ローラン・プティ没後10年、牧阿佐美バレヱ団が『アルルの女』『デューク・エリントン・バレエ』を上演した

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

牧阿佐美バレヱ団「ローラン・プティの夕べ」

『アルルの女』『デューク・エリントン・バレエ』ローラン・プティ:振付

牧阿佐美バレヱ団が20世紀の世界的振付家、ローラン・プティの没後10年にあたって「ローラン・プティの夕べ」を開催し、『アルルの女』と『デューク・エリントン・バレエ』を上演した。牧阿佐美バレヱ団とローラン・プティの関わりは、1996年に『アルルの女』を上演し、日本人ダンサーが初めてプティ作品を踊ったことに始まる。この時はイルギス・ガリムーリンがフレデリ、草刈民代と田中祐子がWキャストでヴィヴェットを踊った。その後、大作『ノートルダム・ド・パリ』『若者と死』などの舞踊史上に輝く傑作を上演。2001年には創立45周年を迎えた牧阿佐美バレヱ団のためにローラン・プティは『デューク・エリントン・バレエ』を振付け、世界初演を果たした。友好関係はさらに続き『エリック・サティ・バレエ』『ピンク・フロイド・バレエ』を上演し、2005年にはプティ作品を持って2回もフランスやスペインを巡るツアーも敢行している。

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「アルルの女」水井駿介、青山季可
撮影:鹿摩隆司

「ローラン・プティの夕べ」は、NHKバレエの饗宴と同じ水井駿介と青山季可とが主演した『アルルの女』で開幕した(清瀧千晴、光永百花とWキャスト)。フレデリに扮した水井は、狂気を孕んだかのように何かに取り憑かれた表現が見事だった。ヴィヴェットの青山は、その狂気をとり鎮め心の交流を取り戻そうと必死の人物を優しさに包んで表した。近く結婚式を挙げる二人の心の形が臨場感をもって、鮮やかなコントラストを見せた。
NHKバレエの饗宴の記事でも書いたように、この『アルルの女』はドーテーの原作に基づいている。しかし、原作では(小説も戯曲も)フレデリと彼の母親が主役である。そして母親はフレデリの自殺を予感している。ヴィヴェットは、フレデリを愛していて結婚することになるのだが、作者ドーテーは明らかに愛する息子を救うことができなかった母親の嘆きに重点を置いて書いている。ところがローラン・プティは、母親を登場させず、フレデリとヴィヴェットのドラマとして描いている。プティは、愛を喪失して自殺するフレデリの心の奥深くに潜む神秘的とも言うべき情念を炙り出そうとしており、愛と死、エロスとタナトスの相克のドラマを演出しているのである。
弱冠21歳のローラン・プティは1945年に、世界大戦終結後のパリを舞台に、舞踊史上に名を残す傑作『若者と死』を振付けている。この若者も愛を得ることのできない孤独の中で死を選ぶ。するとそこに仮面を被った美女の死神が姿を現す。彼もまた、愛と隣り合わせに存在する死から免れることはできなかった。
あるいは1974年に初演された『アルルの女』の主人公フレデリは、『若者と死』の若者の生まれ変わりだったのかもしれない。しかし、フレデリを死へと誘引したのは、世界大戦の膨大な犠牲者たちの魂魄が呼び起こした死神ではなく、南仏の眩い光と鮮烈な色彩、そして鳴り止まぬファランドールのリズムだったのだろう。10日と開けずに『アルルの女』を観たら、そんな妄想も生まれてきたのである。

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「アルルの女」水井駿介 撮影:鹿摩隆司

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「アルルの女」清瀧千晴、光永百花(他日公演)
撮影:山廣康夫

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「アルルの女」 撮影:鹿摩隆司

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「デューク・エリントン・バレエ」
"The Opener" 菊地研 撮影:鹿摩隆司

デューク・エリントン・バレエは、菊地研がオープナーとしてジャズのリズムの封印を切った。音源はローラン・プティの希望によって、1950~60年のスタジオ録音とデューク・エリントンとそのミュージシャンたちへの喝采をとらえた熱烈な雰囲気のライブ録音が使われていて、ジャズ演奏独特の臨場感に溢れ、会場のすべての人々の身体は、スイングへ誘惑に耐えることができないようだ。
ノイジィなトランペットは、女性たちの強く抗議をするジェスチャーの表現と同調し、ピアノとコントラバスのリズムでは男性と女性ダンサーのペアが踊った。ジャズのノリの独特なリズムを身体に刻み、つい先ほどまで『アルルの女』で頑なに死を追うフレデリを踊っていた水井駿介はとびきりシャープな動きをみせ、生きる喜びを謳歌しているではないか。やはり絶望に陥ったヴィヴェットを踊っていた青山季可、そして清滝千晴と水井の"Afrobossa"。3人3様のセンスが織りなす動きが、エリントン・ジャズを見事に舞台の上に描き出した。佐藤かんなの"Solitude"は、都会の中の女性の孤独を洒脱なセットの中に浮かび上がらせてお見事。お久しぶりの京當侑一籠、逸見智彦が久保茉莉恵と保坂アントン慶と"Sophticated Lady:Chelsea Brige/Satin Doll"を踊った。すると「えっ、もうラスト・ナンバー?」とジャズのスタンダード中のスタンダード "Take the A Train"が流れ、全員が舞台に登場して踊り、会場全体が丸ごとスイングして幕が降りたのだった。
(2021年10月9日 新宿文化センター 大ホール)

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「デューク・エリントン・バレエ」
"Don't Get Around Much Anymore"
中川郁、菊地研 撮影:鹿摩隆司

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「デューク・エリントン・バレエ」"Afro Bossa"
水井駿介、青山季可、清瀧千晴
撮影:鹿摩隆司

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"Ad Lib on Nippon"
茂田絵美子、ラグワスレン・オトゴンニャム
撮影:鹿摩隆司

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「デューク・エリントン・バレエ」
"Caravan" 撮影:鹿摩隆司

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「デューク・エリントン・バレエ」撮影:鹿摩隆司

お知らせ:2021年11月21日(日)午後11時20分より、パリ・オペラ座バレエ『ノートルダム・ド・パリ』「追悼 舞踊家・牧阿佐美」他が放映されます。
https://www.nhk.jp/p/premium/ts/MRQZZMYKMW/

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