『バレエ・フォー・ライフ』の最後の曲「ショー・マスト・ゴー・オン」では、観客は皆、スタンディングオベーションで応えた!

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

モーリス・ベジャール・バレエ団

〈ミックス・プロ〉『人はいつでも夢想する』ジル・ロマン:振付、『ブレルとバルバラ』『ボレロ』モーリス・ベジャール:振付
『バレエ・フォー・ライフ』モーリス・ベジャール:振付

モーリス・ベジャール・バレエ団が4年振り18度目の日本公演を行った。もともとは昨年に来日の予定が新型コロナのために2度も延期になり、この度ようやく実現したわけだが、大きなバレエ団の来演としては、昨年春のパリ・オペラ座バレエ団以来ではないだろうか。それだけに期待も大きく、ベジャール亡き後、ジル・ロマン芸術監督がどのようにベジャール芸術を継承し、発展させているかも気になった。
今回のプログラムは2種。ひとつは、ベジャールの『ボレロ』と『ブレルとバルバラ』に、ロマンの最新作『人はいつでも夢想する』を加えた〈ミックス・プロ〉。もう一つは、クィーンの音楽にベジャールが振付けた『バレエ・フォー・ライフ』。こちらは映画『ボヘミアン・ラプソディー』のヒットでクィーンが新たな脚光を浴びたこともあり、話題性は十分だった。

〈ミックス・プロ〉『人はいつでも夢想する』『ブレルとバルバラ』『ボレロ』

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『人はいつでも夢想する』
© Kiyonori Hasegawa

『人はいつでも夢想する』(2019年)は、ロマンがアメリカの現代作曲家ジョン・ゾーンの多様性に富んだ音楽に触発されて創作したもの。白い低い壁で半円形に囲まれた舞台の中央後方には、スクリーンにもなる四角い大きな壁が据えられている。床に座って瞑想するダンサーたちの心象風景をダンスで綴ったのだろうか、「彼女」(ジャスミン・カマロタ)と「彼」(ヴィト・パンシーニ)に、様々な「族」や「天使たち」がからみ、次々に新たなシーンが織りなされていった。
最初に「彼」が持っていた青い小さな袋を人に預けたのは何の象徴だろうと思っているうちに場面は変わり、チェックをあしらった衣裳で伸び伸びと踊るダンサーたちがエキゾチックな情緒で舞台を満たした。その後は、壁に映される顔や目のクローズアップ、壁の上のダンサーと下にいるダンサーとの壁を隔ててのやりとり、男女が塊になって取るポーズなど、暗示的な提示が多いが、それぞれのダンサーの関係性などは、はっきりとは伝わってこない。だからか、現実の世界と空想の世界を行き来するような不可思議な感覚を覚えた。作品のテーマは「旅」というロマンらしい作風には違いないが、1時間10分は冗長に感じられた。

『ブレルとバルバラ』(2001年)は、タイトルにある2人の偉大なシャンソン歌手、ジャック・ブレルとバルバラの歌に2人のインタビューの音声を加えて構成し振付けた約45分の作品。日本でフルヴァージョンで上演されるのは今回が初めてという。バルバラは初演時から20年もこの役を踊っているエリザベット・ロスで、初演時にロマンが務めたブレル役はガブリエル・アレナス・ルイズが務めた。
冒頭、2人はインタビューの語りに合わせて、それぞれ別々に踊るのだが、黒いワンピースの裾からのぞくロスの長い脚が強烈な印象を与えた。その脚の豊かな表現力から彼女の健在ぶりがうかがえたし、その脚は彼女の強力な武器だと改めて感じた。
舞台では2人の歌がほぼ交互に流され、曲に合わせてソロやデュエットや群舞が繰り広げられた。バルバラが歌う「孤独」では、着物を羽織って歌舞伎の女形を思わせる仕草をみせたドリアン・ブラウンがブレル役のルイズと絡むと、どこか倒錯的な匂いが漂ってきた。

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『ブレルとバルバラ』© Kiyonori Hasegawa

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『ボレロ』© Kiyonori Hasegawa

圧巻は中盤に置かれたロスとルイズのソロだった。「行かないで」では、切々と訴えるようなブレルの歌唱にあおられるように、バルバラのロスは胸の内の苦しみや嘆きを吐露するように激しく踊った。これを受けるように、バルバラが去っていった男を待つ女の気持ちを歌った「いつ帰ってくるの?」では、ブレルのルイズが鬱屈した思いを悶々と表出するように踊る姿に、ブレルの「男は遊牧民だ。男は定住民じゃない----」という言葉が重なり、やるせない思いにとらわれた。この辺りのベジャールの構想の妙はさすが。なお、「黒いワシ」で身体能力を発揮してパワフルに踊った岸本秀雄や、「愛しかない時」でウィンテン・ギリアムズと組み、情熱をほとばしらせて踊った大橋真理など、日本人ダンサーの活躍がみられたのは嬉しい。『ブレルとバルバラ』に採り上げられたシャンソンはどれも魅力的だが、それにベジャールの絶妙な味付けがほどこされ、心に響く作品になっていた。

締めはベジャールの不朽の名作『ボレロ』(1961年)。この日、赤い円卓の上で"メロディ"を踊ったのはエリザベット・ロス。『ブレルとバルバラ』でバルバラ役を務めた後、わずか3分の転換で『ボレロ』の舞台に立つとは! ともあれ、冒頭でまず、彼女の手の動きがとてもフェミニンというか柔らかいのに驚かされた。
一方で、円卓を囲む"リズム"の男性ダンサーたちから放出される野性味というか男くささは、以前より弱まったように感じた。ロスは長年"メロディ"を踊ってきているからだろう、身体と精神を巧みにコントロールし、"リズム"の男性陣を駆り立て従えるというよりは、すべてを包み込んでしまうようなスケールの大きさをみせ、ある種のクールさをたたえながらカタルシスへと突き進んでいく。"リズム"と一体になって爆発する最後には、やはり息を吞まずにはいられなかった。ラヴェルの音楽同様、隙なく精緻に構築されたベジャールの振付の勝利と改めて感じた。
(2021年10月10日、東京文化会館)

『バレエ・フォー・ライフ』

クィーンのロック音楽とバレエを見事に掛け合わせたベジャールの1996年の傑作で、上演に1時間50分を要する大作である。1990年代の初めに共に45歳でエイズのために亡くなったクィーンのヴォーカルのフレディ・マーキュリーとベジャール作品の最高の具現者だったジョルジュ・ドンへのオマージュとして創作されたもの。ベジャールはクィーンの作品から歌入りの17曲を選び、これに歌の入らないモーツァルトの器楽曲を間に組み込んだが、この構成はとても効果的だった。もちろん、モーツァルトが35歳で早逝したのを踏まえているのだろう。ついでだが、白と黒を基調とした大胆な衣裳を手掛けたジャンニ・ヴェルサーチは、1997年に銃撃を受けて50歳で悲劇的な死を遂げている。この作品、日本ではいち早く1998年に初演されたが、今回は2008年のベジャール追悼公演で上演されて以来の13年ぶりの上演だった。

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『バレエ・フォー・ライフ』© Kiyonori Hasegawa

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『バレエ・フォー・ライフ』© Kiyonori Hasegawa

オープニングは「イッツ・ア・ビューティフル・デイ」。白い布を被って横たわるダンサーたちが次々に上体を起こして布から顔をのぞかせ、立ち上がって動きだすという演出だが、どこか"死"のイメージも内包するシーンを、曲の力を活かして鮮やかに"生"に転じてみせた。
フィレディ役のファブリス・ガララーグが登場した後は、音楽が変わるたびに、連動してダンスシーンも目まぐるしく変化する。クィーンの音楽にあまり詳しくはないものの、強烈にアピールする音楽と妙趣に富んだダンスのせめぎ合いが楽しめた。大きな羽根を持った逞しい天使を登場させたり、2組のカップルが踊るシーンに皮肉なのかモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」を充てたり、ピアノ協奏曲第21番では派手な衣裳で踊るカップルと、2台のストレッチャーに乗せられた男女と医師たちを複雑に絡み合わせて、意外な展開に向かわせた。
また、モーツァルトの「フリーメーソンのための葬送音楽」でスクリーンに手や脊椎のX線写真を投映して病や死を暗示したかと思うと、「Radio Ga Ga」では白い壁で囲まれた狭い空間に男性ダンサーたちを密集させるユーモラスな場面もあった。「ウィンターズ・テイル」では大貫真幹がソロで存在感を示していた。所々に台詞が挿入されたが、どれも示唆的で作品の奥行を深めていた。

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『バレエ・フォー・ライフ』© Kiyonori Hasegawa

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『バレエ・フォー・ライフ』© Kiyonori Hasegawa

カンパニーのダンサー全員で「ボヘミアン・ラプソディー」を踊ると、続く「ブレイク・フリー」ではジョルジュ・ドンのビデオが上映された。十字架に打ち付けられる姿は衝撃的で、バレエに殉じたようなドンの人生を思わずにいられなかった。
最後の曲「ショー・マスト・ゴー・オン」でも全員が登場し、白い布を被って横たわる最初と同じシーンに戻るが、"死"の暗示ではなく、ベジャールが好んだ"転生""輪廻"を示唆するように思えた。アンコールで再び「ショー・マスト・ゴー・オン」が流され、舞台奥から前進するジル・ロマンが、左右から走り寄るダンサーたちとハグしたり握手したりする。今までと同じ光景だが、そこに今回は単に「舞台は続けなければいけない」という思い以上に、「コロナ禍にあっても舞台芸術の灯はともし続けなければいけない」という固い決意が感じられ、胸が熱くなった。その思いは観客にも伝わったようで、皆、スタンディングオベーションで応えていた。
(2020年10月15日、東京文化会館)

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© Kiyonori Hasegawa

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