Kバレエカンパニー『ドン・キホーテ』ゲネプロレポート

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

バレエ『ドン・キホーテ』といえば、「お話としてはたわいないけれど、ダンサーの華麗な技を楽しんでスカッとできる演目」、そんなイメージがあると思う。観終わって感じたのはまったくその通りだけれどそれだけじゃない、ということだ。華麗すぎるくらい華麗で、スカッとしたのは間違いない。加えて「美しいものを観たなあ」という、小さな痛みのような感覚が残った。

公開ゲネプロは開幕前夜、5月18日に東京・オーチャードホールで行われた。客席は関係者と報道陣のみだが、舞台上ではすべてが本番通り進む。スタッフが行きかい、幕間には熊川哲也芸術監督が自ら踊りつつ振りのニュアンスについて指示していたりして、独特の緊張感が漂う。

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© Hidemi Seto(すべて)

舞台はバルセロナの街。熊川監督自身が手掛けた舞台美術・衣裳は、他ヴァージョンに比べ、あえて色数を抑えている。色彩の少ない、重厚な石造りの街。その上に広がる空だけがどこまでも青い。モノトーンを多用した衣裳の中で、闘牛士たちのマントや靴下に使われたピンクや黄色が鮮烈にひらめく。1幕のキトリの衣裳も「真っ赤」ではなく、ちょっと渋めの紅色で、チェック柄を取り入れた、カジュアルでかわいらしいデザインだ。

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この日のキトリは、今回がKバレエデビューとなる飯島望未。この衣裳がとても似合う。やたらと見得を切ったりせず、ごく自然に登場。勝ち気で表情がくるくるとよく動く、魅力的な、でもどこにでもいそうな「普通の女の子」のイメージだ。しかし、普通であって普通ではない。力みゼロのクリアな動きから、ドン・キホーテが理想の姫君ドゥルシネアだと思いこむほど、ピュアで品格ある少女だということが伝わってくる。踊るほど存在感が光り、輪郭が浮き上がってみえる。
バジル(山本雅也)も、理髪師という仕事をもった普通の青年で、女性にモテる、ちょっと軽い男だ。でも全然普通じゃない。その軽い雰囲気のままふわーっとジャンプに入り、空中で余裕たっぷりにポーズを決めた後、床に吸い付くようにピタッ......と止まる。片手を腰にあてたポーズで回転した後、すいっと足を5番ポジションに収める、その収め方までが粋だ。先日のインタビューで、山本は「楽しめるようになるためにリハーサルがある」と語っていたが、ここまで余裕を見せるには、どれほど厳しいリハーサルが必要だったのだろうか。

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キトリ&バジルの踊りは1・3幕に偏りがちだが、熊川版は2幕にも数多くの見せ場をちりばめている。たとえば2幕冒頭、駆け落ちしてきてやっと二人きりになれたキトリ&バジルのパ・ド・ドゥ。みんなの前では恋の鞘当てを演じている二人だが、このシーンでは互いを思いあう情感がしっとりと伝わってくる。
ドン・キホーテの観る幻影「夢の場」では、風車のシルエットを背景に満点の星が輝き、白にシャンパンゴールドやシルバーをあしらった森の精たちの衣裳が映える。可憐で優美なドゥルシネア(飯島)のヴァリエーション、キューピッド(萱野望美)の軽く滑らかな踊りが印象的。また、端正で気品ある森の女王と、グラマラスな街の踊り子・メルセデスの二役を、戸田梨紗子が一人で踊っていたと後で知り、まさに別人のようでびっくりした。

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また、酒場の場面には、今回新しくプラスされたという「エスパーダVSバジル」のシーンが面白かった。エスパーダ(杉野慧)が、ときおり髪をなでつけつつ、やりすぎなくらいキザでスケールの大きいダンスを披露すると、少し酔っぱらったバジルが、キトリにたきつけられてダンス対決を挑むのだ。山本はふらつきつつ、杉野と同じように髪をなでつけ、のびやかにアクロバティックなジャンプを決める。山本バジル、吞んでいても頼りになる。このほか、ドン・キホーテ(ニコライ・ヴィユウジャーニン)と金持ち貴族ガマーシュ(ビャンバ・バットボルト)のチャンバラ、キホーテの従者サンチョ・パンサ(酒匂麗)の胴上げダンスなど、どのキャラクター、どの群舞にも見せ場があり、息もつかせない。

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それにしても、見どころ満載の熊川版『ドン・キホーテ』は、ダンサーにとってはかなり過酷に違いない。キトリ&バジルにとっては特にそうだ。1幕、2幕を駆け抜けると、3幕にはあのスリリングなグラン・パ・ド・ドゥが待っているのだから。3幕は、駆け落ちや狂言自殺といったドタバタの後、やっと迎えた結婚式の場面だ。姫でも王子でもない、どこにでもいそうなカップルが迎えた、人生の特別なひとこまである。飯島がまとう張り詰めた空気と「何があっても支える」という山本の気概が伝わってくる気がした。ヴァリエーションとコーダを踊り切り、最後に抱き合った二人。
誰にでも「今」しかない、忘れられない瞬間というのはあると思う。『ドン・キホーテ』はそういう瞬間のきらめきを描いたバレエかもしれない。

最後に特筆したいのは音楽のことだ。井田勝大指揮によるシアターオーケストラトーキョーは、見せ場ではさらに興奮をあおるようにスピードアップし、ロマンティックなシーンではしっとりと鳴らす。ダンサーたちは、時にタンバリンで床をひっぱたき、時には全員で指を鳴らしながら踊りまくる。音楽とダンスは完全にひとつだ。全身で音楽を感じつつ、心の中では一緒に踊りながら観たくなる。
(公演は5月23日(日)まで。ライブ配信は5月29日(土)20:00まで販売)

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© Hidemi Seto(すべて)

熊川哲也Kバレエカンパニー
『ドン・キホーテ』

2021年5月19日(水)〜5月23日(日)
Bunkamuraオーチャードホール
https://www.k-ballet.co.jp/contents/2021donquixote

オンラインライブ配信が決定!
■配信日時:2021年5月23日(日)13:00
キトリ:飯島 望未
バジル:山本 雅也
エスパーダ:杉野 慧 ほか、K バレエ カンパニー
■ライブ配信視聴チケット:3,800円 税込・手数料別
■チケット購入先
Streaming +:https://eplus.jp/kballetdonquixote-st/
※販売期間 5月12日(水)12:00〜5月29日(土)20:00

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