ピーター・ライトの素晴らしい演出、そして塩谷綾菜のスワニルダが可愛かったスターダンサーズ・バレエ団『コッペリア』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

スターダンサーズ・バレエ団

『コッペリア』マリウス・プティパ、エンリコ・チェケッティ、ピーター・ライト:振付、ピーター・ライト:演出

テアトロ・ジーリオ・ショウワで上演されたスターダンサーズ・バレエ団のピーター・ライト版『コッペリア』を、5月にオンライン配信された新国立劇場バレエ団のローラン・プティ版に続いて観た。ローラン・プティ版は時代設定を現代に変えていたが、ピーター・ライト版は原典に基づいた時代劇だった。二つの舞台には、ほぼ同世代(プティ1924年生、ライト1926年生)の名だたる二人の振付家の古典名作バレエに対するステイジングの違いが、顕著に現れていてなかなか興味深かった。
ピーター・ライトはプティに勝るとも劣らない振付・演出の達人で、しばしば古典名作バレエの原典を尊重した細やかな再振付・演出を行い、今日の観客にも説得力を持ってテーマを一段と深めることに成功している。特に『くるみ割り人形』は、二種類の振付・演出のヴァージョンを作り、ともに成功させている。
今回のスターダンサーズ・バレエ団のライト版『コッペリア』の上演は、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団との提携により実現したということだが、とても良い試みだったと思われた。

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塩谷綾菜(スワニルダ)、林田翔平(フランツ) © HASEGAWA Photo Pro.

ピーター・ライト版の『コッペリア』は、丁寧に原典の物語を追っている。
コッペリウスは自作の少女人形に命を持たせることを至上命題としていて、村人たちの反応を見ようとしてベランダに人形を座らせる。するとスワニルダがてっきり人間と思い込んで挨拶するが、何の反応もないので不服そう。今度はフランツがしきりに愛想を贈りはじめる。そこでコッペリウスは人形に返礼をするように仕掛ける。これにはフランツは大喜び。スワニルダはおおいに不満!コッペリウスはしてやったり!
ライト版は、領主が村の教会に鐘を贈り、それを記念して村人たちがお祝い舞踏会を開く。その日めでたく婚約したカップルにはお祝い金を村長が贈る、という大筋と、風変わりな老人コッペリウスが人形に一心に命を吹き込もうとすることと、フランツのスワニルダへの恋が本物かどうか、という展開が描かれるている。
村人たちはおおらかにマズルカを踊り、フランツの愛に迷っているスワニルダに村長が麦の穂の占いで確かめたら、と提案。スワニルダの友人たちの踊り、ジプシーたちも加わってフランツにちょっかいを出す。村人たちのチャールダッシュ、フランツも伸び伸びと踊る。
1幕の終わりにスワニルダと友人たちは、お祭りの準備に取り掛かるのだが、時折、小爆発を起こし閃光を発するコッペリウスの謎の館に、好奇心を抑えきれなくなって集団で忍び込む。一方フランツは、挨拶を返してくれた窓辺の美少女への関心を堪えられなくなり、梯子を使ってコッペリウスの館に潜入。若者たちがこんな大胆に行動するのは、やはり、お祭りの前夜という何やらじっとしていられないような心が沸き立つ時だったからなのか。こうした流れを、終わってから考えるとそうだったのか、と感じられるくらいさりげなく自然に繰り広げていくところが、ピーター・ライト演出の真骨頂だ。

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© HASEGAWA Photo Pro.

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鴻巣明史(コッペリウス) © HASEGAWA Photo Pro.

スワニルダを踊った塩谷綾菜は若々しくすっきりとしていてとても可愛い。拗ねて一生懸命自分の気持ちを伝えようとするが、なかなかうまく伝わらない。麦の穂の占いでもどうしても麦の穂が鳴らないので思わず焦れてしまうところなど、そのままの気持ちが率直に客席に伝わってきた。フランツは林田翔平はしっかりした踊り。かなりモテモテだったけど嫌味なく演じて爽やかだった。
2幕では、スワニルダとコッペリウスの鴻巣明史の掛け合いがかなり複雑に続き、ちょっとだけずれたところもあったけれど、二人の気持ちは良く伝わってきて十分に楽しめた。しかし、結局コッペリウスは、人形を壊されてしまい、スワニルダとフランツには逃げられてしまった。

3幕では鐘の贈呈式が始まる。コッペリウスは壊れた人形をそのまま持ち込んで、スワニルダに弁償を迫る。スワニルダはしぶしぶ婚約のお祝い金を渡す。すると見かねた村長がコッペリウスに弁償金を渡す。コッペリウスはスワニルダにお金を返す、スワニルダはお礼のキッス・・・。今日ではまったく失われてしまったような素朴で、思わず微笑ましくなる心温まるやりとりがあった。
お祝いの式と村人たちが楽しく踊った舞踏会も終わり、皆が立ち去ったあと、コッペリウスは虚しく壊れた人形ともらったお金を見比べて、大きく嘆息。すると、誰も想像していなかったとびきり素敵な奇跡が起こった・・・・。まるでピーター・ライトの人柄がそのまま現れたような見事な結末だった。
(2021年6月13日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

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塩谷綾菜、林田翔平 © HASEGAWA Photo Pro.

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塩谷綾菜、林田翔平 © HASEGAWA Photo Pro.

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