新型コロナの深刻な影響を乗り越える試み、心を揺さぶったベジャールによる4作品〈HOPE JAPAN 2021〉

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団 全国ツアー〈HOPE JAPAN 2021〉

『ギリシャの踊り』『舞楽』『ロミオとジュリエット』パ・ド・ドゥ『ボレロ』 モーリス・ベジャール:振付

東京バレエ団が、東日本大震災から10年を経て、今度は新型コロナ禍の復興プロジェクトとして、〈HOPE JAPAN 2021〉と銘打って全国ツアーを行った。2011年の〈HOPE JAPAN〉は、カリスマ的バレリーナ、シルヴィ・ギエムが未曾有の大震災に見舞われた日本を応援しようという呼びかけに東京バレエ団が応じて実現したもので、彼女が踊る『ボレロ』を据えたプログラムを携えて被災地を含む各地を巡り、大きな反響を呼んだ。
今回の〈HOPE JAPAN 2021〉は、人々の生活ばかりか芸術活動にも深刻な影響を及ぼしている新型コロナ禍を乗り越え前進しようと企画された。幕開けの東京公演では、モーリス・ベジャール振付による『ボレロ』『ギリシャの踊り』『舞楽』『ロミオとジュリエット』(パ・ド・ドゥ)の4作品を上演したが、絶大な人気を誇る『ボレロ』を最後に置いたことで、最高の盛り上がりをみせた。東京に続く大阪や福岡、富山、いわきなど10都市を回る全国ツアーでは、『ボレロ』と『ギリシャの踊り』に古典名作『パキータ』の3作品を上演した。こちらは、新型コロナ禍における文化芸術界の活性化や地域の文化芸術の振興推進を目的とした文化庁の「アートキャラバン事業」の一環として行われたもの。東京バレエ団では、地域文化の振興という趣旨に沿って、経済的理由などで舞台芸術に触れる機会が少ないと思われる養護施設やひとり親家庭などに呼びかけて、10公演で約900人の招待枠を設けたという。

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photo Kiyonori Hasegawa

さて、東京公演の初日。幕開けは人気の高い『ギリシャの踊り』で、7年振りの上演という。青い空をバックに波の音が響くと、黒いレオダードの女性たちによる波の動きを伝えるような群舞と、裸の上体がまぶしい白いパンツの男性たちの群舞に始まり、岡崎隼也と井福俊太郎による瑞々しいパ・ド・ドゥや、沖香菜子と樋口祐輝、伝場陽美と宮川新大の2組によるパ・ド・ドゥ、柄本弾の清々しくも逞しいソロが続き、全員が登場するフィナーレへと流れるように心地良く展開した。ミキス・テオドラキスの郷愁を誘う魅力的な音楽と相まって、地中海の香りを漂わせ、爽やかな雰囲気で舞台を満たした。導入部の青い空は黒い幕で覆われてしまい、多くは黒く閉じられた空間で踊られるのだが、終盤に幕が上がると、青い空がより一層明るく輝やかしく感じられた。巧みな演出だった。

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『舞楽』は黛敏郎の同名の音楽による作品で、モーリス・ベジャール・バレエ団と東京バレエ団の合同公演のために5人のダンサーに振付けた1988年の初演版と、東京バレエ団のために巫女やアメリカン・フットボールの選手姿のダンサーらを加えた1989年改訂版があるが、今回は初演版で上演された。赤い袴に鉢巻きをした池本祥真のソロを核に、彼を挟むようにして踊る白い衣裳の2組の男女により進行するが、儀式にでも臨むような池本の研ぎ澄まされた精神性と鋭利な身体性が際立った。ベルリオーズの音楽を用い、シェイクスピア劇に着想した『ロミオとジュリエット』は、反戦と愛を高らかに謳ったベジャールの幻の名作といわれているが、今回はその中の恋人たちのパ・ド・ドゥを、バレエ団として実に38年振りに上演した。ロミオの大塚卓とジュリエットの秋山瑛は、それぞれ恋する喜びを惜しげなく溢れ出させて登場し、燃えあがる心を初々しく、情感豊かに紡いで踊った。終わり近く、敵対する両家の若者たちが現れて争い始め、殺し合い、ついにはロミオとジュリエットも果ててしまうと、舞台は深い哀しみで包まれた。恋人たちのデュエットが甘く美しかっただけに、なぜ愛する二人は死ななければならなかったのかという、ベジャールの問い掛けが心に突き刺さった。

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締めくくりは『ボレロ』。現在、東京バレエ団では上野水香と柄本弾が「メロディー」を踊ることを許されているが、初日は上野が踊った。暗い舞台の赤い円卓の上で、スポットライトが上野の右手の動きを追い、左手の動きを追い、両手を照らし、全身が照らし出されると、ラヴェルの音楽が刻む拍に合わせて身体を上下させ、脚を振り上げ、身体を曲げと、動きのスケールを増幅させていく。いつも通りの展開だが、やはりすごい緊迫感。円卓を囲むように椅子に座った「リズム」の男性陣は数人ずつ踊りに参加していくが、その彼らの踊りもまた屈強で、緻密に構成されている。上野は視点を定め、精神を集中し、リズムの男性陣を巻き込むようにして踊りの熱量を高めるだけでなく、観客から放出されるエネルギーをも取り込むようにしてクライマックスへと突き進み、すべてを一気に爆発させて崩れ落ちた。見事な演技だった。今回もまた、観る人の心を揺さぶり、元気づけずにはおかない『ボレロ』だった。
(2021年7月3日 東京文化会館)

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photo Kiyonori Hasegawa

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