3役を踊った井澤駿とチャイコフスキーの曲と融合した米沢唯の踊りが光った『くるみ割り人形』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『くるみ割り人形』ウエイン・イーグリング:振付

新国立劇場バレエ団のウエイン・イーグリング版『くるみ割り人形』は、2017年11月に世界初演され、その後も再演を重ねている人気の公演。今シーズンは全12公演が12月18日から2022年1月3日まで開催された。

開幕はクララ(中島さや)の子供部屋。フリッツ(秋山智仁)がネズミのいたずらを仕掛けたり、着飾った姉のルイーズ(池田理沙子)がネックレスを着け忘れていたり、クララもオシャレに余念がない・・・誰しも記憶に残っていそうな、お客様を招いたイベントの前の慌ただしい家族の様子がスケッチされたプロローグだった。
シュタルバウム家は、運河が近くを流れているロシアの街でよく見かける光景の中にある。スケートをする人たちなどとともに、次々とお客様が集まってくる。その中にはドロッセルマイヤー(貝川鐵夫)とその甥(井澤駿)の姿もある。
クリスマスイブのパーティが開かれる部屋の入口では、ドロッセルマイヤーが子供たちに手品を披露する。
そして、クリスマスツリーの前にはプレゼントがたくさん積まれる。
姉のルイーズを慕う3人の男性の踊り。一方クララは、みんなの前でフリッツにサポートを外される悪戯をされてショックを受ける。そこへドロッセルマイヤーから素敵な甥を紹介され、優しくサポートされてのびのび踊る。甥への憧れの気持ちも芽生えたようだ。
ドロッセルマイヤー主宰の人形劇が始まる。芝居は、ネズミの復讐により醜い顔にされた王子とネズミの戦いという原作のモチーフを単純化して表していた。
クララはドロッセルマイヤーからくるみ割り人形ををプレゼントされ、とっても気に入った。しかしフリッツがちょっかいを出し、壊れてしまう。ドロッセルマイヤーがたちまち治す。
お爺さまお祖母さんのカップルが参加したダンスなどが踊られ、賑やかだったクリスマス・パーティもそろそろお開きとなる。
クララはくるみ割り人形と一緒に寝たかったのだが、母に止められる。くるみ割り人形は戸棚にしまわれた。クララは子供部屋で、一大イベントに参加してあまりに多くのことが目の前で起きたので疲れたか、すぐに眠りに落ちてしまう・・・。

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木下嘉人 撮影/長谷川清徳

クララは夢の中では、一人にして心配になっていたくるみ割り人形をネズミたちが奪い来た。驚いて助けようとするとクララ(米沢唯)は、なんと子供を卒業してお姉さんになっていた! さっきまでパーティが開かれた部屋では、ネズミたちが大あぱれ、くるみ割り人形(井澤駿)率いるおもちゃの兵隊たちと大戦争が勃発した。おもちゃの軍隊を総指揮しているのはドロッセルマイヤーだが、ネズミの軍隊にも指示を出しているようでもある。クララも勇敢に参戦してなんとか一時的にネズミ軍を撃退したが、くるみ割り人形はネズミの王様(木下嘉人)と戦い、傷ついて倒れた。
ドロッセルマイヤーが手当てをするとくるみ割り人形が立ち上がった。その姿は、クララが密かに憧れていたドロッセルマイヤーの甥に変身していた。甥のくるみ割り人形とクララのパ・ド・ドゥが踊られる。力を合わせて戦い、出会えた喜びの踊りだ。情景は一面まっ白でロマンティックな雪の国となり、雪がどんどん降り積もる。すると再びネズミの魔力が強まり、甥はくるみ割り人形に戻ってしまった。さらにネズミの王様とネズミたちが、クララとくるみ割り人形を執拗に追いかけてくる。
ドロッセルマイヤーが大きな気球を呼び寄せ、クララとくるみ割り人形を載せて遥かなお菓子の国へと旅立つ。だが、その気球の下にはネズミの王様がぶら下がっていた!
気球を降りたお菓子の国の入口の魔法の地で、またまたネズミの王様とくるみ割り人形の戦いが続く。くるみ割り人形は窮地に陥り、一度は負けそうになるがクララの加勢もあって、ネズミの王様を見事に打ち負かした。そして彼は、ドロッセルマイヤーの甥にそっくりの本来の姿である立派な王子(井澤駿)の姿にに戻ることができたのだった。ここでは王子とクララの喜びのパ・ド・ドゥが繰り広げられた。
そしてお菓子の国では、世界中のダンサーたちが次々と珍しい踊りをクララのために披露する。スペイン、アラビア(渡辺与布)中国、ロシア、そして蝶々(池田理沙子)のソロとなって、花のワルツへ。
すっかり大人の女性となったクララはこんぺい糖の精(米沢唯)となって、憧れの存在だった甥の王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊る。

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雪の結晶 撮影/長谷川清徳

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池田理沙子 撮影/長谷川清徳

米沢のこんぺい糖の精は、チャイコフスキーのメロディにピッタリと身体を寄せ、チェレスタなどのこの曲らしいかわいい楽器の音色とうまく共振した動きを見せた見事な踊り。カーテンコールに至るまで落ち着いた演舞で、終始プリンシパルにふさわしかった。3役をこなした井澤もまた、柔らかな身のこなしで応え、美しい音楽にのせた素敵なグラン・パ・ド・ドゥだった。
クララの夢の世界全体を操るドロッセルマイヤーは、出番が多く手練も達者でそつなく踊り、楽しかった。ただ演出としては、手品など子供たちへのサービスがちょっと過剰気味だった感もある。すべてにわたって器用に処理し過ぎている。もう少し神秘性を感じさせ重大局面だけ姿を現すほうが効果的だったかもしれない。子供の目から見た大人の世界の不思議さを感じさせるような表現が、欲しかったようにも感じられた。
構成としては、お菓子の国に入る前に魔法の地を設定し、ネズミの王様とくるみ割り人形の決着を着け、全幕グランド・バレエとしての重量感を整えている。

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花のワルツ 撮影/長谷川清徳

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米沢唯、井澤駿 撮影/長谷川清徳

クララは夢の中で最初に登場した時は、幼い少女のままの振りだったが、次第に少女っぽさが抜けて女性らしさが現れ、大人の、ドロッセルマイヤーの甥の本来の姿である王子と対等に踊る。イーグリングはこの『くるみ割り人形』は「少女の内的成長の物語」と言っているそうだが、上記のような表現で「内的成長」と言うのは物足りない気がする。確かにクララは勇気があり、ネズミの王様の怪異な姿にも怯まなかった。しかし、憧れに無我夢中の少女から愛することを知る大人の女性となった、と言うことをもっとスピリチュアルに表現して欲しかったと思う。
ラストシーンでは、クララとフリッツは二人並んで手を振って気球を見送る。このシーンのクララは冒頭のクリスマスパーティ前とは違って感じられたら良かったのであるが・・・。しかし、フリッツはクララの夢を中に出てきた気球の話を彼女から聞かされて、見ているのだろう。二人の胸の中で夢と現実はどのように捉えられていたのだろうか?
(2021年12月18日13時〜 新国立劇場 オペラパレス)

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第2幕より  撮影/長谷川清徳

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