新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」はバランシン『テーマとヴァリエーション』とビントレー『ペンギン・カフェ』で開幕

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」

『テーマとヴァリエーション』ジョージ・バランシン:振付、『ペンギン・カフェ』デヴィッド・ビントレー:振付

『テーマとヴァリエーション』

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米沢唯、奥村康祐 撮影/鹿摩隆司

『テーマとヴァリエーション』は、1947年、ジョージ・バランシンがチャイコフスキーの管弦楽組曲第3番の最終楽章「主題と変奏曲」に振付けたもので、この楽章は12の変奏曲で構成されている。
シャンデリアが煌めく宮殿を想わせる舞台に、男性と女性のプリンシパルのパ・ド・ドゥと女性の群舞による美しい変奏が踊られて、観客は一気に華やかな舞踊世界へと誘われる。
そして古典バレエの頂点ともいうべき『眠れる森の美女』へのオマージュと見られる典雅なトーン、『白鳥の湖』を連想させるプリンシパル二人の弦楽器による踊りなどが連なっていく。
やがて4組のペアが登場し、それが6組、8組としだいに増え、ついには12組となる。それにプリンシパルのペアが加わって、26人のダンサーたちによる豪華なポロネーズが踊られて幕が降りる。
ロマノフ王朝華やかなりし頃に夜な夜な開催され、煌びやかなシャンデリアの下でめくるめく繰り広げられていた宮廷を象徴する大舞踏会。その古典文化の栄華を、その時代を背景として踊られていたバレエを媒介とし、いささかのノスタルジーとスピーディで厳格な動き、そして独特のアクセントによって表現している。同時に、世界中の人たちに愛されてきた古典名作バレエへのトリビュートも表明している。ロシアの華麗な宮廷文化の極みが、実に巧みに抽象化され、新たに振付けられたバレエである。見事な構成と魅惑的な流れに魅了されたと紹介するほかはないだろう。
プリンシパルを踊った奥村康祐の脚部の逞しい筋肉がその精進を物語っていた。柔らかな技の決まりが彼の特徴だが、舞台全体と融和してうまく生かされていた。やはりプリンシパルを踊った米沢唯は、動きの流れが滑らかであると同時に、身体から豊饒感が現れるようになっていることが素晴らしいと思う。そのほかのダンサーも錚々たる顔ぶれが揃い、格調のある動きを組み立てていた。新国立劇場版ともいうべき見事な『テーマとヴァリエーション』だった。

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米沢唯、奥村康祐 撮影/鹿摩隆司

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米沢唯 撮影/鹿摩隆司

『ペンギン・カフェ』

フレデリック・アシュトンがニワトリの歩き方をステップに採り入れ、のどかさが蕩う田園の朝を表した『リーズの結婚』を振付けたのは1960年だった。アシュトンを尊敬しているデヴィッド・ビントレーは1988年に『ペンギン・カフェ』を振付けたが、そこに描かれた生き物たちの背景はまったく異なっていた。
サイモン・ジェフが設立したペンギン・カフェ・オーケストラは、彼が夢に見たという「どこかで聞いたことがある音楽なのに、どこで聞いたか覚えていないような音楽」がいつも演奏されているペンギン(広瀬碧)がウエイターを務めるカフェ、に由来する。そこは自由で光と音楽に溢れていて生きるために理想的な場所である。デヴィッド・ビントレーはそうした多様な音楽性と生き物たちが生きていく理想の場所のイメージにも共感して『ペンギン・カフェ』を振付けたと思われる。このバレエでは、クラシックから民族音楽、現代音楽やジャズなどがさまざまに溶融されたミニマルなタッチの音楽が、絶滅危惧種という運命を負った生き物たちを表すステップと共振して、自由で闊達なしかしちょっと危うい<いのち>の存在を感じさせている。

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(右より)飯野萌子、広瀬碧、加藤朋子 撮影/鹿摩隆司

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奥村康祐 撮影/鹿摩隆司

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福岡雄大 撮影/鹿摩隆司

ペンギン・カフェで踊るのは、ユタのオオヒツジ(木村優里)テキサスのカンガルーネズミ(福田圭吾)豚鼻スカンクにつくノミ(五月女遥)ケープヤマシマウマ(奥村康祐)熱帯雨林の家族(小野絢子、中家正博、谷口奈津)ブラジルのウーリーモンキー(福岡雄大)という多種多様な存在が危惧される人間と動物たち。多様な音楽に応じて、ミュージカルのショーダンス、社交ダンス、イギリスのモリスダンス、サンバなど多様なダンスのスタイルで現在の生き様を踊る。
絶滅危惧種は個々の死が迫っているということだけではなく、種族の存在が消えてしまうという悲壮な運命にある。その最後の存在が、グロテスクにも見える被り物を着けたり、痛々しいようなシマウマの姿だったり、愛嬌のある着ぐるみだったりして、祝祭的な雰囲気もある軽快なリズムと共に踊ると、いっそう悲しい情感が全身を突き抜けるように湧き上がってくる。生と死であると同時に族としての存在と非在のドラマでもあるからだろうか。
ラストは稲妻が光り、豪雨となる。動物たちは大きな家を載せたノアの方舟に避難する。動物たちの絶滅を示唆し、当然のことだが人間も含めて、生物はすべてが一つの家族であり、運命共同体の中にあることを訴えている。
『ペンギン・カフェ』は、吉田都の"Last Dance"でもプログラムされた『Flowers of the Forest』と同様に、物語を語らず感受性に訴えかけるエピソードを展開してメッセージを伝えるという、ビントレーの得意の手法による傑作バレエと言えるだろう。
(2022年1月16日 新国立劇場 オペラパレス)

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五月女遥(右) 撮影/鹿摩隆司

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小野絢子、貝川鐡夫 撮影/鹿摩隆司

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福田圭吾 撮影/鹿摩隆司

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木村優里、井澤駿 撮影/鹿摩隆司

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