スターダンサーズ・バレエ団「Diversity」、フォーサイス、チューダー、バランシンの三つのステップを堪能することができた

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

スターダンサーズ・バレエ団「Diversity」

『ステップテクスト』ウィリアム・フォーサイス:振付・舞台装置・照明・衣裳、『火の柱』アントニー・チューダー:振付、『ウェスタン・シンフォニー』ジョージ・バランシン:振付

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「ステップテクスト」渡辺恭子、林田翔平

「Diversity」と題されたスターダンサーズ・バレエ団のトリプルビルは、当初、ジェローム・ロビンズ振付の『コンサート』をプログラムに加えていたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、指導者の招聘が困難となり、バランシン振付『ウェスタン・シンフォニー』に演目を変更せざるを得なくなった、という。未だ終息の気配を見せないパンデミックは、舞台芸術のさまざまの分野に計り知れない影響を与えている。
ウィリアム・フォーサイス振付の『ステップテクスト』は、後方に図形を描いたパテーションのみを置いたリハーサルスタジオを思わせる舞台で、赤いレオタードの女性ダンサー(渡辺恭子)と黒いレオタードの3人の男性ダンサー(池田武志、石川聖人、林田翔平)が踊る。バッハの「シャコンヌ」が断絶し、また断片が流れ、照明が突然、落ちて暗黒の舞台となったりする中、男女の踊りと男性2人の踊りが平行して続く。かと思えば、それもまたすぐ崩れて、ダンサーはそれぞれ出入りを繰り返し、音楽や照明も不規則に生起する。そこには、不確かな今日の現実の存在感が巧まずしてスライスされ、スタジオの薄暗がりの中に忽然と浮かび上がる。
私は、ウィリアム・フォーサイスが初来日した時に行われたワークショップを見たが、そこではクラシック・バレエやバランシンの動きが、フォーサイス指導の下、逆進されたり鏡像化されたりしてバラバラに解体され分析されていた。もちろん動きのスピード感もファクターである。そうしたバレエの動きの徹底的な分析と再構成が、当時のフォーサイス作品の根底にあり、21世紀のバレエの姿をかなり明快に兆していたと思う。今では当たり前のように踊られるフォーサイス作品も、初めて観た時は実に衝撃的だったことを思い出した。

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「ステップテクスト」渡辺恭子、池田武志

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「ステップテクスト」石川聖人、池田武志

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「火の柱」西原友衣菜、榎本文、喜入依里(左から)

アントニー・チューダー振付の『火の柱』は、アーノルド・シェーンベルク作曲の『浄められた夜』を使い、3人姉妹の中の娘ヘイガー(喜入依里)を主人公として描いている。彼女は、オールドミスの姉(榎本文)の厳格な目を常に意識し、奔放に生きる妹(西原友衣菜)からは揶揄されて、孤独な心を胸に収めて外の世界をじっと見つめている。彼女のよく知らない向かいの家には、人々が集い何かが起きている。ヘイガーはその家に出入りする男性と触れ合い、波乱が起き、大きな失望を味わされることになった。しかし、やがて彼女は、得難い救いを得てドラマは収束していく・・・。姉と妹のそれぞれの生き方、そして彼女と関わる世間の人々とその環境――。チューダーはまず、ひとつの世界を構成し、その中の主人公の存在を露にする。ヘイガーの強い想いを独特の情感が満ちたステップによって表し、人々の痛い視線との相剋を描き、説得力のあるドラマを展開している。
ヘイガーが向き合った出来事は、姉にとっては禁断の門であり、妹にとっては単に通過儀礼だったのかもしれないが、彼女にとってはひとつ宗教的体験だった、と言えるのではないか。

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「火の柱」喜入依里、林田翔平

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「火の柱」喜入依里、池田武志

ジョージ・バランシン振付の『ウェスタン・シンフォニー』。これは自身が思い描くバレエを求めてやってきたロシア人バランチンの、純朴なアメリカ文化への限りないシンパシーが溢れる舞台。「レッド・リヴァー・バレー」などアメリカの著名なフォークソングをハーシー・ケイがオーケストレーションした曲にのせたクラシシック・バレエの軽快なステップによって、アメリカ西部の風俗や文化の全てを感じ取らせてくれる。アレグロ、アダジオ、スケルツォ、ロンドという4つの楽章が、カウボーイや酒場で働く女性たちの活き活きとした表情をダンスで豊かに描き出し、観客の心をも解き放してくれるのである。
フォーサイス、チューダー、バランシンという正に、三つの独自のステップを存分に堪能することができた実りのある「ダイバーシティ」公演であった。

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「ウェスタン・シンフォニー」塩谷綾菜、林田翔平

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「ウェスタン・シンフォニー」秋山和沙(中央)

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「ウェスタン・シンフォニー」

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