チャイコフスキーの名曲に丁寧に寄り添って振付けられた、牧阿佐美バレヱ団『くるみ割り人形』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

牧阿佐美バレヱ団

『くるみ割り人形』レフ・イワノフ・振付、三谷恭三:演出・振付

牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』が12月25日〜26日まで3公演行われた。牧阿佐美先生が10月20日にお亡くなりになってから、バレエ団として初めての主催公演となり、会場のメルパルクホールは哀悼の心を胸に秘めたバレエを愛する観客たちで超満員に膨れ上がった。駅から会場へと歩む観客たちの脳裡には、牧阿佐美バレヱ団の舞台や先生の様々な思い出が、走馬灯のように駆けめぐっていたことだろう。

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クララ:市川由凛菜 撮影/鹿摩隆司

『くるみ割り人形』は最愛の妹アレクサンドラを亡くしたチャイコフスキーが、幼い頃に共に過ごしたクリスマスのことなどを回想し、少女の無垢な心を慈しんで作曲したのではないか、としばしば言われる。原典のイワノフ版に準拠した牧阿佐美バレヱ団の「くるみ割り人形」は、そうしたチャイコフスキーの音楽の曲想に丁寧により沿った演出、振付(三谷恭三演出・振付)と言えるだろう。
まず、冒頭からシュタールバーム家の前には、指人形を操りながら手押しオルガンを奏でる大道芸人が立っており、クリスマス・パーティにやってくる子供たちは、皆ここでひと時立ち止まる。この演出だけでも、子供の心にフォーカスしようとしている振付家の意図が伝わってくる。
パーティではわし鼻のドロッセルマイヤー(菊地研)が甥(阿久津丈二)を連れてやってきて、コロンビーヌ(西山珠里)やハレーキン(中島哲也)、ヴィヴァンディエール(上中穂香)などの人形を子供たちに見せる。さらに赤い帽子を被り兵士の姿をしたくるみ割り人形でクルミを割って見せ、これが特別な人形だと印象づけてからクララ(市川由凛菜)にプレゼントする。冒頭のシーンは、こうした人形と子供たちの交流を描く伏線だ。
クララの夢の中で、くるみ割り人形が王子(清瀧千晴)に変身するシーンも理にかなった演出だった。賑やかだったパーティも終わった深夜12時になると、ドロッセルマイヤーの魔術のもと、ネズミとくるみ割り人形(坂爪智来)率いるおもちゃの兵隊たちの戦争が勃発。大砲まで持ち出した戦いののち、ネズミの王様(塚田渉)とくるみ割り人形の一騎打ちとなる。激しい戦いの中、あわやくるみ割り人形か討たれそうになったその時、クララがネズミの王様にめがけてスリッパを投げつけ、窮地にあったくるみ割り人形を助ける。するとたちまち、くるみ割り人形は素敵な王子に変身する。そしてそのお礼の気持ちから、クララを雪の女王(光永百花)を中心に雪の精たちが煌めいて舞う美しい雪の国へ誘う。さらにお菓子の国へと心躍る楽しい旅は続いていく、というふうに実にスムーズな展開である。

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光永百花、清瀧千晴 撮影/鹿摩隆司

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撮影/鹿摩隆司

全体に人間関係はなるべくシンプルにして平明に物語りを展開し、イワノフ版の良いところを充分に生かしている。そして終始チャイコフスキーの楽曲に寄り添い、他のヴァージョンに見られるような原作小説の世界には、ほとんど興味を示していない。
お菓子の国では、まず、この国の女王の金平糖の精(阿部裕恵)に、ネズミ軍との戦いのあらましを報告。このシーンの王子のマイムは何回観てもおもしろい。そしてお手柄だったクララを讃える宴が開かれ、スペイン、アラブ(三宅里奈)、中国(風間美玖、渡會慶)、トレパック、棒キャンディ、ケーキボンボンなどの楽しいディヴェルティスマンがたくさん華やかに踊られる。続いてモスグリーンとオレンジのシックな色彩の衣裳が輪舞する、名曲「花のワルツ」が揺蕩うように踊られた。そしてお待ちかねの金平糖の精と王子による華麗なグラン・パ・ド・ドゥ。阿部裕恵と清瀧千晴のまるで絵巻物が流れるような踊りが繰り広げられ、小さなコックたちと一緒に、この舞踊の宴を見守ったクララは大満足だった違いない。それはなによりも、くるみ割り人形を優しく抱いて眠っているクララの顔に浮かんでいる微笑みが物語っていた。

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渡會慶、風間美玖 撮影/鹿摩隆司

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濱田雄冴、細野生、土屋文太 撮影/鹿摩隆司

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米澤真弓、織山万梨子、阿部千尋 撮影/鹿摩隆司

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花のワルツ 撮影/鹿摩隆司

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三宅里奈 撮影/鹿摩隆司

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阿部裕恵 撮影/鹿摩隆司

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阿部裕恵、清瀧千晴 撮影/鹿摩隆司

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