Kバレエカンパニー プリンシパル 山本雅也『ドン・キホーテ』開幕直前インタビュー

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

5月19日、Kバレエカンパニー『ドン・キホーテ』が、東京のBunkamuraオーチャードホールで開幕する。開幕を約2週間後に控えた5月6日、バジル役を務める若きプリンシパル・山本雅也に、熊川版『ドン・キホーテ』の見どころや今回Kバレエデビューを果たす飯島望未とのリハーサルの様子、これまでの歩みについてうかがった。

ダンサー:熊川哲也を初めて意識したのが『ドン・キホーテ』でした

――Kバレエカンパニーでバジルを演じるのは二度目とのことですが、山本さんにとってバジル役とはどんな役でしょうか。

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山本 『ドン・キホーテ』はとても楽しく、ハッピーな演目です。キャラクター一人ひとりが立っていてコメディ要素満載、中でもバジルは明るい性格で、演じていても楽しいのですが、踊りに関しては本当にハードなんです。そのギャップがすごいなといつも思います。

――キャラクター的には、どちらかというと軽い人というか。

山本 ええ、確実に軽いキャラクターですよ(笑)。

――軽くてカッコいい伊達男が、そのキャラクターのままで超絶技巧を見せてくれる。観客としてはそこが楽しいのですが、踊る側としてはいかがですか。

山本 激しく踊るパートになるとコメディどころではなくなります。内心では「切り替える」感じかもしれないです。

――2018年、最初にバジルを踊ったときは、その切り替えはご自分としてうまくできた感じだったのでしょうか。

山本 Kバレエにとって、『ドン・キホーテ』はスペシャルな演目です。そのクオリティを落とさずに踊らなくてはというプレッシャーが大きくて、楽しむ余裕はなかったですね。切り替えはうまくできていたかなと思いますが、踊りより演技部分のほうが記憶は残ってます。

――踊りに関してはあまり記憶がないですか。

山本 もう必死だったことばかりを記憶してますね。

――やはり熊川さんのイメージは鮮烈ですよね。

山本 Kバレエの『ドン・キホーテ』といえば、「熊川哲也の神がかった踊り」があってこそなので。他の演目なら、自分なりの演じ方や踊りでいいと思えるのですが、『ドン・キホーテ』に限っては「熊川ディレクターが正解」という思いが強かった。ふだんはあまりディレクターの映像を意識しないのですが、前回はたくさん見ましたね。ダンサーとしてのディレクターを意識したのは、『ドン・キホーテ』が初めてでした。

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2018年『ドン・キホーテ』© Shunki Ogawa

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2018年『ドン・キホーテ』© Hidemi Seto

――失礼ですが、山本さんと熊川さん、踊り方のタイプは似ていないような......。

山本 違いますね。それはよく言われます(笑)。

――ダンサー・熊川さんを意識するというのは、ものすごくプレッシャーがかかりそうです。

山本 僕がディレクターになれるわけはないので、そこは苦しむところでしたが、「こんなバジルを踊りたい」という気持ちはすごくあって。あえて自分にプレッシャーをかけていましたね。それもある意味、良かったかなと思っています。

飯島さんはストレートな感情表現が魅力的。彼女のKバレエデビューをしっかり支えたい

――今回は、プリンシパルになられて最初の『ドン・キホーテ』ということになりますが、踊ってみて前回と違った点はありますか。

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『ドン・キホーテ』© Toru Hiraiwa

山本 3年間の間に舞台の経験値も増え、自分の持ち味や見せ方もわかってきたので、迷いはありません。前回と同様、「Kバレエの『ドン・キホーテ』はディレクターが正解」という気持ちは変わらず自分の中にあるので、そこを目指しつつ。でも、あまり自分にプレッシャーを与えすぎても固まってしまいますので、のびのびと踊れるように、これからリハーサルを詰めていきたいです。

――パートナーの飯島望未さんは、今回がKバレエデビューとなりますね。

山本 これまではSNS上の彼女しか見ていなかったので、一緒にリハーサルをしてみると気づきがたくさんあって新鮮です。テクニックやラインの美しさはもちろん、感情表現が豊かで、気持ちがストレートにぶつかってくる感じなので、僕も自然と気持ちが引き出される。そこが魅力的だなと思います。二人で組むパートがたくさんあって、まだ要練習なのですが、息を合わせていかないと。彼女のKバレエデビューのパートナーとして、しっかり務めなければと思っています。

――とても楽しみです。山本さんから見て、Kバレエの『ドン・キホーテ』の見どころや特徴と言いますとどういうところでしょうか。

山本 『ドン・キホーテ』はダンサーにとってハードな演目ですが、Kバレエの『ドン・キホーテ』はその激しさが他のヴァージョンと比べてもけた違いで、ソリストも群舞も、余す所なく踊っています(笑)。その分、どのシーンも見どころ満載ですので、バレエを初めて観る方にも、きっと楽しんでいただけると思います。

英国ロイヤル・バレエ研修時代に感じたプロフェッショナルとのギャップ

――山本さんご自身のことも教えてください。バレエは4歳で始めたとうかがいましたが、きっかけはなんでしたか。

山本 バレエ教室が家の近くにあって、最初は兄が習い始めたのですが、僕はよく兄のまねをする弟だったので「兄ちゃんがやってるのを僕もやりたい」と言い出したようです。バレエを続けられたのは、ひとつにはほかの男の子がやっていない特別感があったからですね。

――自分のほかに男子がいないからと止めてしまう子も多いようですが、山本さんの場合は逆だったんですね。

山本 バレエって女の子がやるものじゃないかと言ってくる友達もいたのですが、いやいやいや、バレエはカッコいいんだよって言ってました。僕がきっかけでバレエを観に来てくれるようになった地元の友達もいるので、やっててよかったなと思います。

――プロのバレエダンサーになりたいと思ったのはいつ頃ですか。

山本 コンクールに出るようになった小学校5年生くらいでしょうか。「ああ、男の子もこんなにいるんだ」と。負けず嫌いなので「みんなよりうまくなりたい」と思い、そこから自然にバレエダンサーになりたいと思うようになりました。

――2013年にローザンヌ国際バレエコンクールで3位に入賞されます。映像で拝見したのですが、コントロールの効いた、のびのびとした踊りぶりで、すでにプロのようだと感じました。その時、熊川さんが審査員をされていたそうですね。

山本 表彰式で初めてお話ししました。「コンクール中もほんとはいろいろ伝えたかったけど、審査員だから言えなかったんだよね。お前、もっとアピールしろよ」と言われたのを覚えています。

――その後、英国ロイヤル・バレエに研修生として入団されますね。

山本 ロイヤルの超一流ダンサーたちがレッスンやリハーサルをしている映像は、インターネットで見ていたのですが、その彼らが目の前にいるっていうのが衝撃的でしたね。コールドの一員として一緒に舞台にも立ちましたが、あの頃は、自分もプロだという意識ではなくて。「バレエをやっていたら、こんなすごいところに来てしまった」みたいな感覚でした。

――1年間の研修を終えて帰国された後は、しばらくバレエから離れていたとうかがいましたが、なぜでしょうか。

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2021年『白鳥の湖』© Shunki Ogawa

山本 ロイヤルのダンサーたちのプロフェッショナルな仕事ぶりに圧倒されてしまって。好きなだけじゃやっていけないんだなと思いました。あの時は、自分にはバレエをする資格がないと思うくらい落ちていましたね。
思えば、日本ではレッスンとヴァリエーションの練習しかやってきていなかった。プロは朝にクラス、その後リハーサルをして夜本番という生活が当たり前です。ロイヤルのレパートリーは数が多いですから、日によって全然違う演目のリハーサルがあり、予習もしていかなくてはならない。当時の僕は予習のしかたもわからなかったんです。舞台に立ってしまえば、みんなバレエが好きで踊ることが楽しい、そこは同じだと感じられるのですが、プロとのギャップをいちばん感じたのがリハーサルでした。
バレエから距離を置いて半年ほど経った頃、兄のすすめでレッスンを再開したら、やはり楽しかったですね。その後、Kバレエのクラスレッスンに参加させていただく機会があり、それが入団につながりました。ローザンヌ以来、ディレクターにはずっと気にかけてもらっていたと思います。

――以前の山本さんのように、海外留学を目指す若いダンサーにアドバイスするとしたら「これだけはやっておくべき」ということは何でしょうか。

山本 ダンサーは一人ひとり違うので一概には言えませんが、学生時代の自分に言うなら「基礎レッスンをしっかりやって、英語を勉強しなさい」ですね(笑)。

――山本さんは、基礎はものすごくしっかりやられてきたのではないかと思いますが、それでもですか。

山本 プロダンサーは様々な作品を踊らなくてはなりませんが、それらのベースになっているのは基礎ですから、プロになっても基礎は終わりなく練習し続けなければなりません。僕は、真面目に取り組んできたとは思っていますが、若い頃から当たり前のように基礎がしみついていたら、今もっと楽なのかなと思いますね。

本番は「楽しむ」のがいちばん。そのためにリハーサルを重ねています

――Kバレエに入団されてから、熊川さんのアドバイスで印象に残っている言葉がありますか。

山本 「お前はお前でいいよ」と言われたことですね。2017年に初めて『海賊』のアリを踊った時のことです。
『ドン・キホーテ』とは違って、『海賊』に関しては、僕はディレクターにはなれないなと思ったんです。ディレクターのアリはディレクターがやるからカッコいいのであって、「僕がそれをマネしてもな」という思いがあり、自分なりの踊り方を探っている時でした。

――熊川さんはきっと、山本さんが模索している姿をよく見ていて、そうおっしゃったんでしょうね。

山本 ええ。そのタイミングで「お前のアリでいい」と言っていただいたおかげで、自信をもって演じることができました。Kバレエでディレクターの作品を踊る以上、ディレクターのような素晴らしいメンタルとフィジカルを手に入れたいと思っています。ここ数年でいろんな役をやらせてもらったおかげで引き出しが増えて、役柄を探求することに迷いがなくなりました。

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2020年『海賊』© Hidemi Seto

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2020年『海賊』© Hidemi Seto

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2020年『海賊』© Shunki Ogawa

――山本さんの踊りは、華麗でありつつ、自然でのびやかな印象を受けるのですが、本番直前で緊張やプレッシャーを感じた時、心がけていらっしゃることはありますか。

山本 「舞台上ではリハーサルでやってきたことしかできない」と思っています。自分に期待しすぎないというか、気負い過ぎないことは大切ですね。楽しむのがいちばんです。

――たとえば『ドン・キホーテ』には、少しでもタイミングが合わなければ成立しないような華麗な技がたくさんあって、見ているほうは本当に楽しいですけれども......。

山本 本番は生もので一発勝負ですから、リハーサルどおりできることもあればできないこともあります。リハーサルが100パーセントだとしたら、"本番で95パーセントできたら万々歳"という感覚ですね。

――リハーサルでよほど余裕のあるところまでもっていかないと、楽しむことはできないですよね。

山本 楽しめるようになるためにリハーサルをする、ということだと思います。

――ところで、オフの日は、どのように過ごされていますか。

山本 身体を休めるために、レッスンやトレーニングは一切しないです。ふだんよりたくさん寝て、映画を観たりバレエを観たり、ソファでゴロゴロしてますね(笑)。バレエを踊るのは仕事ですが、観るのは趣味ですので。映画館も好きです。新型コロナ禍の前は目的を決めずに映画館に行って、やっている映画をなんとなく観る、という休日もよくありました。観るのはアクション系やヒーローものが多いです。恋愛ものはあまり観ません。ヒューマンドラマ的なものはすごく好きで、「この俳優さんの演技すごいな」と思いながら見入ったりしています。純粋に楽しめるのはアクション系ですね。

――好きな俳優さんと言いますと。

山本 トム・ハンクスが好きです。先週久々に『フォレスト・ガンプ』を観ました。定番の名画ですが、何度観てもいいですね。

『ドン・キホーテ』で極上のハッピーを届けたい

――2020年は、新型コロナ禍で中止になった公演も多かったと思います。空いてしまった時間はどのように過ごされていましたか。

山本 コロナがこんなに長引くとは思っていませんでした。コロナがおさまったらいつでも舞台に立てるように、家でレッスンをしていましたね。やっと舞台が再開かと思うとまた中止になるということが何度もあって、僕もほかの団員のみんなも、イライラが募っていたと思います。でも、そのイライラを逆にモチベーションに変えていた部分もありましたね。「こんなにレッスンしてるんだから、中止になんてなるわけがないよな」という感じで。

――昨年10月、久々に『海賊』の舞台を拝見したときは、ダンサー、スタッフの方々のものすごいエネルギーを感じました。

山本「やっと踊れる!」という思いはすごくありましたね。お客様のエネルギーもすごかった。今また新型コロナ禍が深刻化してきてしまっていますが、とにかく早く収束してほしいと祈るばかりです。オンラインの環境が整ってたくさんのお客様に観ていただきやすくなったのは良いことですが、本心としてはやはり劇場で観ていただきたいので。

――本当ですね! 観客として心からそう思います。最後に、読者に向けて一言メッセージをお願いいたします。

山本 新型コロナ禍で大変な思いをしている方も多いかと思います。不安が募っている方もいるかもしれません。でも、そんな時こそぜひバレエを観ていただきたいです。特に『ドン・キホーテ』はすごくハッピーな作品です。極上の爽快感をお届けできるように僕らも頑張りますので、ぜひ一緒にハッピーになっていただけたら嬉しいです。

――本番、楽しみにしています! 本日はありがとうございました。

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2021年『白鳥の湖』© Hidemi Seto

熊川哲也Kバレエカンパニー
『ドン・キホーテ』

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2021年5月19日(水)〜5月23日(日)
Bunkamuraオーチャードホール
https://www.k-ballet.co.jp/contents/2021donquixote

オンラインライブ配信が決定!
■配信日時:2021年5月23日(日)13:00
キトリ:飯島 望未
バジル:山本 雅也
エスパーダ:杉野 慧 ほか、K バレエ カンパニー
■ライブ配信視聴チケット:3,800円 税込・手数料別
■チケット購入先
Streaming +:https://eplus.jp/kballetdonquixote-st/
※販売期間 5月12日(水)12:00〜5月29日(土)20:00

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