世界大戦の渦中に散ったマタ・ハリの愛と死を現実の出来事を巧みに織り込んで描いたミュージカル
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ワールドレポート/東京
関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
ミュージカル『マタ・ハリ』
フランク・ワイルドホーン:作曲、石丸さち子:訳詞・翻訳・演出
梅田芸術劇場制作のミュージカル『マタ・ハリ』を観た。この舞台は、フランク・ワイルドホーン作曲、アイヴァン・メンチェル脚本、ジャック・マーフィー作詞により2016年に初演された。日本語版は、石丸さち子の訳詞・翻訳・演出により2018年に初演され、今回はその再演となる。
マタ・ハリ役は初演に続く柚希礼音、そして愛希れいかとダブルキャストが組まれていた。マタ・ハリのスパイ事件に深く関わるフランス軍事諜報局のラドゥー大佐に田代万里生(加藤和樹とW)、マタ・ハリの恋人アルマンには東啓介(三浦涼介とW)が扮し、ドイツ軍の高等将校ヴォン・ビッシングはKバレエカンパニーのプリンシパルで俳優の宮尾俊太郎が演じている。
マタ・ハリ:柚希礼音 撮影:岡千里
ラドゥー:田代万里生 撮影:岡千里
アルマン:東啓介 撮影:岡千里
マタ・ハリは20世紀初頭にヒンズーのダンサーとして、ヨーロッパで人気を博した。当時はイザドラ・ダンカン、ロイ・フラー、少し前にはルース・セント・デニース、日本人の貞奴などもヨーロッパの劇場でパフォーマンスを行い成功を収めていたし、ディアギレフ率いるバレエ・リュスもまた、パリを中心にヨーロッパを席巻していた。
マタ・ハリについては多くの書籍などが出版されているが、不明な点も多い。1876年オランダで生まれ、本名はマルガレータ・へルートロイダ・ツェレ。マタ・ハリとはマレー語で太陽を意味するそうだ。一時期ジャワ(インドネシア)で過ごしていたことがあり、シバ神に仕えるヒンズーの踊り子の踊りで人気を博しミラノ・スカラ座にも出演している。ヨーロッパではかねてから、シノワズリーやジャポニズムがブームとなったように、異界としての東洋(広くロシア、アラブ、中国、日本)への憧憬があり、エキゾティックな舞台がもてはやされていた。バレエ・リュスもまた『プロヴィッツアン・ダンス』や『シェヘラザード』などが大きな成功を収めている。因みにマタ・ハリはバレエ・リュスへの出演を熱望しており、しばしばディアギレフに手紙を送って売り込んでいた。
当時は初めての世界大戦が勃発、三国同盟と三国協商が対立し激しい戦争が多くの国々に及んでいた。中でもフランス軍はドイツ軍に負け続け、終わりの見えない戦いに厭戦感が蔓延って、庶民生活も困窮しており大きな不満が鬱積していた。しかしマタ・ハリは、ヨーロッパを股にかけて様々の劇場で踊り、各国の軍の幹部たちに贔屓も多く、厳しい国境線を越えて活動することができた。一方、近代戦争は情報の重要性が飛躍的に高まり、スパイの暗躍が際立ち特に女スパイや二重スパイなどが注目を集めた。スパイの告発も盛んに行われていたという。
ラドゥー:田代万里生、マタ・ハリ:愛希れいか
撮影:岡千里
ラドゥー:加藤和樹 撮影:岡千里
舞台は全盛期のマタ・ハリの楽屋に、フランス軍事諜報局のラドゥー大佐が訪れるシーンから始まる。生い立ちの秘密を隠してダンサーのイメージを作ってきたマタ・ハリは、戦局の転換のために功を焦るラドゥーに弱味を捕まれ、無理矢理フランスのスパイを引き受けさせられる。華やかなステージや高級将校たちとのパーティに明け暮れるマタ・ハリには、恋人アルマンと過ごす一時が唯一の救いだった。しかし、国際戦争の複雑な状況の中、マタ・ハリは最愛の人アルマンとラドゥーの秘密に気づいて動揺する・・・。
マタ・ハリの踊りは、劇中では"寺院の踊り"として踊られる。多彩な色彩とゆったりとした衣裳を生かしたおおらかな踊りで、豊かなイメージがあり魅力的だ(振付/加賀谷香)。柚希礼音は、一度は深く傷つくマタ・ハリの愛と錯綜する状況に翻弄され、いわれなく散っていく人生を堂々と演じ歌い踊った。
舞台には高い塔が組まれていて、マタ・ハリとアルマンが最初の出逢いののちに遠くの空を見つめながら、戦争が終わったら・・と語り合うロマンティックなシーンが描かれる。そしてこの塔は終始舞台に設置されていて、マタ・ハリの人生の希望が次第に失望へと変化していくことを観客に感じさせる作用があった。第2幕では白い大きな布を使って、人々の厭戦感がマタ・ハリのスパイ疑惑を増幅させていくシーンや、ひび割れた大きな鏡面を背景に置き、マタ・ハリの破滅を暗示するなどダイナミックな演出が行われた。
またラドゥー大佐に扮した田代万里生は、極限的な状況に置かれたアンヴィヴァレントな心の苦悩をうまく表していた。アルマンを演じた東啓介は、愛する気持ちの持って行き場を失って絶望し、マタ・ハリと語り合ったあの空へと出撃していくアナーキーな気分を表現してみせた。
ミュージカル『マタ・ハリ』は、こうした第一次大戦下の錯綜した状況を背景に、マタ・ハリがスパイとして処刑されるまでを、現実の事件で起こった出来事を巧みに物語に織り込んで展開している。そして観客は、あたかも世界大戦渦中の一人の美しい女性のドラマティックな現実に立ち会っていることを、強く実感させられる。ダンサーは多くの観客と交流することにより、このような形で世界と向き合うこともあり得るのである。
付け加えれば、オランダ国立バレエ団はテッド・ブランセン振付によるバレエ『マタ・ハリ』を2016年にアムステルダムで初演している。
(2021年6月17日、東京建物Brillia HALL)
アルマン:三浦涼介
撮影:岡千里
ヴォン・ビッシング:宮尾俊太郎
撮影:岡千里
マタ・ハリ:柚希礼音
撮影:岡千里
マタ・ハリ:柚希礼音、ラドゥー:加藤和樹
撮影:岡千里
アンナ:春風ひとみ、マタ・ハリ:愛希れいか
撮影:岡千里
ミュージカル『マタ・ハリ』
<東京公演>
東京建物Brillia HALL
2021年6月15日(火)〜27日(日)
<愛知公演>
刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
2021年7月10日(土)〜7月11日(日)
<大阪公演>
梅田芸術劇場メインホール
2021年7月16日(金)〜20日(火)
公演詳細
https://www.umegei.com/matahari2021/
6月26日(土)・27日(日)にライブ配信決定!
【配信日程】
(1)6/26(土) 17:00公演
(2)6/27(日) 12:00公演
https://www.umegei.com/matahari2021/special.html#tab_special2
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