マラーホフが光源氏を踊った『アルテア』他、エネルギーと創作の意欲に満ちた針山愛美プロデュース「One heart」

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

「One heart 〜With hope and dream 夢と希望と共に」

針山愛美プロデュース公演
『アルテア』〜源氏物語より〜 中村恩恵:振付 ウラジーミル・マラーホフ、針山愛美:出演 他

伊豆半島の根本付近に位置し、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』とも関係の深い静岡県伊東市。久しぶりに観るマラーホフが光源氏に扮すると言うので、期待に胸を膨らませて開幕30分前の会場・伊東市観光会館に着いた。するとそこにはすでに大きくうねる長蛇の列。新型コロナ禍が収束していた時期だとはいえ、こちらもまた、久しぶりに見る光景であり、一瞬、若き日のマラーホフの熱狂的な人気を彷彿した。国際観光温泉文化都市を掲げる伊東市としては、マラーホフなどの国際的なアーティストを迎えて開催される公演に、期待し大いに歓迎している様子が会場に近くに足を踏み込んだだけでも強く感じられた。新型コロナ禍という未曾有の経験にさらされた令和の時代は、こうした地方都市での舞踊公演などが増えていくのではないか、そんな期待も生まれてくる熱気が溢れていた。
モスクワ音楽劇場バレエやボストン・バレエ、マラーホフが芸術監督を務めていたベルリン国立バレエ団で踊り、近年ではダンサーとしてだけではなくダンス公演のプロデュースにも忙しい針山愛美が腕によりをかけて組み立てた「One heart」公演は、プロローグを含めて14演目を3部構成としたものだった。生演奏にこだわったバレエやコンテンポラリー・ダンスはもちろん、歌唱、ヴァイオリン、ピアノ、チェロなどの演奏や弾き語り、豪快な和太鼓のパフォーマンス、新しい映像技術をも駆使するという縦横無尽のエネルギーと創作意欲に満ちた舞台が、温泉の温かな熱の上で繰り広げられた。

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「Rethink」中村恩恵、宝満直也(豊中公演より)
© STAGEGRAPHICA

開幕まず踊られたのは『Rethink』はNBAバレエ団などで『海賊』や『美女と野獣』などを手がけている宝満直也の振付。中村恩恵と宝満が踊った。舞台上には椅子が2脚あるだけ。黒い衣裳を着けた二人がそれぞれ椅子を使って向き合い、上半身を動かす。シンメトリーの動きとそうでない動きをとりまぜて構成されていた。宝満は若い柔軟性を際立たせ、中村は落ち着いてしかし鋭い動きが鮮やかだった。あいさつがわりというわけではないだろうが、コンテンポラリーの動きを観客に感じてもらうのには十分なダンスだった。
J.S.バッハ「ヴァイオリンのための無伴奏パルティータ第3番、ガヴォットとロンド」清永あやのヴァイオリン独奏。
次は注目の中村恩恵振付『アルテア』〜源氏物語より〜。音楽は佐藤聰明作曲の弦楽四重奏「夜へ」でヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの演奏により、ウラジーミル・マラーホフ、針山愛美、中村恩恵、宝満直也が踊った。
マラーホフの光源氏は白い衣装に白い上衣を羽織って登場。大きなステップはあまり無かったが、さすがに立ち姿が美しく、身体をひねっただけでかつての身体のラインの鮮烈さを彷彿させて、思わず舞台な惹き込まれた。パンフレットに役名は記されていなかったが中村恩恵は六条御息所、針山愛美は葵の上、宝満直也が修行僧を演じ踊った。ほとんどが紗幕の中で演じられる。ます若い葵の上が姿を表し光源氏と絡み、能楽のように衣を舞台残す。葵の上を嫉妬する六条御息所の凄まじい呪詛が続き、光源氏と絡みながら、呪いの漢字が紗幕に映って舞台は、恋する人間の存在のすべてをからめとろうとするかのような凄絶な雰囲気に包まれた。

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「アルテア」針山愛美、ウラジーミル・マラーホフ
© O.S.arts Production Inc.

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「アルテア」針山愛美、ウラジーミル・マラーホフ
© O.S.arts Production Inc.

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© O.S.arts Production Inc.

呪いを絶とうする宝満直也の修行僧と六条御息所の暗闘が始まる。漢字が紗幕に写って舞台中を駆け巡る。やがては経文が現れて舞台の空間を彷徨う。存在を賭けて闘うような激しいバトルがあって、ついには六条御息所は消え、修行僧と光源氏の踊りとなる。そしてやがては紗幕が上がり、呪いを解かれた葵の上が登場して光源氏と踊る。この解放されたバ・ド・ドゥはなかなか美しかった。しかしやがては葵の上も去って光源氏が一人が舞台に残る。再び紗幕が降りて、光源氏は激しく炎をあげる業の火炎に包まれたのだった。能楽『葵上』を下敷きに、恋の怨念の凄絶な情景を白装束のマラーホフの身体によって、恐ろしくも豪華に美しく見せた衝撃的ダンスだった。今日の日本で最も優れた創作力を持つ振付家の一人と思われる中村恩恵の手腕は、さすがにただならぬものがあった。

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© O.S.arts Production Inc.

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© O.S.arts Production Inc.

第2部は『I'm you』はベートーヴェンのピアノソナタ'月光'第一楽章に宝満直也が振付けたデュエットで始まった。瀟洒な臙脂色ダークスーツを纏ったマラーホフと針山愛美が踊り、月光の中に静謐な愛が姿が描かれた。
カーペンターズより「青春の輝き」が峠恵子により歌われ、エカテリーナによるピアノの弾き語り「青空のメロディ」、梅原圭のピアノ独奏はショパンの「ノクターン 嬰ハ短調 第20番 遺作」、佐藤桂菜のチェロ独奏はショパンの「序奏と華麗なるポロネーズ」、みつとみ俊郎のフルートと山崎健吾のダンスによる「即興コラボレーション」と続いた。

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「I'm you」針山愛美、ウラジーミル・マラーホフ
© O.S.arts Production Inc.

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「黒鳥のアダージオ」針山愛美、ウラジーミル・マラーホフ
© O.S.arts Production Inc.

第3部は『白鳥の湖』の抜粋としてワイダンスカンパニーが「スベインの踊り」を踊り、「黒鳥のアダージオ」は再び針山愛美とマラーホフが踊った。針山の落ち着いた動きとマラーホフのハートから絞り出すような感情表現が印象的だった。
続いて山崎健吾振付の『insired』。新型コロナ禍の過酷な状況の中、暗中模索する人々が微かな希望を手掛かりに新しい命を育む踊りがあり、それを受けた太鼓集団「鼓淡」の和太鼓のアンサンブルと弾けるような群舞の花が、舞台いっぱいに開いた。そして大太鼓を操る上田秀一朗の『光の道標』では地を揺るがす響きの中に、静かに未来へのパースペクティブが探られた。
ラストは下手で針山愛美が、上手でマラーホフが同じ舞台上で同時に、サン=サーンス作曲の『瀕死の白鳥』を踊った。女性ダンサーと男性ダンサーによる「白鳥の死」の豪華な二重奏だった。死の荘厳のふたつの姿を女性の身体と男性のそれが同時に詠い、無論、動きはまったくシンクロしていないのだが、同時進行で描かれるモチーフが劇空間でシンクロした。これはまた、なかなかユニークな試みであり、大変興味深かった。今日では、さまざまなダンサーがさまざまな「白鳥の死」を踊っているが、この二人に加えてコンテンポラリー・ダンサーが踊る3重奏の舞台も可能だろう。ダンスの新しい局面が現れる兆しが感じられて嬉しくなり、帰路の足取りも我ながら軽やかだった。
(2021年12月26日 伊東市観光会館)

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「瀕死の白鳥」針山愛美、ウラジーミル・マラーホフ(豊中公演より) © STAGEGRAPHICA

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