熊川哲也『カルミナ・ブラーナ』2021特別収録版がまもなく配信開始!

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

2019年、東急Bunkamura30周年記念作品として初演され、再演は不可能ともいわれた総出演者250名を超える熊川哲也の大作『カルミナ・ブラーナ』が、新たな映像作品としてよみがえった。3月29日、オンライン配信開始に先立ち、都内で行われた4K試写会の模様をレポートする。

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© Makoto Nakamori

「ライブを超える芸術体験は存在するのか?」という『カルミナ・ブラーナ』特別収録版のキャッチコピーは、ライブ活動を至上と主張している熊川哲也からの、いわば挑発だろうか。
舞台の映像化というと、舞台中継のような「記録」の要素が強いものと、モーションキャプチャーやCGなど最新技術を駆使し、映像が前に出た作品のどちらかが思い浮かぶ。熊川版『カルミナ・ブラーナ』特別収録は、そのどちらでもなかった。中心にあるのは、あくまで生身の人間が奏でる音楽とダンスの迫力だ。オーケストラと合唱の真ん中に入り、目の前で立て続けに繰り広げられるダンスを見て息を呑む――その迫真力に、エンドロールが出た後もしばらくぼんやりしていた。

巨大スクリーンは、まず、メイキング映像から始まった。特別出演する熊川のバーレッスン風景、悪魔・アドルフ役の関野海斗と熊川の振付シーン、オケと合唱のリハーサル、それを食い入るように見つめる熊川、衣裳合わせ......総勢250名以上の出演者とスタッフ一同のエネルギーが、収録に向けて静かに、しかしものすごい密度で高まっていく様子が、きわめてさりげなく描かれる。そして、幕が開く。

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『カルミナ・ブラーナ』は1936年、カール・オルフが中世の詩歌集をもとに作曲した作品で、全24曲からなる。特に第1曲「おお、運命の女神よ」は映画などで繰り返し使われ、一度聴いたら耳から離れない曲だ。熊川がこの大曲から着想した物語は「女神フォルトゥーナの子は悪魔であった」というものだ。「アドルフ」の名は、作曲当時ドイツの政権を掌握していたナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーにちなむ。初演はわずか2公演ながら、圧倒的な支持を得た。
今回、東急Bunkamuraより映像化のオファーを受け、熊川の頭に浮かんだのは「人類VS新型コロナウイルス」という図式だったという。人間に闇をもたらす悪魔アドルフの存在は、新型コロナウイルスをも想起させる。そして、女神のかわりに登場する人類の象徴を、熊川自身が特別出演して演じることとなった。

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地響きのような「おお、運命の女神よ」とともに、熊川が舞台奥から登場してくる。その背後から、関野・アドルフの笑顔がするりとのぞく。アドルフの手に触れたものは、ふだんは隠れている闇の部分が引き出されて破滅していく。美しく気高かったヴィーナス(小林美奈)が欲望をあらわにしてダビデ(堀内將平)ら男たちと次々に交わり、元は善良な男(サタン・遅沢佑介)が秘めた暴力性を引き出されて白鳥(成田紗弥)を惨殺する。太陽(髙橋裕哉)と花々、堕落する神父(石橋奨也)、小さなスタンドカラーの衣裳が可憐な天使たちなど、様々なキャラクターの踊りと音楽が一体となって想像力を刺激する。オーケストラや合唱、舞台上で歌うソリストたち(今井実希、藤木大地、与那城敬)とダンサーとのエネルギーのやり取りも、肌で感じられた。それを可能にしたのが、優れた撮影スタッフだろう。ライブの空気感を余さず汲み取るため、NTT東日本の特別協力によりドローンやクレーン、4Kカメラを駆使し、アングルをきめ細かに検討したという。

そして、この作品を強烈に印象づけているのは、やはりアドルフという不可解な存在の魅力だと思う。関野の動きは猫のようにしなやかで鋭く、まったく隙を見せない。堕ちていく人間たちを見つめる姿は、虫の羽をむしって喜ぶ子供のようでもあるし、表情に一抹の孤独感を感じさせたりもする。アドルフVS人類をめぐる物語の結末は、ぜひ映像で観ていただきたい。

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試写終了後の記者会見で、熊川は新型コロナ禍の日々は我慢と妥協の連続だったと明かした。数多くの公演が中止となったし、公演再開後も生オーケストラ演奏が不可になるなど、思うような舞台づくりができなかった。そんな中、今回の映像化のオファーにより「やってやろうじゃないか」と久々にスイッチが入ったという。「たくさんのアーティストがガソリンを注入され、エンジンがかかったんじゃないかと思う。そのことを誰よりも、僕自身が感じています」。
「ライブは何物にも代えがたい、人間が生きていく上で欠かせないものです。今回は、ライブには勝てないけれど、ライブに負けない映像ができた」。
また、自らの出演については「舞台に立つのは2年ぶりなので勇気が必要でしたが、今後本公演で、今の僕が携われる役もあるかなと。今回はいいきっかけになりました」と語り、意欲をのぞかせた。

配信は3/29(月)開始。

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© 大久保惠造/Bunkamura

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© 大久保惠造/Bunkamura

熊川哲也『カルミナ・ブラーナ』2021 特別収録版

詳細は https://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/21_carmina_burana/

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