たちが現れると慌てて村娘を隠すが、王妃に見つかり、彼女たちは去っていく。当時の厳格な身分制度をリアルに切り取ったシーンで、生き生きとした村娘たちと、彼女たちに背を向ける人形のような女官たちが対照的で、宮廷での王子の窮屈な生活が思いやられる。王子の柄本弾は友人たちに応えて杯を交わし、踊りにも加わったが、どこか憂鬱な気分が抜けない様子。だが弓を持ってのソロでは晴れやかに踊った。王子が狩りに出掛ける伏線になっているのだろう。道化役の池本祥真は鮮やかにジャンプをこなし、王子の気持ちを引き立てようと細かな気遣いもみせた。パ・ド・カトルを踊った秋山瑛、中川美雪、宮川新大、生方隆之介はそれぞれ端正にステップをこなし、第1幕での踊りの見せ場になっていた。

王子とオデットが出会う第2幕は、重たい雲で覆われた鬱蒼とした湖の畔で、岸辺には城も見える。オデットの上野は、しなやかに腕を波打たせ、凛としたパ・ド・ブーレで存在感を示した。柄本とは長年パートナーを組んできただけに息の合ったやりとりで、最初の驚きから、次第に互いに心を通わせていく様をしっとりと演じていた。柄本は、オデットに出会ったことで強い心を得たようにみえた。白鳥たちの群舞はよくそろい、神秘的な美しさをたたえていた。

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© Kiyonori Hasegawa

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© Kiyonori Hasegawa

第3幕の舞踏会はブルメイステル版の劇的演出の見せ場。聳えるようなアーチ型の高い天井や重量感のあるゴージャスなカーテンが、厳かな雰囲気を醸した。
王子はオデットが落とした白い羽根を手に持ち、花嫁候補たちには関心を示さない。騎士に扮したロットバルト(ブラウリオ・アルバレス)が、オディールの上野と手下である民族舞踊のダンサーたちを率いて現れると、雰囲気は一変。ロットバルトは黒いマントでオディールを見え隠れさせながら、スペインやナポリ、チャルダッシュ、マズルカと、パワフルな踊りを次々に披露した。踊りの合間に女性ソリストとオディールを瞬時に入れ替えて王子の心をかき乱すといった具合で、王子とオディールのグラン・パ・ド・ドゥへとなだれ込ませた。強力な後ろ盾を得て、オディールの上野は自信たっぷりにあでやかに舞い、妖しい視線で王子の心を絡め取り、巧みに翻弄する。王子の柄本は、疑惑を打ち消せないという素振りもみせつつ、次第に彼女に魅せられていき、自身も伸びやかなジャンプをみせた。ロットバルトのマントの陰から現れたオディールの上野は、抜群のコントロールでダブルを入れたグラン・フェットを踊りきり、ついに王子の心を射止めた。やはり、オディールの上野は見応えがあった。民族舞踊のダンサーたちも勢いにのって挑発的に踊ったが、ソリストではスペインの伝田陽美とナポリの秋山瑛が目に付いた。なお、それぞれの民族舞踊の後で客席から拍手が起こっても、ダンサーたちがレヴェランスでドラマを中断させることはなく、音楽が次へと繋いでいったことにより緊迫感は保たれ、劇的効果も高まった。

第4幕は再び湖の畔。白鳥たちが様々なフォメーションを織りなす様が哀しみを帯びて美しく、傷心のオデットと許しを乞う王子のデュエットもはかなげに映った。ロットバルトは王子を湖に沈めようとするが、必死に抗う王子のもとにオデットが死をも恐れず飛び込むと、愛の力によりロットバルトはあっけなく滅び、王子が娘の姿に戻ったオデットを抱きしめて終わった。これまで何度か上演してきたブルメイステル版だけに、全体に完成度の高い舞台になっていた。ただ今回は一新した舞台美術にも関心が向けられた。キンクルスカヤはチャイコフスキーやブルメイステルが『白鳥の湖』に抱いたコンセプトに沿ってデザインしたというが、それぞれのシーンと響き合い、総じてセンスの良さが際立った。斎藤芸術監督がこだわっただけのことはある、洗練されたプロダクションになったようだ。
(2022年2月18日 東京文化会館)

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© Kiyonori Hasegawa

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