国宝級のダンサーたちが織りなす壮大なごちゃまぜの深淵、完全版『マハーバーラタ』稽古場レポート&インタビュー

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

2013年からアジア各国で世界最長の叙事詩「マハーバーラタ」シリーズの共同制作を行い、高い評価を受けてきた小池博史が、その集大成として取り組む「完全版マハーバーラタ」が、8月20日より東京・なかのZEROホールで上演される。
各国を代表するダンサーが集結、リハーサル真っ最中の稽古場にお邪魔し、演出・振付の小池博史とバレエ・コンテンポラリーダンサーの福島梓にインタビューを行った。

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リハーサルレポート

「マハーバーラタ」の意味は、「偉大なバラタ一族の物語」。聖書4冊分もの長さがあるといい、壮大すぎて、あらすじを読んだだけではさっぱり頭に入ってこなかった。(尚、公演を主宰する小池博史ブリッジプロジェクトのサイトには、漫画でストーリーを解説する「Young Person's Guide to マハーバーラタ」https://mb2020.info/archives/manga など関連コンテンツがいろいろ載っている)。
神々の子孫であるバラタ一族が、パーンドゥ家とクル家の二つに分かれて激しく闘い、最後には全員が滅んでいってしまう----そこまでしかわかっていないけれど大丈夫だろうかと思いつつ稽古場へ向かったが、リハーサルが始まると不安も一瞬で吹き飛んだ。
開幕後間もなく、出演者12人全員が、舞台の奥から横一列に並んでゆっくりとこちらへ歩んでくるシーンがある。
バリ、ジャワ、タイの古典舞踊、沖縄舞踊、能、狂言、コンテンポラリー、バレエ......様々なバックグラウンドをもつ出演者たちは、体型も筋肉のつき方もそれぞれ違う。しかし、全員ものすごいオーラがある。床を踏みしめる足の裏からしなやかな指先までエネルギーが満ちて、一人ひとりがすっと異なるポーズを取ったとき、連想したのは、以前上野の国立博物館で見た阿修羅や十二神将などの仏の守護神たちだ。神像が本当に動き出してすぐそばまで近づいてきたような"圧"を感じた。

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バラタ族の王子、ドリタラーシュトラとパーンドゥは仲の良い兄弟だったが、長男のドリタラーシュトラは盲目であったため、次男のパーンドゥが王となる。ところが、パーンドゥは鹿に姿を変えていた賢者を射殺したことで「女性と交わると死ぬ」という呪いをかけられてしまう。パーンドゥ王は、第一王妃クンティが神々を呼び出す呪文を知っていることを思い出し、神との間に世継ぎを残すように命じる。こうして、風神の息子で象1万6千頭分(!)の怪力をもつビーマ、雷神の息子で見目麗しい弓の名手アルジュナなど、5人の王子が生まれる(パーンドゥ家5兄弟)。
パーンドゥ王の死後、盲目の兄のドリタラーシュトラが王位につく。ドリタラーシュトラには長男のドゥルヨーダナを筆頭に100人(!)の王子がいた(クル家100人兄弟)。両家の兄弟は王宮で共に暮らしつつ、しだいに対立を深めていく......。

と、言葉で書くと複雑な物語が、ダイナミックなダンスと下町兄弟によるラップ、鼓や横笛と沖縄音楽が混ざり合った音楽によりきわめてスピーディに展開する。舞台上で使われる言語はばらばらで、ウチナーグチ(沖縄方言)とジャワ語、インドネシア語、タイ語、中国語と日本語で対話が進んだりする。ダンスのテクニックも一人ひとり違うのだが、違うどうしが官能的に愛を語り合ったり、アクロバティックに闘いを繰り広げたり、ラップとともにユニゾンで踊ったりする。わかりやすいし、だんだん、わからなくても面白いからいいや、という気になってくる。

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そして、キャラクター一人ひとりが強烈だ。たとえば雷神の息子・アルジュナを演じるプルノモ・スルヨはこんなに美しい人がこの世にいるのか、と目を疑いたくなるようなダンサー。しなやかな長身に力をみなぎらせて強弓を引くシーンは、「神の子」のイメージをそのまま伝えてくる。風神の息子で怪力無双のビーマを演じるのはバリ舞踊家の小谷野哲郎。人なつっこい笑顔とどこまでも豪快で弾むような踊りが印象的だ。ビーマやアルジュナら5兄弟への憎しみを募らせていくクル家長男ドゥルヨーダナを踊るのは、マレーシアで舞踏団を率いるリー・スイキョン。武道の達人のような切れ味鋭い動きとすさまじい妖気を放つ。5兄弟の共通の妻となる絶世の美女ドラウパディーを演じるのはバレエ・コンテンポラリーダンサーの福島梓。ただ美しいだけでなく、闘うお姫様である。ドゥルヨーダナらの罠にはまり、着物を剥がれそうになるシーンは圧巻。きりきりと高速回転しながら全力で抵抗し、クル家への復讐を誓うのだ。
繰り広げられる愛憎のドラマは濃く深く、あっという間の3時間だった。

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舞台写真 photo by 許方于

小池博史・福島梓インタビュー
言葉のリズムが身体をつくる

----リハーサル、お疲れ様です。予備知識ほぼゼロで拝見したのに、冒頭から引き込まれて、まったく長さを感じませんでした。

小池 今日は前編「愛の章」だけを通しましたが、後編の「嵐の章」は映像もたくさん使ってマルチメディア的に仕上げていく予定です。

----後編では、パーンドゥ家とクル家の大戦争が描かれますね。そして最後は全員が死んでしまうという......。

小池 ええ。神々の子孫であるにも関わらず、滅亡していくのです。『マハーバーラタ』には、神はなぜ破滅を望んだのか、そもそも人間とは何か、ということが壮大な規模で描かれている。3.11後すぐに取り組んだ作品で、コロナ禍のさなかにある今年、その最終形を上演することになりました。人間をどう考えていけばいいのか、今ほど大きく問われている時代はないと思うんですよ。

----最初の舞台化が2013年。足かけ9年、5か国で共同制作を重ねられています。今回はその総集編ということですね。出演者一人ひとりのきわだった魅力に圧倒されましたが、配役はどのように決定されたのですか?

小池 それはもう、勘としかいいようがないですね。特に海外でオーディションをやるときは、一人当たり5分くらいしか見られない。その5分で誰を選び、どういうキャラクターにはめるかを全部決めて台本を書くのですが、ねらいにほぼ外れはないです(笑)。

----一人ひとり国籍もテクニックも違うのに調和があり、何か共通言語があるように見えたのが印象的でした。

小池 そこなんですよね。異なった者どうしが交わらず、セパレートしていく方向だと、たぶん人類は滅亡にしか至らないだろうと。バックグラウンドの違う者同士でいかに共通するものを築いていくのか、ということをいちばん意識しています。そこで重要になってくるのが「リズム」です。リズムは言語や思考と深く関わっています。「俺はこういう考えだから」「このリズムでしか踊れないからね」という人だと、話がそこで終わってしまう。頭が柔らかくて、自分が築いてきた壁をこわして、新たな気づきを得たいと思っている人しか選んでいないので。そういう連中は非常に面白い。

福島 みんな、心が開かれていますよね。

小池 今日も音楽家たちと話していたんだけど、同じ速さでリズムを刻もうとすると合わないんですよね。下町兄弟はラッパーですから、正確に「刻む」リズム。鼓や横笛を演奏する今井(尋也)さんは、日本的、アジア的なゆらぎのリズムの人。

福島 踊り方も、間合いがみんな違うんです。カウントで生きてない。

小池 そう。たとえ1、2、3ってカウントを取って踊っても、日本人のリズムは伸縮しがちだといますが、それは「リズムがくるってる」んじゃない。その抑揚がアジアのリズムなんだと思います。言語や思考のリズムが、身体をつくっている。

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----リズム感が全員違うと、最初は合わないですよね。

小池 合わないところもあるけれど、各国のトップダンサーで様々な表現をしている人たちなので、大きな混乱は起きないです。むしろ衝突や混乱はあっていい。そこが出発点になって、新たな何かが生まれてくる可能性がある。

天へ向かうバレエ、大地を踏みしめるアジア舞踊

----ユニゾンで踊っていても、一人ひとりニュアンスが違うのが面白かったです。福島さんはバレエダンサーらしいつま先のカーブが美しくて。

小池 ああいうラインはバレエならではですね。アジアの古典舞踊は大地に踏ん張っていくゆえのすごみがある。全然違った方向性なんですけど、それぞれを生かしていけばいい。

福島 いろんな方と一緒に踊っていて、あらためて日本人としての身体性を発見させてもらっています。祈りのようなものや、天と地をつなぐ精神性や......。バレエは天の神様に向かって踊る感じ。神様の捉え方が違うのかなと。

小池 バレエは天とつながろうとするけれど、アジアの舞踊は大地とつながった身体で踊る。基本的に裸足で、大地を踏みしめる。だから重心は落ちてるんですよね。

福島 アジアの舞踊は腰の決まり方が違います。ただ、バレエも大地を押すことで天を目指す。上へと下へ、相反する力を使って成立しますから、通り道には共通点がありますね。

----バレエ的な引き上げと、アジア舞踊的な指先の美しい動きが解け合って、魅力的なお姫様を表現されていました。

福島 バリ舞踊やタイ舞踊は習い始めて間もないですから、まだまだ本物にはほど遠いです。でも、素晴らしいお手本が身近にたくさんいるので、がんばってまねしています(笑)。アジアの手の表現、本当に美しいですよね。

「やってみて」「生かす」ことから壁を越える表現が生まれる

----印象的なシーンがたくさんありましたが、特にアルジュナがヒマラヤで神々と出会い、父である雷神から最強の武器を受け取る、というシーンの美しさには圧倒されました。様々なテクニックをもつ一人ひとりが、光り輝くような神様になって現れる。そして、アルジュナ役のスルヨさんの動きが神々しくて。

小池 あそこは、ジャワ伝統舞踊の「アルジュナが神と出会う」シーンの動きそのままです。彼が長年取り組み、身につけてきた古典の所作なのです。それを、どういうリズムにはめるかを考えるのが僕の仕事。ちょっとやってみてと言って、そのままいけるならいくし、うまくいかなければ変えていく。

----「やってみて」から作品づくりが始まるということでしょうか。

小池 バックグラウンドが違うので「やってみて」から始めるしかないんですよ。「こうやれ」って言うほうに無理がある。僕がみんなのもっているものをどう生かすかです。

----鹿のシーンなども、本当に鹿の群がジャンプしているようで美しかったです。

小池 アジアの古典舞踊の中には、様々な動物の型があります。猿のダンスやライオンのダンスを専門にやる人もいる。国や地域によってテクニックは違うけれど、古典舞踊の踊り手に「鹿」をやってくれっていったらみんなすぐできるんですよ。

----すごい。だからそれぞれが「鹿」だったんですね。

小池 異なる存在同士が混ざり合い、化学反応を起こして調和を見いだしていかなければ、これからの社会は成り立たない。『マハーバーラタ』はそういった実践でもあるんです。日本の社会は変に純粋さを求めがちだと思います。芸術にしたってジャンルごとにお客も分かれていて、村社会みたいな構造になっている。

----バレエ村、ストリート村、コンテ村......みたいな感じでしょうか。耳が痛いです。
福島さんはクラシック・バレエを出発点としていらっしゃいますが、どのようにして今のスタイルに至ったのでしょうか?

福島 もともとドラマチックなバレエが好きで。演じること、別人になることが大好きでした。20歳になる前に怪我をしてバレエの第一線からは外れてしまうなと悟ったこともあり、演劇やコンテンポラリー、ジャズダンスや日舞など様々な表現方法を学び始めました。2018年『世界漂流』のオーディションで小池さんにお目にかかったとき、「自分のやりたいことを全部やっていいよって言ってくれる人にやっと会えた!」と思いましたね。その年、『幻祭前夜2018〜マハーバーラタより』にも呼んでいただき、アジアの古典舞踊も学び始めて今に至ります。

小池 2013年の『マハーバーラタ』第1回公演から参加している人も、今回が初めての人もいますが、強い存在感を持った演者ばかりですよ。前編・後編合わせて6時間の長丁場ですから、僕としては彼らをいかにバランスよく起用するかに気を使っています。コミカルなダンスも野獣のような踊りも素晴らしいからこことここ両方出てほしいけど、体力的にきついかな......とか。

----ワーグナーは歌手の体力や歌唱力を考慮せずに長大なオペラを作曲したから、ワーグナー作品は超人みたいな歌手しか歌えない、と聞いたことがありますが......。

福島 小池さんもワーグナーみたいな人かと思ってたけど、ちゃんと考えてくれてたんですね(笑)。

小池 そりゃ、考えてますよ(笑)。

----最後に、読者へのメッセージを一言ずつお願いします。

福島 こんなに見応えのある、大規模な作品は何十年に一度しかないと思いますので、ぜひぜひいらしてください。

小池 僕はこれまで、80作ほどの舞台作品をつくってきましたけれど、今回が間違いなく集大成だと思います。通常なら相容れない古典のトップアーティストがぐわっと集まって、化学変化を起こし、そこに何か大きなものが立ち現れようとしている。これこそ世界の縮図だと思いながらつくっています。ぜひいらして、大叙事詩のスケールを全身で体感していただけたら嬉しいです。

----長いステイホームで窮屈になりがちな頭に風穴をあけてくれる、壮大な舞台となりそうですね。今日はリハーサルでお疲れのところ、ありがとうございました。

完全版 マハーバーラタ

2021年8月20日〜23日
なかのZERO 大ホール
https://mb2020.info/

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