グランド・バレエの魅力が詰まった新作、間もなく開幕! 東京バレエ団「かぐや姫」リハーサルレポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

日本を代表する振付家の一人、金森穣による新作バレエ『かぐや姫』が、11月6日に開幕する。これに先立ち、10月27日に公開リハーサルと記者会見が行われた。

通し稽古直前のスタジオでは、どこを見たらいいかわからないくらい様々なことが同時進行で行われていた。金森はていねいに動いてみせながらリフトのタイミングや振りのニュアンスを伝え、ダンサーやスタッフに次々と声をかけていく。床を使ったアクロバティックなステップの練習、ポアント慣らし、翁の家のセットや小道具の準備。張り詰めているというよりは皆がわくわくしているような、まるでお祭り前の神社境内のような高揚感だ。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか。スタンバイも含めて通しますので、とりあえず集中してやってください」金森の声で、すうっと場が静まった。

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© Shoko Matsuhashi

第一場は月明かりに照らされた海。トゥシューズを履いた「緑の精」たちがおだやかな波、逆巻く波、砕け散る波となって押し寄せてくる。音楽はドビュッシーの交響詩「海」。動きは絶妙に音楽と連動して、北斎の浮世絵「神奈川沖浪裏」のように、波が渦巻いて大波となりザブン! と砕けるところまで目に見えるようだ。陸地に押し寄せた緑の精たちは、そのまま美しく直立する竹に変わる。そこへ「よっこらしょ」とばかりに登場した翁(飯田宗孝)が、竹やぶの中で見つけたのは......。

とにかくテンポがよく、物語がわかりやすい。本作品は全幕がドビュッシーの楽曲で踊られるが、それがまるでこの作品のために作られたかのようにぴったりだ。小さなかぐや姫を手のひらに乗せて、驚きといとしさでよろめき走る翁の足取りと、姫の放つ輝きが、「2つのアラベスク 第2番」のキラキラした音色ときれいに響き合う。かぐや姫(足立真里亜)はどんどん大きくなり(ここは演出上のしかけがあるそう)、美しい和音とともに少女の姿で登場。その後、たぶん誰もが耳にしたことのある、ちょっとドタバタしたリズムがユーモラスな「ゴリウォーグのケークウォーク」に乗って、姫が村の童たちと思い切り飛び跳ねて踊り、もう一人の主人公・道児(秋元康臣)と出会う。道児にポーンと抱きつく姫の、子猫みたいな愛らしさといったら!

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© Shoko Matsuhashi

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© Shoko Matsuhashi

そして、道児のキャラクターがいい。
秋元は何を踊ってもノーブルで端正という印象が強かったが、今回はまったく違う。道児は孤児で、貧しい村の中でも人一倍苦労している、それでいて心優しい男だ。温かさ、優しさが動作の一つひとつからにじみ出ている。その彼が、天真爛漫なかぐや姫に惹かれる。二人のパ・ド・ドゥは「月の光」に乗せて踊られる。月を見上げて、自分で理由もわからないまま涙を流す姫。道児はためらいつつ歩み寄る。なぜ泣いているのかわからないが、何かしてあげたい--そんな声にならない声が聞こえてくるようだ。月を振り仰いだ姿勢のまま高くリフトされ、そのまま道児のほうへゆっくりと倒れてゆく姫。美しい弧を描くその軌跡が、焼きついて離れない。
今回上演される第1幕は、姫が道児から引き離され、宮廷へ旅立つところで終わる。クリエーションは年をまたいで続けられ、数年がかりで全3幕が完成する予定だ。1幕最後の楽曲は「亜麻色の髪の乙女」。何とも切ない余韻と、このまま続きが見られたら! というもどかしい気持ちのまま、金森を囲んで記者会見が始まった。

「僕は幸せや喜びより、報われない愛や人間の悲哀に美しさを感じるほうです。基本的にネガティブなんですね(笑)。でも、コロナ禍で世界中の多くの方たちがリアルな困難に直面していることを考えると、今は痛みや悲しみより、『その中でも希望はあるし、人は人を愛するよね』ということを届けたいと無理なく思うようになりました」。コロナ禍以後、作風が変わったのでは? との記者の質問に金森はこう答えた。また、通しで踊ったのは初めてという足立と秋元には、絶賛を惜しまない。
「今日は(足立)真里亜と(秋元)康臣が、僕もびっくりするくらい役を生きてくれて嬉しかったですね。技術的なことは時間が許す限り責任をもって教えて、彼らが安心して表現に集中できるようにしてあげたい。ファースト・キャストの秋山瑛と柄本弾は明日初めての通しなんですが、今日のリハーサルで良い刺激を受け、奮起する部分もあったと思うので、明日がすごく楽しみです。」

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© Shoko Matsuhashi

両キャストの魅力については、次のように語る。
「弾と康臣は、全然違いますよね。道児という役は、どちらかというと弾に似合う印象があります。でも康臣は今日、道児を存分に生き切ってくれた。弾はキャラクターがすっと入る分、かぐや姫との様々な瞬間を深く掘り下げて表現してくれると思います。瑛と真里亜は、最初は似ているなあと思ったのですが、稽古すればするほど、全然違うことがわかってきました。性格も踊り方も音楽性も、踊りながらどこで語るかも。だからぜひ、両キャスト観てください(笑)」

主役のほか、姫を溺愛し、金銭への欲望にあらがえない翁(飯田宗孝)と、黒衣(くろこ、岡崎隼也)の存在も興味深い。
「東京バレエ団団長である飯田先生には、団員総出演のグランド・バレエにどうしても出ていただきたかった。ご本人は『引退しているのだから無理です』とおっしゃったんですが、同じ舞踊家の先輩として、今の飯田先生の経験値と存在感だからこそ表現できないものがあると思ったのです。黒衣はお能の後見のような役割ももたせつつ、物語を司る謎の存在として面白いかなと」。

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© Shoko Matsuhashi

トゥシューズの使い方にも注目したい。緑の精たちの繊細なポアントワークは印象的だが、かぐや姫はバレエシューズで自由奔放に踊る。来年以降に上演される第2幕の宮廷のシーンでは、女性は全員トウシューズを履くという。
「あえてネタばらしをすると、宮廷で高貴なふるまいを強要されたかぐや姫が、どうポアントで踊るか。裸足になりたい! という欲求も表現できると思います」
「東京バレエ団から作品を委嘱いただいたときに、ポアントの群舞と男性群舞は、振付家として絶対やりたいなと思いました。超常的な存在を表現するためにトゥシューズが生まれたというバレエの歴史からして、緑の精がポアントなのは必然ともいえますが、竹やぶのシーンではスコーンと軸に乗った、硬質かつしなやかな身体を表現したかった」。
尚、ドビュッシーの楽曲はすでに全3幕分を選んであるという。「ドビュッシーの作品は豊かな色彩感が特徴だと思います。ドビュッシーのカラフルな色彩のパレットから、『かぐや姫』の各シーンに適切な曲を選んでいますので。早く全幕を観ていただきたいですね」。

ベジャールが設立したバレエ学校ルードラ・ベジャール・ローザンヌで学び、キリアン率いるネザーランド・ダンス・シアター(NDT)で活躍した金森。『かぐや姫』第1幕は、今回はそのベジャール、キリアンのマスターピース『中国の不思議な役人』と『ドリーム・タイム』と共に初演される。
「『中国の不思議な役人』と『ドリーム・タイム』の稽古はなるべく見ないようにしているんですが(笑)、見ると構成のしかたやパートナリング、音楽の取り方など、自分は二人の巨匠に大きな影響を受けていることを実感します。ベジャールとキリアンに学んだことが、『かぐや姫』にはギュッと凝縮されて出ている。若い頃は『俺だって!』という気持ちが強くて、あえて背を向けてみたこともありましたが、今は得たものの大きさを実感しています。このプログラムでお客様に見ていただけることが、本当にありがたいですね」

すでに傑作の予感に満ち満ちたグランドバレエ『かぐや姫』。その誕生の瞬間に、劇場で立ち会いたい。

https://www.nbs.or.jp/stages/2021/kaguyahime/

11月6日(土)・7日(日) 東京文化会館
11月20日(土) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館

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© Shoko Matsuhashi

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