谷桃子バレエ団の『ジゼル』に寄せる心が深く浸透し美しく花開いた舞台

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

谷桃子バレエ団

『ジゼル』谷桃子:脚本・演出・振付、高部尚子:再演出、ジョン・コラーリ、ジュール・ペロー、マリウス・プティパ:原振付

谷桃子バレエ団の『ジゼル』公演は7年ぶりという。2014年に行われた前回は新人公演だったが、谷桃子は総監督として健勝であり、彼女が関わった最後の『ジゼル』全幕だったのではないかと思う。今回の公演パンフレットに、谷桃子バレエ団の『ジゼル』公演の軌跡を現芸術監督の高部尚子が綴っているが、このカンパニーが初めて『ジゼル』上演を試みた時にはピアノ譜しかなかったという。日本のバレエの揺籃期には何人かの先達が強い想いを持って、この芸術と取り組んだのだ、と今更ながら改めて感慨をもった。
その後は、マリインスキー・バレエやボリショイ・バレエのヴァージョンとも取り組み改訂を重ね、今日の谷桃子版『ジゼル』となった。さらに今回の再演出では登場人物が際立つような工夫も試みているという。

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馳麻弥、今井智也 撮影/(株)スタッフ・テス

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撮影/(株)スタッフ・テス

ジゼル役は馳麻弥、アルブレヒトは今井智也、ヒラリオンは三木雄馬、ミルタは山口緋奈子というキャストだった。(佐藤麻利香、檜山和久、田村幸弘、竹内菜那子とWキャスト)
第1幕、ヒラリオンがジゼルに贈る花を持って登場するところが良い。山鳥のような猟の獲物をバチルダにプレゼントするシーンは見たことはあるが、花を持って登場する演出は知らない。彼は森番とはいえ無骨な人物ではなく、ジゼルへの優しい想いを抱いている。その白い花はまた、第2幕のジゼルが手にして踊る花であり、さらにラストシーンで朝の光りの中、アルブレヒトがジゼルの墓の傍らで手にする幻影の真実を表す小さな花びらへと繋がっていく。そして白い清楚な花はジゼルの純真な心を象徴し、会場ロビーに飾られた白い花の回廊をくぐってきた観客の胸とも共鳴する。それはまた谷桃子が『ジゼル』というバレエに寄せた心も映している、と感じられた。
『ジゼル』では、ジゼルとアルブレヒトという主役、ヒラリオン、ベルタ(尾本安代)、ウルフリード(吉田邑那)、バチルド姫(日原永美子)そしてコール・ドといった登場人物それぞれの心が舞台の上でひとつになって、第1幕のクライマックス、ジゼル狂乱の悲劇が生まれる。今回の舞台でもダンサーたちは、白い花に表されたカンパニーの創設者の心をメルクマールとして踊り、舞台上で一体となっていた。
当然、登場人物たちはみなそれぞれ現実に居るのだが、同時にそれぞれがジゼルの目に映って彼女の心を形成している。だから観客はジゼルの心とともに、この悲劇を生きていたという印象を持っただろう。

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馳麻弥、今井智也 撮影/(株)スタッフ・テス

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撮影/(株)スタッフ・テス

第2幕では、報われない恋を胸に収めたまま死んだジゼルの魂のドラマが、霊的世界で描かれる。
ヒラリオンは運命の波紋の中で踊り、休むことも止まることも許されない。彼はただジゼルを恋していただけではない。彼はアルブレヒトの偽りを告発する。その結果、ジゼルは狂乱し死んだ。それがジゼルを愛する人間のなすべきことだったのか、とヒラリオンの魂はミルタに問われている。アルブレヒトはジゼルを愛していたが、ジゼルを救うことはできなかった、と彼もまた裁かれる。ジゼルが彼を許したので生き延びることはできたが、魂が解放されたわけではない。

馳麻弥のジゼルは気持ちがこもっていて良かった。第1幕の爽やかな村娘と第2幕のウィリーとしての存在感の無さが釣り合ってバランスがとれていた。自身でも「霊でありながらどこかあたたかみを」感じさせ「消えてなくなりそうな儚さも見せなくてはなりません」としていたが、その試みがよく理解できる踊りだった。
アルブレヒトに扮した今井智也は、『OTHELLO』の熱演も良かったが今回はまた一段と深い演技を見せた。特に第2幕は引き締まった演舞で舞台全体をまとめ上げた。そして馳麻弥と今井智也の距離感が、ジゼルとアルブレヒトの関係として納得のいくものであり、主役の存在の説得力を高めてリアルだった。三木雄馬のヒラリオンには人間性が現れていて親近感が感じられたし、山口緋奈子のミルタも堂々として霊界の女王らしかった。第2幕のコール・ドも良かった。常に一体感が崩れず、18人全員が息を揃え、一緒にこのドラマを生き抜いた。第2幕では、主役にも匹敵するくらい重要な役割を果たしていた。こうしたコール・ドの存在によって舞踊表現が全体性を獲得し、様式が活き活きとドラマを語ることができるのである。これぞ『ジゼル』という見応えのあった舞台だった。
(2022年1月15日 東京文化会館)

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馳麻弥、三木雄馬、尾本安代、今井智也(左より)
撮影/(株)スタッフ・テス

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撮影/(株)スタッフ・テス

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撮影/(株)スタッフ・テス

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撮影/(株)スタッフ・テス

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撮影/(株)スタッフ・テス

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