Kバレエカンパニーの新プリンシパル、日髙世菜インタビュー

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

ワガノワ・バレエ・アカデミーを経てルーマニア国立バレエ、アメリカのタルサ・バレエでプリンシパルとして活躍してきた日髙世菜。今年1月、Kバレエカンパニーにプリンシパルとして入団、3月24日(水)開幕の『白鳥の湖』がKバレエカンパニーの初舞台となる。
3月2日、バレエと向き合ってきたこれまでの日々やKバレエカンパニーへの思い、オデット・オディール役についてうかがった。

ロシア・バレエへの憧れとワガノワでの日々

――今まさにリハーサルの真最中だと思います。お稽古の様子はいかがですか。

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Kバレエ カンパニー『白鳥の湖』© Yumiko Inoue

日髙 全幕を通しての練習に入っています。今度、熊川芸術監督に見ていただくリハーサルがあるんです。少し緊張しますけど、どういうご指導をいただけるのか、わくわくしています。
今回、先生方には、上体をメインにアドバイスいただいています。私は肩にコンプレックスがあるんですが、その骨格を生かして、もっとのびやかに動かせる使い方があるんじゃないかと。『白鳥の湖』は何度も踊ってきていますが、毎日のリハーサルがとても新鮮です。

――これまでのキャリアについて教えてください。バレエはどんなきっかけで始められたのですか。

日髙 小さい頃から、テレビの子ども教育番組を見ながらずっと踊っていたので、母が「踊りが好きな子なんだな」と思ったそうで。4歳の頃、近所のバレエ教室に連れて行ってもらったらすごく気に入って、その日のうちに「バレエをやる!」と決めたみたいです。

――バレエのレッスンは、年齢が進むにつれ厳しくなったりということがあると思いますが、バレエをやめたくなったことはありますか。

日髙 そのバレエ教室は小さい頃から指導が厳しく、同学年の子たちがライバルという感じでしたね。ただ、小学校高学年の頃、コンクールの結果が思うようについてこなくて、バレエをやめようかな、と落ち込んでいた時期がありました。母に軽くあしらわれてやめられずにいるうちに、コンクールでも結果が出せるようになって。結局は好きな気持ちのほうが強かったんだと思います。

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© Yumiko Inoue

――17歳で、ワガノワ・バレエ・アカデミーに留学されていますね。

日髙 マリインスキーやボリショイ・バレエの映像を見て、振りを覚えたりして育ってきたので、自然とロシア・バレエに憧れを抱くようになって。小学校高学年の頃から、バレエを本気で続けるならワガノワで学びたいという気持ちが強くなっていきました。

――憧れだったバレリーナはいますか。

日髙 マリインスキーのアルティナイ・アスィムラートワさんが大好きでした。留学先のワガノワで芸術監督をされていて、指導していただく機会もありとても幸せでしたね。ディアナ・ヴィシニョーワさんは今も憧れです。同じ役でも、見るたびに別人のように演じ方が違っていたりして、まるで女優のような表現が素晴らしいです。トップ・バレリーナとして追究を続けているところをとても尊敬しています。

――ワガノワの学校生活はいかがでしたか。

日髙 厳しかったです。まず短期留学の機会をいただき、そこからオーディションを受けて6年生への編入が決まりました。6・7年生の担任だったグリバーノワ先生には日本で行われた講習会でも見ていただいていたのですが、ロシアではまったく厳しさが違って、初日から「何やってるの!」と、ビシバシと怒られました。留学生だからといって差別することなく、ロシア人と同じように指導してもらえたのが嬉しかったです。でも、2年目になると踊るというより基礎を身につけるだけの毎日がつらくなってきて。晴れの日が少なくて雪が多く、夜暗くなるのも早い、ロシアの生活も合わなかったみたいです。
3年目に、リュドミラ・コワリョーワ先生が教える最終学年のクラスで学べることになりました。オリガ・スミルノワやクリスティーナ・シャプランも同じクラスというすごいメンバーで、彼女たちからもたくさんの刺激を受けました。コワリョーワ先生はヴィシニョーワも教えた方で、一人ひとりの特性を見ながらプロとして通用する踊り方を指導してくださいました。日々の稽古にも前向きに取り組むことができ、最終学年は気持ちも晴れやかに充実した留学生活を過ごしていましたね。

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Kバレエ カンパニー『白鳥の湖』© Hidemi Seto

ルーマニア国立バレエへ、ヨハン・コボー、アリーナ・コジョカルに学んだこと

――卒業後、ルーマニア国立バレエへの入団はどのように決まったのですか。

日髙 最終学年になると、みんなあちこちでオーディションを受けて「就活」を始めるのですが、私はあまり具体的に考えていなかったんです。実は日本のバレエ団も受けたのですが、合格しませんでした。まだ経験が足りなかったのだと思います。「せっかく留学したんだから、海外のバレエ団も受けたら?」と母に背中を押されて、ヨーロッパでいくつかオーディションを受けました。その中でもルーマニア国立バレエは、クラシックのレパートリーが多いので、ワガノワでやってきたことが生かせると思い、入団を決めました。
入団1年目は、コール・ドとして踊ることがすごく幸せでしたね。毎日リハーサルをし、舞台に立っているうちに、私はバレエダンサーなんだ、プロなんだという自覚が生まれてきました。2年目からはソリストの役もいただけるようになり、その年『眠れる森の美女』で初めて主役をいただきました。21歳の時です。

――2年目で全幕主演デビューされたんですね。そして、2014年にヨハン・コボーが芸術監督に就任されると同時に、プリンシパルに任命されていますね。

日髙 はい。3年目に、まずヨハンが振付家としてカンパニーに来られて『ラ・シルフィード』を指導してくださいました。ヨハンはたとえば「気持ちを前に送って!」というふうに、マイムの一つひとつを大事に教えてくださって。ロシア・バレエのダイナミックさとはまた違う、演技が細やかで繊細な英国ロイヤル・スタイルの良さを、彼から学ぶことができました。しかも、『ラ・シルフィード』は、アリーナ・コジョカルさんとダブル主演だったんです。アリーナの踊りを間近で見ることができたのは、本当に貴重な体験でした。

――本物の妖精がそこにいるような感じでしょうか。

日髙 もう、息遣いから違うんです。踊りだけでなく、吐息ひとつ、しぐさ一つひとつがシルフィードそのもの。そういう役への入り込み方がアリーナのスタイルなんですけど、すごいなと思いました。
『眠れる森の美女』のオーロラ姫でデビューしたときは踊りだけに集中していて、役を表現する余裕がなかったのですが、ヨハンとアリーナとの出会いで、それではダメだということに気づかされました。
その翌年、2014年ヨハンが芸術監督になり、『ドン・キホーテ』の終演後にプリンシパルに任命されました。

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© Yumiko Inoue

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© Yumiko Inoue

――それまでバレエ団にプリンシパルという階級はなく、日髙さんが第一号だったそうですね。2016年には米国オクラホマ州のタルサ・バレエに移籍されています。

日髙 ルーマニアでプリンシパルとして様々な役を踊り、充実していましたが、もっと異なる経験をして成長したいという思いがあって。そんな頃、タルサ・バレエのオーディションがルーマニアで行われたので、軽い気持ちで受けてみたら採用していただけました。

――タルサ・バレエは、古典からコンテンポラリーまで、様々なレパートリーをもつバレエ団ですね。

日髙 クラシックとコンテンポラリーが半々くらいです。コンテはほぼ初挑戦で四苦八苦しましたが、すごくいい経験をさせてもらったと思っています。2019年にプリンシパルとなり、様々な役を踊りました。入団1年目の初舞台は『オネーギン』のコール・ドでしたが、運良くタチアナのアンダーキャストに入れていただき、嬉しかったですね。いつか『オネーギン』のタチアナを踊るのが夢なんです。

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Kバレエ カンパニー『白鳥の湖』© Shunki Ogawa

「プリンシパルで入団」と言われたときは信じられない気持ちでした

――昨年帰国され、Kバレエカンパニーに移籍したきっかけはどういうことでしたか。

日髙 アメリカでも良い仲間に恵まれて、楽しいバレエ団生活を送っていたのですが「日本で活躍できたら幸せだろうな」という思いがずっとあって。30歳になる前に日本に拠点を移すのがかねてからの目標だったので、コロナ禍で公演が中止になり、街がロックダウンになったのをきっかけに一時帰国しました。Kバレエカンパニーの公演は小さいときから母と観に行っていて、熊川ディレクターは憧れの存在だったので、帰国中にオーディションをお願いして実現しました。

――オーディションはどんな感じだったのですか。

日髙 団員の方々に混じってクラスを受け、その後熊川ディレクターと面接という流れだったんですけれど、Kバレエカンパニーのスタジオまでの道を歩いている時はかなり緊張してましたね。「この先のスタジオに熊川さんいるんだな、Kバレエカンパニーの皆さんってどんな感じなのかな」なんて考えるだけで息が上がってきて(笑)。でも、クラスが始まったらすぐリラックスできて、いつも通り気持ちよく踊れました。

――面接ではどんなお話をしましたか。

日髙 生い立ちやKバレエカンパニーへの思い、なぜ日本を拠点にしたいか、などいろいろと聞いてくださって、たくさんお話ししました。実は「日本で有名になりたい」という気持ちもあって。ロックダウン中に、いかに自分に知名度がないかを痛感したんです。どんなにバレエを頑張っていても、誰にも興味をもってもらえないのは悲しいから、日本でたくさんのお客様に自分のバレエを観ていただきたい、そんなお話もさせていただきました。

――プリンシパルでの入団はその場で決まったのですか。

日髙 はい、そう言っていただきました。信じられませんでした。コロナ禍でオーディションをしていただけたこと自体すごくありがたく、入団させていただけたら嬉しいなという気持ちだったので......。とにかく感謝しかありません。

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Kバレエ カンパニー『白鳥の湖』© Hidemi Seto

オデットだって、王子にときめいて微笑むかもしれません

――『白鳥の湖』が、日本での全幕初主演になりますね。「白鳥」は、日髙さんにとってどんな作品ですか。

日髙 やはり特別で、思い入れのある作品ですね。ヒロインは人間の女性であると同時に鳥でもあって、しかも白と黒を演じ分けなくてはならないので。初めてオデット・オディールを踊ったのはルーマニア時代ですが、踊りきるのに精一杯で、ヨハンに「まだ白鳥ではないね」と厳しい言葉をいただいたのを覚えています。
踊るたびに少しずつ余裕が生まれてきて、踊りの中で様々なインスピレーションが湧いてくるようになりました。王子の表情がしっかりと見えてきて、じゃあオデットはこうしてみようかなというふうに、踊りながら考えられるようになる。回数を重ねるって大事だと思います。

――オデットとオディールでは、どちらが踊りやすいですか。

日髙 好きなのは、どちらかといえばオデットですね。2幕の音楽が本当にすてきで、聴いているだけで涙ぐみそうになります。悲しみだけでなく、王子に心を開いていく喜びだとか、王子の優しさにふれてふっと表情が和らぐ感じだとか、いろいろな角度から表現を工夫できるので、やりがいがあります。

――2幕のアダージオの最後、王子がオデットを抱きしめるシーンとか、胸がきゅっとなります。

日髙 あのシーンひとつとっても、幸せをかみしめているのか、この人で本当にいいのかと不安な気持ちがあるのか、いろんな表現のしかたがありますよね。
オディールも楽しいです。男性を誘惑するなんて、私の私生活ではありえないですから、なりきったもん勝ちですね(笑)。

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――熊川版『白鳥の湖』は、4幕も大きな見所ですよね。許しを乞いに来た王子とオデットのやり取りが本当にこまやかでドラマティックです。

日髙 きっとオデットの中には「裏切られて悲しい」だけでは言い表せない感情があると思うんです。「許してほしい」と全身を投げ出している王子を見て、「この人とずっと一緒にいたい」という思いが生まれたのかもしれません。なぜ二人が天国で結ばれてハッピーエンドになるのか。そこが説得力をもって伝わるように踊れたらいいなと思います。

――パートナーは髙橋裕哉さんですね。

日髙 彼とは初めて踊るのですが、お互い海外経験が長くて感覚が近いので、とても踊りやすいです。髙橋くんもそう言ってくれて安心しました。リハーサルを重ねるにつれ、どんどん息が合ってきています。

――あらためて、熊川版『白鳥の湖』の魅力と、読者へのメッセージをお願いします。

日髙 子どもの頃には「セットと衣裳がきれい! 豪華すぎる!」「この中で踊れたらどんなにすてきだろう」と思って観ていました。その一員として踊れることになり、本当に幸せです。熊川版は演技がきめ細やかで、ストーリーがとてもわかりやすいので、バレエが初めての方にも、ぜひ観にきていただきたいですね。
オデットだってずっと悲しい顔をしているわけではなく、王子にときめいてちょっとほほえむかもしれませんし、オディールにだってかわいらしさが見える瞬間があるかもしれません。オデットは悲劇のヒロイン、オディールは悪女といった枠組みを取り払えるような、生き生きとした踊りができたら。私もいつも、心を遊ばせて踊ることを楽しんでいるので、お客様にも「バレエはこういうもの」と決めつけず、気軽な気持ちで楽しんでいただけたら嬉しいです。

――本番が楽しみです。今日はリハーサルでお疲れのところ、ありがとうございました。

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Kバレエ カンパニー『白鳥の湖』© Shunki Ogawa

Daiwa House PRESENTS 熊川哲也Kバレエカンパニー Spring 2021
『白鳥の湖』

2021年3月24日(水)〜3月28日(日)
Bunkamuraオーチャードホール
https://www.k-ballet.co.jp/contents/2021swanlake

★ライブ配信公演も決定
2021年3月28日(日)13:00公演
オデット/オディール:日髙世菜、ジークフリード:髙橋裕哉、ロットバルト:杉野慧
他 Kバレエ カンパニー ※実際の公演同様、 開演が遅れる場合もございます
※3月29日(月)23:59 まで視聴可能
■ライブ配信視聴  視聴券:3,800円(税込・手数料別)
■購入先 Streaming + : https://eplus.jp/kballetswanlake-st/
■視聴発売期間 [日本時間]3月10日(水)10:00〜3月29日(月)21:00まで

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