日本の4つのバレエ団が気鋭のダンサーを起用して活力のある舞台を繰り広げた

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

NHKバレエの饗宴 2021 in 横浜

新国立劇場バレエ団『パキータ』マリウス・プティパ:振付、牧阿佐美バレヱ団『アルルの女』ローラン・プティ:振付、東京シティ・バレエ団『Air!』ウヴェ・ショルツ:振付、谷桃子バレエ団『ジゼル』ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー、マリウス・プティパ:原振付、谷桃子:演出

毎年、国内の有力バレエ団を招聘して開催されている「NHKバレエの饗宴」は、今年はNHKホール改修のため、初めて神奈川県民ホールで行われた。2021年の開催は、新型コロナ禍のために入場者制限が実施されていたが、四つのバレエ団が気鋭のダンサーたちを起用して熱のこもった舞台を繰り広げた。

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「パキータ」

まず開幕に登場したのは新国立劇場バレエ団で『パキータ』を上演した。『パキータ』は1846年にパリ・オペラ座でジョセフ・マジリエの振付により初演された。その後プティパが新たに振付けたが、今日では物語の部分は失われ、第1幕のパ・ド・トロワと終幕のグラン・パが継承されて上演され続けている。2001年にはピエール・ラコットが全幕を復活してパリ・オペラ座で上演している。そのほかにもユーリ・スメカロフがマリインスキー・バレエで、アレクセイ・ラトマンスキーがミュンヘン・バレエで復活上演している。
ロマの娘パキータ役は木村優里、フランス人将校リュシアン役は井澤駿が踊った。パ・ド・トロワは池田理沙子、奥田花純、中島瑞生だった。木村はしなやかさに加えて力強さも増し、有無を言わせぬような圧巻の踊りだった。錐のようなピルエットが冴え、悠揚迫らぬグランフェッテが舞台を支配し大輪の花を開かせたかのようだった。井澤も華麗な木村に応じたが落ち着いた踊りで舞台全体を纏めた。やや大柄の中島、池田、奥田のパ・ド・トロワもバランス良く魅惑的だった。赤い薔薇を髪に飾った女性ダンサーたちが華やかで、スペインの雰囲気も自ずと漂った。

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「パキータ」木村優里、井澤駿

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「パキータ」奥田花純、中島瑞生、池田理沙子

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「アルルの女」

ローラン・プティ振付『アルルの女』は牧阿佐美バレヱ団の出演で、フレデリは水井駿介、ヴィヴェツトは青山季可が踊った。
『アルルの女』は、19世紀のフランスの詩人で小説家のアルフォンス・ドーデーの『風車小屋だより』に収められている文庫本にしてわずか8ページの小品。のちにドーデーはこの短編を3幕の戯曲として書き起こし、1872年にパリで上演した。その際にジョルジュ・ビゼーが南仏プロヴァンス地方の民俗舞踊の音楽ファランドールなどを採り入れた、劇版音楽を作曲している。
戯曲では、登場人物を増やして具体的に物語を構成している。闘牛場で出会った<アルルの女>に真底囚われていたフレデリは、やがて心を改め、幼馴染のヴィヴェットと結婚式を挙げることを決める。しかし結婚式を間近に控えた祭りの夜、ファランドールを踊り明かしたその翌朝、<アルルの女>が男と駆け落ちすると知ったフレデリは、枯れ草小屋の高い窓から身を投げて自殺する。

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「アルルの女」水井駿介、青山季可

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「アルルの女」

ローラン・プティのダンスは、戯曲のそうしたナラティヴな事実には重きをおかず、ビゼーの音楽のファランドールやメヌエットなどを巧みに用いてパ・ド・ドゥとコール・ドの踊りを構成している。そして、ゴッホを魅了したこの地の鮮烈な光と色彩に満たされ、ファランドールが聴こえてくる中で、<アルルの女>を狂熱的に愛し、自殺した青年の心の深奥へと迫っている。
水井駿介は<アルルの女>の呪縛から抜け出すことができないフレデリを、渾身の踊りで魅せた。舞台の進行とともに、得体の知れない何かに激しく突き動かされているフレデリが今も印象に残っている。青山季可はフレデリを愛し深く思い遣る心を、指先まで濃やかな意識をいっぱいに込めて踊った。独特のユニホームを着けたコール・ド・バレエはライン・ダンスを主体として、登場人物の心理模様やアルル地方の自然の陰影などを表して、縦横に目まぐるしく変幻し、ゴッホの絵を模した鮮烈な美術とともに、フレデリの狂おしい心の模様を浮かび上がらせた。そしてフレデリはラストシーンでは、衣裳を脱ぎ捨てて行き場のない身体を如何ともなし難く、ついには高い窓から飛び降りてこの悲劇の幕を下ろした。

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「アルルの女」

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「アルルの女」

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「Air!」

東京シティ・バレエ団はウヴェ・ショルツ振付の『Air ! 』を踊った。ウヴェ・ショルツはゲヴァントハウス管弦楽団で知られるライプツィッヒ・バレエ団の芸術監督、振付家としてで活躍した。東京シティ・バレエ団は、ショルツの代表作と言われる『ベートーヴェン交響曲第7番』を日本初演している。
今回上演された『Air!』では、バッハの管弦楽組曲第3番の第1曲から第5曲までを、音楽と流麗に共演する身体によって鮮やかな舞台を作っている。ショルツは、楽曲の情感をクラシック・バレエのステップに実に巧みに組み合わせて現前させる。バレエ音楽ではなく、世に良く知られた名曲を「視覚化」する能力には大いに感心させられる。
ただ、音楽の「視覚化」と言っても、バランシンとは趣を異にしている。バランシンの場合は、作曲家の楽想に迫って、オフバランスなどを用いたバランシン自身のメソッドにより振付けている。そのためか、バランシンの振付は人間性を感じさせるところがある。そして音楽とダンスはお互いに自律し、楽想を通して響き合っている、と感じる。一方、ショルツの振付は曲の構造を捉えてその機能的な美しさを、クラシック・バレエのパを使って「視覚化」している。ショルツ独特のシンフォニック・バレエの振付である。
東京シティ・バレエ団は、ショルツの振付作品をレパートリーに採り入れており、ダンサーたちも踊り慣れてきているのだろう。それぞれの役割りをスムーズに踊り、舞台全体を盛り上げた。ゲストバレエマスターには、ショルツの下で踊ったジョバンニ・ディ・パルマを迎えて上演された。

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「Air!」

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「Air!」

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「Air!」

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「ジゼル」馳麻弥、今井智也

谷桃子バレエ団は『ジゼル』の第2幕を上演演目に選んだ。ジゼル役の馳麻弥とミルタ役は山口緋奈子はカンパニーの期待を担った若手ダンサーである、アルブレヒトは今井智也、ヒラリオンは三木雄馬が踊った。言うまでもなく『ジゼル』のタイトルロールは、カンパニーの創設者谷桃子の十八番だった。その薫陶を受けたダンサーたちはもちろんだが、実際の谷桃子の舞台を知らない者までその尊崇は篤い。それだけに、ひとつひとつの動きに込められているダンサーの思い入れが、言葉となって発せられているかのように感じられた舞台だった。そして馳麻弥のジゼルの細やかな踊りを観ているうちに、団員たちが一致団結して力を合わせ、谷桃子が創った『ジゼル』を復刻し、再現しようと試みているかのように思えてきた。こうしたカンパニーが一致して行う舞台活動が積み重ねられ、やがては結晶して、日本の、谷桃子バレエ団の伝統として息づいてくる、そんな印象を受けた公演だった。
(2021年10月3日 神奈川県民ホール)

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「ジゼル」

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「ジゼル」

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「ジゼル」

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