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危機のさなかにうごめく鬼ーー勅使川原三郎新作ダンス『羅生門』記者会見レポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

勅使川原三郎振付『羅生門』が、8月6日より東京芸術劇場、11日に愛知県芸術劇場で上演される。出演は勅使川原自身と佐東利穂子、そしてハンブルク・バレエ団のプリンシパルとして活躍するアレクサンドル・リアブコだ。上演に先立ち、7月16日に愛知県芸術劇場にて記者会見が行われた。

世界各国の劇場で活躍し、2020年より愛知県芸術劇場の芸術監督を務める勅使川原三郎が、新作の題材として選んだのが芥川龍之介の名短編『羅生門』だ。物語の舞台は飢餓と疫病が蔓延する京の都。主人に暇を出されて行き場のない男(下人)、生きるために死体の髪の毛を抜く老婆......国語の教科書にもとり上げられていたので「下人の行方は、誰も知らない。」という印象的な最後のフレーズを覚えている人も多いかもしれない。極限状態にある人間の迷いや欲望を鮮烈に描いたこの作品に想を得て、いったいどんなダンスが生まれるのだろうか? 

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© Naoshi Hatori(すべて)

「ゲストのリアブコさん、佐東利穂子と私。自分でいうのもおこがましいですが、強力な3人のキャラクターを生かすためにも、この作品を成功させたいと思っています」と勅使川原氏は自信をのぞかせる。リアブコは東京で14日間の待機期間を経て、記者会見の前日に愛知県に入った。待機期間中もオンラインでコミュニケーションを重ね、今まさにリハーサルの真っ最中だという。

『羅生門』という題材について、勅使川原は次のように語った。
「私は『羅生門』から神話を読み取りました。神話とはただの古い話ではなく、今、この時代の実感を生き生きと感じ取れる物語のことで、私はいつもそういう題材を選んでいます。
『羅生門』は鬼がすむという伝説のある朽ちた門で、死体がたくさん転がっています。職を失った身寄りのない男が、雨を避けて飛び込んでくる。彼はいわば死にぞこない。羅生門は死人、生きている人間、死にかけている人間が区別なく放置されているような悲惨な場所なのです。彼はそこで見聞きした出来事に動揺し、生きていくためにどうしたらいいかと葛藤する。彼が体験した困難、混乱、恐怖は、今の私たちが共有していることでもあります。困難の中をはいあがり、生きるために闘い、騙し合い、相手を貶めるような人間の本質は醜いのでしょうか。私は必ずしも醜いとは考えません。
危機の中でこそ、人間は生き生きとした生を必要とする。明快な強い判断を求められる。目をそむけたくなるような生と死、善と悪の狭い狭いはざまでこそ、見えてくる現実があるのではないか。もしかしたら、そこには美しささえあるかもしれない。そんな場所からの展望をテーマにしたいと思ったのです。

今、私は危機を実感しています。危機をつきつけられている以上、一歩前に出て話を聞く、あるいは物申す態度が芸術家として必要だと感じています。物陰に隠れてのぞき見するのではなく、危機の本質に近づき、立ち向かうことがダンスすることです。困難さは、私にとってとても面白い状況なのです。平穏に暮らすことより、平穏さの裏に隠されているものへの興味のほうが強い。
ダンスとは動くこと、止まらずに動き続けることです。視野を変えること、気温や季節の移り変わりを感じること、一歩足を踏み出すこと、眠ること、目覚めること......すべての営みが基礎です」

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ゲストダンサーのリアブコと勅使川原の間に、直接の面識はなかったという。しかし、この作品の創作に当たり、必要な身体性や理解力を備えたダンサーについて様々な候補者を探す中で出会ったのが彼であり、出会った当初から「あ、この人だと明確にわかりました」と勅使川原は語る。「リアブコさんは、私たちは通称サーシャと呼んでいますが、素晴らしいダンサーです」。

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勅使川原の紹介を受けて、リアブコは次のように語った。
「昨年、オファーをいただいたときは本当に驚きました。勅使川原さんがパリ・オペラ座などで活躍されていることは知っていましたが、公演を拝見したことはなく、『羅生門』についても何も知らなかったのですが、実際にお話をうかがってわくわくすることばかりでした。勅使川原さんがおっしゃったとおり、私もつねに新しいステップを踏んで課題を乗り越えていくことが人生だと思っています。学生時代からハンブルク・バレエでノイマイヤーの作品に出演してきましたが、今までにない新しい経験として、この状況下でこの公演を実現させなければと強く思いました。

リハーサルは、東京での待期期間中にオンラインで始まりました。通常は大きなスタジオで振付を覚え、身体のラインはこう、というふうに形から入っていくのですが、今回のアプローチでは『君はどう感じるか』ということをつねに問われています。たとえば指だけを動かしたとき、頭の自然な位置はどうなるか? というふうに、身体の内側で感じたことを外側の動きにつなげる。皮膚の内側を感じて外側とコミュニケーションを取る、という今までにない経験をしています。
昨日東京から名古屋に来て、はじめて勅使川原さん、佐東さんとお会いし、同じ空間を共有することができました。どのような形で作品をつくりあげ、スタジオから劇場にもっていけるか、これからの数週間がとても楽しみです」

優れたダンサーであると同時に、勅使川原のアーティスティック・コラボレーターを務め、創作にも深く関わる佐東は、「サーシャが今感じていることを聞いて、さらなる喜びを感じています」と語り、さらに
「こんな状況下で、面識がないままに彼が出演を引き受けてくれたことを、最初は少し不思議に思っていたのですが、メールやオンラインでやり取りをしているうちに信頼感が生まれ、自然に納得がいきました。昨日初めて一緒に動いてみて、彼が感じていること、感じようとしていること、彼の存在から大きな影響を受けました。私たちダンサーは、相手が感じていることや音楽を自分のことのように感じ取り、交感することで動きをつくっていくので。サーシャは力んだり、境界線を引いたりすることなくすっと入ってきてくれて、自然に作品づくりが始まっている。そのことがとても嬉しいです。
これまでも、勅使川原さんはドストエフスキーの『白痴』など、文学作品に想を得た作品をつくってきていますが、たとえ題材を知っていても、そこから生まれるものはいつも予想とまったく異なる、と感じています。今回もおそらくそうだと予感しています。私も様々なことを手放して、身体も頭も新鮮な状態で向かっていきたいと思います」

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勅使川原はリアブコと佐東に「共通するものを感じる」という。
「謙虚であると同時に、内面にとても強いものを持っている。それは表現者に必要なことだと思います。余分な力を込めるのではなく、自分として存在できること。きちっと地に足がついていること。必要以上に自分と見せようとしないからこそ、見えてくるものがある。そのことを知っている知性を感じます。そんな2人に、私はおおいに力づけられています。
『羅生門』を読んだとき、この物語が始まる前にも、終わった後にも書かれていない何かがあるだろうと強く感じました。おそらく、その何かが小説を成り立たせているものです。物語の終わりの先にあるものを感じさせることで、ダンスが始まる。時を戻ったり進んだり、往復運動しながら問い続けることが創作のプロセスになります。そこに、なぜ書くか、なぜダンスをするかという問いかけの答えがあると考えています」。

勅使川原三郎、佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ。3人の研ぎ澄まされた身体が、ぎりぎりの極限状態と、そこに棲む「鬼」を出現させる......。それはきっと、恐ろしくも美しい世界に違いない。想像するだけでわくわくしてくる。
国際的な活躍で知られる笙奏者・宮田まゆみとのコラボレーションにも注目したい。

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© Naoshi Hatori(すべて)

勅使川原三郎版「羅生門」

〈東京公演〉東京芸術劇場プレイハウス
2021年8月6日(金)19:30 7日(土)16:00 8日(日)16:00
〈愛知公演〉愛知県芸術劇場大ホール
2021年8月11日(水)19:00
https://www.st-karas.com/

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