イスラエル・ガルバン『春の祭典』が間もなく開幕、記者会見レポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

「フラメンコ界のニジンスキー」の異名をもつイスラエル・ガルバンによる『春の祭典』が、6月18日に神奈川県術劇場で開幕する。
『春の祭典』といえば、身体も脳天もガツガツと揺さぶられるような野性的なリズムをもつ、ストラヴィンスキーの難曲である。ガルバン版『春の祭典』はガルバン自身が足を踏み鳴らし、身体を叩き、自らが打楽器と化しつつ、二台のピアノと火花を散らして踊るという。開幕を3日後に控えた6月15日、横浜のDance Base Yokohamaで記者会見が行われた。

イスラエル・ガルバンは、家族全員がフラメンコダンサーという一家に生まれ、若くして伝統的なフラメンコ界の頂点に上り詰めた踊り手だ。早くから自身の創作を始め、歌・ギター・踊りというフラメンコの三大要素を一人で演じる『SOLO』、AIとのコラボレーション『Israel & イスラエル』など、フラメンコの形式を打ち破る作品を次々と発表してきた。その革新性ゆえに、いつからか「フラメンコ界のニジンスキー」という呼び名が生まれた。
ニジンスキーが振付けた1913年初演のオリジナル版『春の祭典』が、一大センセーションを巻き起こしたことは有名だ。聞きなれない不協和音に満ちた音楽、バレエの定石を完全に覆した内股のポーズ、屈曲した身体......パリのシャンゼリゼ劇場はヤジと賛辞の両方で大混乱に陥り、肝心の音楽が聴こえないほどだったと伝えられる。その後も、モーリス・ベジャール、ピナ・バウシュをはじめ、数多くの振付家がこの曲に魅了され、名作を生みだした。
統括プロデューサーを務める唐津絵理は、2019年11月、ガルバンが『春の祭典』を上演すると聞き、「これはきっと事件になる、1913年のように」と感じて初演の地・スイス・ローザンヌへ向かったという。
「『春の祭典』は振付家の試金石ともいえる作品です。私はガルバン版『春の祭典』の初演を見て、これまでのどんな振付家とも異なる音楽とダンスの融合に、大きな衝撃を受けました」と唐津。ところが、世界を覆ったコロナ禍のため、ガルバン版『春の祭典』は、本国スペインでもまだ上演されていない「幻の作品」となってしまった。

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© Naoshi Hatori

日本でもここ1年半の間、舞台芸術活動が難しくなり、海外招聘公演はほぼすべてが中止となった。「我々舞台人は思考停止の中で新たな挑戦をあきらめてはいないかと、自分自身に問いかける日々でした」と唐津は振り返る。特別措置による海外招聘公演に向けて動き出したのは、コロナ収束が見えない約1年前のことだ。
「『春の祭典』はもともと、春の訪れを願う人々が処女をいけにえに捧げ、祈り、踊るというロシアの民話から発想されています。このような祭礼や儀式は、音楽やダンスの起源そのものともいわれています。人間がコロナという目に見えないウイルスに脅かされている今こそ、太古から行われてきたそのような儀式を、劇場の中に再現したい。そのために本作を選びました。」(唐津)。
ガルバンの招聘に当たっては、数々のチャレンジが必要だった。初演時、共に作品づくりをしたアメリカ在住の音楽家シルヴィ・クルボアジェらは来日がかなわなくなったが、代わりに若手気鋭の日本人ピアニスト、片山柊と増田達斗とのコラボレーションが実現した。先の見えない状況下で今回の公演が可能になったのは、14日間待機をしてまでも来日公演を選んでくれたガルバンの強い思いと、日本の制作スタッフとガルバンのカンパニー側が共に出し合った無数のアイデアがあってこそだった。

そしてガルバンは次のように語った。
「こんな状況で舞台に立てるのだろうかという不安はありました。しかし、だからこそこの状況を一足飛びに飛び越える大きなステップが必要なのではないかと思いました。ヨーロッパでの公演の話もありましたが、皆さまの尽力に応えるためにも、あえて日本で踊ることを選択しました。日本は私にとって第二の故郷のような国です。15歳の頃、父と初来日したときの思い出は、スーパーマリオブラザーズのゲームと、マクドナルドで初めて食べたビッグマックでした。その後何度も日本を訪れています。大野一雄を生んだ舞踏の故郷でもあり、日本の方々はフラメンコへの深い共感を持ってくださる。芸術への造詣の深い皆さんの前で踊るのはとても心地よいことなのです」。

また、『春の祭典』という作品が生まれた経緯については次のように語った。
「若い頃、自分なりのスタイルを模索していた時に、ニジンスキーの写真を見てハッとしたのです。彼の影響で、私の踊りのスタイルは変わりました。長く踊っているうちに、ニジンスキーの自由さを徐々に身につけられたと思います。『春の祭典』のリズムには、フラメンコとの共通点があります。自らパーカッションの一つとなってリズムを刻むことと、踊ること。その二つが同時にできるのではないか。二台のピアノと親密に関わり合いながら、ストラヴィンスキーの音楽とフラメンコの出会いの場をつくりたいと考えました」。

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イスラエル・ガルバン © Naoshi Hatori

ピアニストの増田逹斗、片山柊は共に20歳代の俊英。会見前日にガルバンと初めてのリハーサルを行った。「今回のヴァージョンは、名付けてポストコロナ版『春の祭典』です。この曲がきっかけで二人と出会い、家族になれた。そういう気分です。ストラヴィンスキーの音楽を通して同じ気持ちになれる。昨日知り合ったばかりですが、ずっと友だちだったような気がしています」とガルバン。
増田は「『春の祭典』は、大学時代にどはまりした経験がありまして。『何なんだこの曲は』と100年前と同じような興奮を感じて、スコアも買ってかじりついた記憶が鮮明に残っています。それを自分が、しかもダンスと一緒にできるってことで、もうワクワクがどんどん高まっています。この気持ちを5つのステージすべてでかみしめながら、楽しみつつ、全力を尽くします」と語った。
片山は「オファーをいただいて驚きました」と話す。「『春の祭典』は僕も非常に感銘を受けていた作品で、ピアノでいつか取り組んでみたかった。ましてや世界的ダンサーのガルバンさんとご一緒できるということがすごく光栄です。さっきガルバンさんがおっしゃった『こんな状況だからこそより大きな一歩を踏みたい』という言葉に、僕は大きく共感しまして。僕にとってもこの舞台が大きなステップになると感じています」。

初演では、クルボアジェによるオリジナル楽曲が使用されていたが、今回のコラボレーションにあたり、ガルバンはぜひ日本の曲を使いたいと提案した。ピアニストたちに『春の祭典』からイメージする楽曲を提案してもらい、3人で一緒に選んだのが、増田自身が書いた『ピアノのためのバラード』と武満徹の『ピアノ・ディスタンス』だという。
「『バラード』を書いた当時、『春の祭典』そのものが頭にあったわけではないんですけれど、『春の祭典』がもつような莫大なエネルギー、人間の本性むきだしのような、有無を言わさぬ音楽の圧倒的な力を込めたつもりなんですね。ダンスとコラボするということは当時まったく想定していなかったことなので、イスラエルさんのダンスの熱量と出会うことで、作品がどのような見え方、聴こえ方になるのかがとても楽しみです」と増田は興奮を隠さない。
『ピアノ・ディスタンス』を提案した片山は、「僕は選曲するときに、音楽史的なつながりを考えることが多くて。ストラヴィンスキーにゆかりのある日本の作曲家を考えた時に武満徹の存在が出てきました」と語る。武満は、27歳で書いた『弦楽のためのレクイエム』をストラヴィンスキーに評価され、それが世界的な活躍のきっかけになったといわれている。「『ピアノ・ディスタンス』は武満が30歳頃の作品ですが、若さのエネルギーや実験の要素など、『春の祭典』との共通項を見出して選びました」。

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イスラエル・ガルバン © Naoshi Hatori

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増田達斗 © Naoshi Hatori

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片山柊 © Naoshi Hatori

パーカッションとダンスの役割を兼ねるガルバンとピアニストたちにより、今まさに新しい『春の祭典』がつくられているわけだが、果たしてリハーサルの手ごたえはどんな感じなのだろうか?
「ピアノも打楽器だと言われますが、イスラエルさんのダンスは本当に打楽器的。ピアノだけでは決して出せないエネルギーや躍動感、リズムをひしひしと感じます。しかも床からじかにダンダン!! と伝わってくるので、僕も弾いててどんどんテンションが上がっていきます」(増田)。
「ガルバンさんのダンスも音楽というか、ガルバンさんが踊り、鳴らすことでさらに迫力の増した音楽になる。違う分野のものが高い次元で合わさっていく。そういう表現になるんじゃないかなと思っています」(片山)。
「私はリズムを通して、ストラヴィンスキーの音楽と対話を交わすように踊っています。『春の祭典』を通して、日本の伝統文化を背景にもつお二人と、フラメンコとが出会うのです。今回の『春の祭典』は、まったくほかにない、唯一の作品になるでしょう。床から地震のように伝わる踊りのリズムを感じながら弾いていただける、共にフラメンコを体験できることは素晴らしい」(ガルバン)。
『春の祭典』の音楽とフラメンコの共通点について問われると、ガルバンは次のように述べた。
「『春の祭典』はまさしく儀式、魔術的な感じのする曲です。音楽とひとつになることで、自分が何らかの変容を遂げる。フラメンコを踊る時と同じような感情が湧いてきます。フラメンコを踊っていると、最終的に自分が変容したと感じる瞬間があるのです」。

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© Naoshi Hatori

報道陣からは、ガルバンに対しさらに質問が寄せられた。コロナ禍により、舞台芸術は「不要不急」のものとされてしまいがちになった。そんな中、踊ること、生の舞台でパフォーマンスをすることの意義とは何だろうか?
「お客様の前で踊れなくなった時は、ふたごの片割れを失ったような喪失感を味わいました。一人でリハーサルをすることもありますが、お客様の前で踊ることは、私にとっては大切な儀式のようなものなのです。今回の公演によって、長い間会えなかった家族とやっと再会できるような気持ちです。
舞台で踊っている時は、『今、コロナウイルスは入ってこられない』と感じます。実際はPCR検査をしたりしなければいけないわけですけれど、舞台を踏むと世界が変わるのです。蔓延防止のための様々な措置は致し方ないことです。しかし、芸術も生きるために必要なワクチンだと思います。私としては、今こそ芸術というワクチンが必要なんだと伝えたい」

予定時間を越え、話は尽きぬままに会見はおひらきとなった。登壇者たちの言葉から、リハーサルの熱気や密度がまざまざと伝わってきた。来日のスケジュールが見えない中、公演実現に向けて数多くのスタッフが動いた。14日という長い待機期間の間、体力維持に役立てられるよう、ホテルの客室にエアロバイクを設置したり、近所のスーパーの全商品を写真付きでデータベース化し、注文できる体制を整えるなど、きめ細かな配慮がなされたという。

気鋭の日本人ピアニストたちとの出会いの中で、今まさにガルバンの新しい『春の祭典』が生まれようとしている。身体に眠っている何かを呼び覚ますような鮮烈なリズムを、ぜひ劇場で体験したい。

イスラエル・ガルバン『春の祭典』

https://danceconcert.jp/

神奈川公演 KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉
6月18日(金) 18:30開演
6月19日(土) 14:00開演
6月20日(日) 14:00開演

愛知公演 愛知県芸術劇場 コンサートホール
6月23日(水) 18:30開演
6月24日(木) 14:00開演

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