世界的振付家クリスタル・パイトとの出会いから始まったキャリア=鳴海令那×小㞍健太トークイベント

ワールドレポート/東京

レポート=坂口香野 Text by Kaya Sakaguchi

カナダ・バンクーバーを拠点に活動するクリスタル・パイトは、今、世界で最も注目される振付家の一人だ。パリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエをはじめ、各国のバレエ団に作品を提供している。8月29日、横浜・馬車道のダンスハウス、ダンスベースヨコハマ(DaBY)で、彼女のカンパニーで活躍する鳴海令那をゲストに、トークイベントOpenLab「ダンサー、言葉で踊る」が行われた。
ホストは、パイト作品に参加した経験のある小㞍健太。ナビゲーターはDaBYアーティスティックディレクターの唐津絵理がつとめた。
このトークイベントはDaBYで定期的に行われており、これまでには元英国バーミンガム・ロイヤル・バレエの山本康介、現Kバレエプリンシパルの飯島望未など多彩なゲストが登場。世界的なアーティストたちを身近に感じ、パフォーマンスを目の前で観ることができる、とてもお得感のあるイベントなのである。

この日も冒頭、鳴海と小㞍が約10分間の即興パフォーマンスを披露した。
二人はともにネザーランド・ダンス・シアター(NDT)で活動しているが、在籍の時期はずれており、観客の前で一緒に踊るのは初めてだという。
ウォーミングアップから、すでにパフォーマンスは始まっていた。足首を回したりつま先立ちしたりといったさりげない動きなのに、目を奪われた。鳴海のつま先がしなやかに伸び、足首や甲が精密機械のようにあらゆる方向に動いて、全身の動きになめらかにつながる。まるで、足が小さな生き物のようだ。二人は徐々に体重を預けあう。小㞍の背が鳴海の体を押し上げてリフトの形になったかと思うと、床に落ちかかった鳴海が、小㞍の腕や肩につかまってよじのぼるように身を起こす。時折、大輪の花が開くようにアクロバティックな動きが生まれる。
一瞬、鳴海の膝に小㞍が頭をもたせかけて膝まくらの形になるシーンがあった。鳴海が小㞍のあごを操るように手を動かすと、小㞍の頭もゆらゆらと揺れる。物語があるわけではないのに、様々な情景が浮かぶ。たとえば『千一夜物語』のシェヘラザードと王様のような。インプロヴィゼーション(即興)というと地味なイメージをもつ人も多いかもしれないが、二人のパフォーマンスは優美でゴージャスだった。

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© Naoshi HATORI

二人は12月31日、神戸で行われるジルヴェスター・ガラ・コンサートで小㞍振付の新作『火の鳥』を披露する予定だ。「インプロの要素がある作品にしたいので。令那さんと『あ、この化学反応はいいね』と話し合いながら、動きを再現するための要素をくみ取り、構成を練っていきたいと思っています」と小㞍。

続いて、小㞍が簡単に鳴海のプロフィールを紹介した。
鳴海は3歳でクラシック・バレエを始め、15歳でフランスに留学、その後バンクーバーのバレエ学校で2年間、バレエとコンテンポラリー・ダンスを学んだ。バレエ少女時代からコンテンポラリーも好きで、テレビで見たローザンヌ国際バレエコンクールのコンテンポラリー・ヴァリエーションの振りを覚えて踊ってみたりしていたという。
バレエ学校卒業後、2009年より2年間、パイトのカンパニーであるキッド・ピボットで研修生として踊ったのが、彼女のダンサーとしての出発点だ。その後はヨーロッパの3つのバレエ団を渡り歩き、現在は再び原点であるキッド・ピボットで活躍している。
「地球を半周しているよね。この背景には、どんなつながりや出会いがあったの?」という小㞍の問いかけに対し、鳴海は「サプライズだらけ」だというこれまでのキャリアについて語った。
キッド・ピボットのオーディションを受けたのは、バレエ学校在学中に「Lost Action」の公演を観て衝撃を受けたのがきっかけだという。これはカンパニー発足後最初の作品で、後に鳴海自身も出演している。
「私が入った頃、クリスタルさんは妊娠されていたので、私が彼女のパートを踊ったり、代役としてダンサー全員のパートを覚えたりしていました」と鳴海は語る。

研修終了後もキッド・ピボットに残りたかったが、枠が空かなかった。鳴海はいくつかのオーディションを受け、ドイツのウィースバーデン州立劇場に採用される。
「ウィースバーデンはフランクフルトの隣の街です。クリスタルさんはフォーサイスが率いていたフランクフルト・バレエの出身で、当時はバンクーバーとフランクフルトの2都市を拠点にしていたので、私もドイツにはなじみがありました」と鳴海。
2013年、スウェーデン王立バレエ芸術監督のヨハネス・オーマンからオーディションへの誘いを受けた。オーマンは2年前、鳴海がオーディションを受けたヨーテボリ・バレエの芸術監督だった。その時は採用されなかったが、彼は鳴海を覚えていたのだ。何も知らずにオーディションへ行ってみたところ、それがマッツ・エック版『ロミオとジュリエット』のジュリエット役のオーディションだったという。
「マッツさんやバレエ団関係者の方々が目の前にずらっと並んでいて。私はそれまでマッツさんの作品を踊ったこともなく、ものすごく緊張しました」と鳴海。
鳴海はこのジュリエット役でロンドンやドイツ各地、パリ・オペラ座でも主演している。
さらに、2015年にはNDTへ移籍。「これも本当にサプライズです」と鳴海は笑う。

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© Naoshi HATORI

クリスタル・パイトはNDTで数々のクリエイションを行い、2008年にはアソシエイト・コレオグラファーとなっている。鳴海はキッド・ピボット研修後、2011年にNDTのオーディションを受けたが、その時は不採用だった。当時NDTのメンバーだった小㞍は「令那さんを推薦していたクリスタルがとても怒ったんです。それがNDT中の噂になって(笑)。レナって知ってる? どんなダンサーなの? とよく聞かれました。クリスタルのカンパニー唯一の日本人で、すごくパワフルに踊っていたから、みんな注目していたんです」と明かす。

2015年の休暇中、鳴海はパイトや旧知の湯浅永麻に会おうとNDTを訪れ、軽い気持ちでクラスを受けさせてもらったという。「当時のディレクターのポール(・ライトフット)さんに挨拶に行ったら、『いつまでいるの?』と聞かれて。1週間くらいいますと答えたら、いつの間にかオーディションを受けることになっていました」。
そのままNDTのメンバーとなった鳴海は、2019年のNDT日本公演で、パイト振付の『The Statement』に出演。4人のダンサーが互いに議論を闘わせるように踊る、スリリングな作品だ。愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサーでもある唐津は、この作品を2016年にニューヨークで観たことが、NDT来日公演を実現させるきっかけになったと明かした。
2018年、今度はパイトから新作のクリエイションに参加しないかと連絡が入った。「クリスタルさんはすでにたくさんの素晴らしいダンサーと仕事をされているので、私がまたキッド・ピボットに戻れるとは思っていませんでした。でも、彼女はずっと私を気にかけてくださっていて。本当にサプライズだらけの人生です」
新作「Revisor」はゴーゴリの喜劇『検察官』に材を得た作品で、現在ワールドツアー中だ。

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パイト作品の魅力について、小㞍はこう語る。「動きはシンプルに見えるけれど、だからこそ考える"のりしろ"があって、自分の感情を投影できる。たとえば『Lost Action』はクリスタルの祖父母が戦時中にやりとりした手紙から発想したそうですが、とてもエモーショナルで好きな作品です。身近にある問題と、戦争のような大きな問題がつながっていることを感じさせてくれる」。唐津は「社会的な問題を扱った作品が多いけれど、誰の気持ちにも"刺さる"余白があり、多様な見方を許容する。そこが世界のバレエ団に望まれる理由だと思います」と語った。
そんなパイト作品はどのようにつくられるのだろうか。
「基本的に、彼女の中で全体像が完全にできあがった状態でスタジオ入りします。準備万端なかたですね。ダンサーから動きを出して組み合わせていくケースも多いです。彼女の出すタスク(課題)は明快なので、取り組むのが楽しいですね」と鳴海。タスクには、「一人が頭から床へ崩れ落ちると、次の人がそれを助け起こしつつその動きを引き継いでいく」とか「10人でひとりをマリオネットのように動かす」といった動きベースのものもあれば、「スーパーヒーローのポーズをつくる」といった設定のタスクもあるという。

小㞍は、NDTでパイトとのクリエイションに参加して驚いたと語る。「壁にざーっとシーン構成を書いて、毎日パズルのように構成を変えていく。振りのコンビネーションがたくさんあって、たとえばA・B・Cの振りをやったら次はC・B・B・A、健太はそこで3拍待って、とか。ちょっと待ってください! と言いたくなる(笑)。ダンサーにとっては頭も体もハードですけれど、作品を通して見るとメッセージがきちんと盛り込まれていて、踊っていてもそれを感じることができます」。
キッド・ピボットでは、一度完成された作品は基本的に上演されない。他のバレエ団がレパートリーに加えない限り、再演はないという。「彼女はつねに新しいものを、という気持ちが強いんだと思います」と鳴海。
他のバレエ団に作品を提供するときは、まずはインプロのワークショップを通じて、パイトの動きのスタイルを伝える。師であるフォーサイスのテクニックを発展させた、非常に細かいアイソレーション(体の部位を別々に動かす)が特徴だ。
「たとえばあごの3点を意識して顔を動かす『チン(あご)ダンス』という動きがあったり。最初は私も驚きましたが、今は他のカンパニーで『細かくてごめんなさい』と思いながら教えています」。
インプロはウォームアップとしても、クリエイションの手段としても重視されている。
「ツアー中の『Revisor』のメンバーは国籍も背景も多様なので、ウォームアップもバー・レッスンだったりヨガだったり様々ですが、クリスタルさんとのインプロはいつも30分くらいやりますね。その後、必ずクリエイションにつながる繊細でディープなトークに入ります」。

鳴海がパイトとの仕事でいちばん大切にしていることは、「彼女がつくりあげたい世界観を、私の体を通してお客様に伝えること」だという。
「クリスタルさんは優しいかたなので、たとえ彼女の中で何かが迷走していることがあっても、外には出さない。目の前のダンサーと向き合って、話し合いながらクリエイションを進め、いつも未知の動きやクオリティを引き出してくださいます。彼女の作品には、私のトレードマークみたいな動きがよく出てくるんですよ。脚を横にいっぱい開いたワイドポジションと大きなジャンプ」と、鳴海は目を輝かせる。

会場から出た「『パイトの世界観を体現する』感覚とは、『私を滅する』と『作品を通して自分を表現する』、どちらに近いのか」という質問に対しては、「両方ですね」と答えた。
「私がクリスタルさんになりきる感覚のときもありますし、自分が前に出ることもある。シーンによってその割合は変わってきます。彼女が表現したい動きを、体格も可動域も違う私の体でどう実現するのか、追究するのも楽しいです。彼女の動きはナチュラルで、私の体に合っている。彼女の作品の一部として踊っているとき、いちばん自分を表現できていると感じますね」
会場では、パイト作品の映像も数多く紹介された。世界的な振付家のクリエイションの現場、そこにみなぎるエネルギーをまざまざと感じさせるイベントだった。

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© Naoshi HATORI

尚、次回以降のトークイベントでは、次のゲストが予定されている。
2021年
10月17日 坂本美雨(歌手)
2022年
2月27日 大石将紀(サクソフォン奏者)
3月27日 中村祥子(バレエダンサー)
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