楽しくなつかしい、リアルな夢の手触り 山田うん振付『オバケッタ』

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

新国立劇場 ダンス

『オバケッタ』山田うん:振付・演出

振付家として国内外で活躍する山田うん振付『オバケッタ』は、子どもも大人も楽しめるダンス作品としてラインナップされた新作だ。観劇は7月3日(土)の午後。小劇場は、就学前の子どもから年配者まで、様々な世代の観客でほぼ満席となっていた。

「怖い話」と「図鑑」が好きな子は多い。「へんないきもの」とか「危険生物」の図鑑を「うわー、へんだ!」とか「怖い!」とかいいながら大喜びで見ていたりする。
この作品の主人公「ゆめた」の部屋には「オバケッタ」という絵本があるが、これはどうやら「オバケッタ」の住人たちについて書いた図鑑みたいな本らしい。「オバケッタ」は、この世とあの世の間にあるオバケの国である。

ザ・キャビンカンパニーによるゆめたの部屋のセットは、トイレや電気スタンドなど現実的なものも描きつつ、それ自体が絵本的だ。「ひとりで ねるのは なんだか こわい」で始まる短い詩が書かれ、深海魚リュウグウノツカイに似た巨大な魚が、部屋のはるか上に顔をのぞかせている。

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撮影:長谷川清徳

そこに、オバケたちが出てくる。

大人でも、「なんだかこわく」なることはある。目の端をふっと何かが通り過ぎたり、ベッドサイドに何かが出没する気配がしたり。意表をつかれ、無防備になる感じが怖い。オバケ役のダンサーたちは各々、そういう質感で現れる。現実という枠からあふれでるようにぞろっと。オバケになりきろうとかおどかしてやろうといった意図が毛の筋ほども見えたら、この質感は消えてなくなる。してみると、一流のダンサーたちは皆、あまり苦労せずにオバケになれるのだろうか。

オバケたちの気配がいやが上にも高まったところで、ゆめた(西山友貴)が目を覚ます。怖さと好奇心が末端神経までびりびりと張りつめて、まるで全身の毛を逆立てた子猫のようだ。ゆめたがほぼ指先だけの高速つま先立ちステップで部屋を見回っていると、唐突にざしきわらし(山口将太朗)が現れる。このわらしは歌もダンスもHIPHOP調、切れ味するどいが人なつっこい踊り。こんな妖怪、うちにも出てほしいと思った子は多そうだ。
続いて登場するトイレの花子さん(飯森沙百合)は、ひとりぼっちの美少女。時折白目がちになる表情が少しだけ怖い。音楽はボサノヴァ調で「こわくないよ くさくないよ」という歌詞が切なかった。

このように、それぞれのオバケにキャラクター紹介的なテーマソング(作詞・山田うん、作曲・ヲノサトル)がついており、その多くをダンサー自身が歌っていた(歌を録音した音源を使用)。黄色い雨ガッパを着たカッパ(黒田勇)、ロックに乗って踊る壁男(望月寛斗)と電気男(吉﨑裕哉)、ポンポン飾りつきのチュチュをまとったホコリの妖精クモマニヨン(山崎眞結、山根海音、田中朝子)。透明人間(長谷川暢)のテーマ曲はさだまさしが歌いそうな切々としたフォーク調、インドにあこがれるメデューサ(仁田晶凱)の踊りはインドのムービーダンス風と、どのダンスもしゃれていて楽しい。

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撮影:長谷川清徳

やがて、ゆめたたちを見下ろしていた巨大な魚がゆらゆらと動きだし、ワルツ調の「オバケッタのテーマ」とともに部屋に入ってくる。魚とオバケたちはメリーゴーランドのようにゆめたを巻き込んでぐるぐると回り、この世の外へと連れていく。魚はリュウグウノツカイならぬ夢からの使いであり、あの世とこの世の間にある「オバケッタ」そのものなのだろう。

休憩をはさんだ第2部の舞台は、天上のような抽象的な場所。オバケたちの中に、いつの間にかゆめたのおばあちゃん(川合ロン)が混ざっている。この「いつの間にか」感が非常にリアルだ。

夢で故人と会うというのは、誰もが体験することだと思う。夢の中ではまったく不思議だと思わない。ゆめたはオバケたちと楽しく踊り、踊りの輪の中で徐々におばあちゃんに近づき、抱きしめる。久しぶりだな、会えて嬉しいな......そんな感情の後、たいていはこんな疑念がやってくる。「でも、おばあちゃんは死んだはずだ」。
ユニゾンだった動きがずれ始める。一瞬、オバケたちとおばあちゃんが倒れて動かなくなる。目覚めが近い。ゆめたはオバケたちと再び踊り出すが、彼らは踊りながら徐々に去ってゆく。夜明けの光の中に取り残され、ひとり立ち尽くすゆめた=西山の凛とした表情が忘れられない。
舞台は絵本のページをめくるようにゆめたの部屋へと戻り、グランドフィナーレではオバケッタのテーマとともに全キャラクターが登場。子どもからも大人からも、名残を惜しむようなあたたかな拍手が贈られた。

子どもがある時期、怖いものや死に強い関心を示すのは、大人になるための通り道だと聞く。『オバケッタ』は、子どもはもちろん、あの世に知り合いが多くなり始めた私のような世代の大人にも、深く響く作品だった。2021年10月13日に長野県の松本市民芸術館 実験劇場で再演予定だが、ぜひ全国で再演してほしい。
(2021年7月3日 新国立劇場 小劇場)

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撮影:長谷川清徳

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