ダンスベースヨコハマ DaBYトライアウト[ダブルビル]

ワールドレポート/東京

坂口 香野 Text by Kaya Sakaguchi

ダンスベースヨコハマ

DaBYトライアウト[ダブルビル]

2月9日〜11日、横浜・馬車道のダンスハウス、ダンスベースヨコハマ(DaBY)で、2つの作品のトライアウト(試演)が行われた。
1つめの作品は『never thought it would』。鈴木竜を中心に、異ジャンルのクリエイターが共同制作を行う、DaBYコレクティブダンスプロジェクトの3回目のトライアウトである。2020年8月の第1回、10月の第2回トライアウトについてもこれまでレポートしてきたが、今回はじめてタイトルがついた。
2つめは、『幽霊、他の、あるいは、あなた』。山﨑広太と西村未奈が、2020年12月にフロリダ州立大学、マギーアレシー国立振付センター(MANCC)にて共同で創作した新作だ。

DBill-Suzuki_0386.jpg

写真提供:Dance Base Yokohama
©Naoshi HATORI

DBill-Suzuki_0399.jpg

写真提供:Dance Base Yokohama
©Naoshi HATORI

『never thought it would』とは、「こんなことになるなんて思ってもみなかった」という感じだろうか。2020年のはじめ、プロジェクトが出発した時点で鈴木竜が考えていたテーマは「悪」だった。配られたリーフレットにはキーワードとして「悪意のない悪/なんとなく誰かが選んだもので社会が変わっていくこと」とある。
会場には、細いロープでつながれた無数の角材がランダムに吊り下げられ、床にも一見無造作に置かれていた。踊るスペースが狭そうでちょっとうっとうしい。そこへ、池ヶ谷奏が角材やロープをくぐるようにして登場する。角材に取り巻かれ、足場も悪いというのに、そのシャープな動きは不自由さを感じさせない。この環境に順応して生きている美しい生き物のようでもある。
というより、この構造物そのものが彼女の体に合わせてつくられているらしい。斜めにぶら下がった角材の高さや角度が、ちょうど彼女の腰の高さや、脚を上げる角度と同じだったりする。これは体の動きに沿ってつくられた「巣」みたいなものかもしれない。でも、やはりうっとうしい感じはぬぐえない。
続いて藤村港平が、離れた位置で踊り出す。彼の体が角材に触れると、カタン、とどこが外れて、池ヶ谷の周りの角材が崩れる。この構造物は、全体がひとつにつながっているのだ。

藤村は、角材の一本をもてあそび始める。と同時に鈴木竜が登場して、角材とまったく同じ動きを始める。藤村が揺らしたり、倒したり、角材を自由自在に操れば、鈴木もそれにシンクロして揺れ、角材と同じ軌跡を描いて床に倒れる。角材は、人の体の延長である建物や都市であると同時に、体そのものでもあるらしい。やがて「角材あそび」に池ヶ谷も加わり、鈴木は2人がかりでもてあそばれることになる。鈴木は無表情で角材の動きのままに踊らされ続ける。絵に描いたような「理不尽」である。

DBill-Suzuki_1555.jpg

写真提供:Dance Base Yokohama
©Naoshi HATORI

DBill-Suzuki_1942.jpg

写真提供:Dance Base Yokohama
©Naoshi HATORI

実はこの「理不尽」さ、第1回トライアウトの時から明確に打ち出されていた。第1回では、鈴木が言葉でダンサーたちに一方的に指示(タスク)を出し続けていたし、第2回では、1人のダンサーが相手役のダンサーを強引にリードして踊らせるシーンが印象的で、どちらもゾクゾクするような「邪悪さ」が感じられた。
今回は、藤村と池ヶ谷には、他者を支配しようといった邪悪な意図はなく、ただ木の棒をもてあそんでいるだけに見えるのだが、それが結果的に見えない他者(鈴木)を苦しめているという図式だ。

やがて、3人の関係が変わる。踊らされていた鈴木が角材を取り上げて揺すり始めると、今度は藤村と池ヶ谷がその影響を受け始めるのだ。音楽も"うわんうわん"とうねるような、不快な響きになる。藤村たちの「無自覚」に比べ、鈴木の動きには「復讐」や「呪い」のニュアンスが感じられる。しかも、角材を揺らしながら自分も揺れている。まるで人を呪う快感の中毒になっているような不気味さがある。

と、今度は池ヶ谷がすっと鈴木の背後に回り、角材の揺れを止めると、不穏な音楽は止まる。池ヶ谷は、ランダムに吊り下がっていた角材をひたすら整えていく。斜めに傾いでいたものをまっすぐに。中途半端な位置で角材同士をつないでいた金具を外していくと、構造物は木造住宅の骨組みのような、水平と垂直の線だけのすっきりしたものに変わっていく。
その中で、鈴木と藤村が争いを始め、角材を蹴ったりしてこの秩序を乱すが、池ヶ谷は淡々と斜めになった線をまっすぐに戻し続ける。そして、整えられた空間の中、恵比寿様のような硬直した笑顔を浮かべる。この笑顔、ヘディングのように気合いを込めて頭を振ると、相手に「うつす」ことができるのだ。笑顔を押しつけ合うシーンは、第2回トライアウトでも印象的だった。3人が狭い空間の中でぐしゃぐしゃに絡まり合って争い、そして、一人ひとりがそれぞれの「家」の中で張り付いた笑みを浮かべる......というラストシーンには、コロナ禍の閉塞感やDV、さまざまな格差や断絶を連想させられた。
ここまでで30分。見応えは十分だったが、このままではあまりにも閉塞感が強くて「つづきが見たい!」と思った。

DBill-Yamazaki_1080.jpg

写真提供:Dance Base Yokohama ©Naoshi HATORI

舞台美術を手がけた一色ヒロタカ、宮野健士郎は建築家でもあり、「ダンサーが動いた痕跡を記録する」というアプローチは当初から一貫している。「活動者の痕跡によって居場所が刻まれ、建物や都市が生まれるが、時にそれらが活動者を拘束することもある」と、第1回トライアウトのあと一色が語っていたが、今回の美術はまさにそのことを具現化しているようだ。皆が便利なようにとつくられたしくみが、かえって世界をきゅうくつにし、様々なひずみを生む。たとえば東京に住む誰かの行動が、地球の裏側で何らかの影響を及ぼす。
「悪意のない悪」を実感させる完成度は、振付家・ダンサーだけでなく、舞台美術、音楽(タツキアマノ)、ドラマトゥルク(丹羽青人)ら、異分野のアーティスト同士が対等な立場で時間をかけてアイデアを出し合った、コレクティブな手法ゆえの成果だろう。

ただし、個人的にはコンセプトが通って完成度が増した分、わけのわからない魅力が減ってしまったような気がした。今は作品をまとめる段階に入っていて、おそらくまた壊す作業も繰り返されるのだろう。この閉塞感を吹っ飛ばすような「つづき」が見たい。今後は2021年度以降に、愛知県芸術劇場を含む複数の劇場での本公演を目指すという。

休憩をはさみ、舞台美術はそのままで『幽霊、他の、あるいは、あなた』が上演された。先ほどまで圧迫感を感じさせていた美術が、まるで自然の木立のように風通しのよいものに見えるのが不思議だ。
「川に面した、20メートル先のベンチに、おばあさんが座っていた。私が立ち上がると、おばあさんもいつの間にか立ち上がっていて......あれ、どっちが先に立ったんだろう?」
西村未奈が淡々とテキストを語る。そして、カメのようにぐうっと首を突き出すと、そのままテキストの中の「おばあさん」になってしまう。かと思うと、重心が極限まで引き上げられて、半分浮き上がったような、風船みたいな体になる。まるで「おばあさん」が幽体離脱しかかっているようだ。と、突然バタッと重さが戻り、老婆そのものの歩き方で歩き出す。リアルな西村の体が年老いたり、魂が抜けたり戻ったり、ゆらゆらと幾重にもぶれてみえる。

この間、山﨑広太は床にうつぶせに倒れている。倒れたまま、長い長い時間をかけて、舞台の奥に向かってじりじりと進んでゆく。手足を使わずに、重い体をひきずってゆくその動きは、人間どころか動物らしくすらない。テキストで語られる「100年に1ミリしか生長しない」地衣類のようでもある。誕生から死への道のり、という言葉が頭に浮かぶが、山﨑の静かなようで激しさを含む動きに対し、そんな言葉が安易で軽々しく思える。
西村の声や暗転をきっかけに、2人の体の有様は次々と変化していく。老いて不自由だった西村の体が、水の中の生き物のように自由になったり、うつぶせの姿しか見せていなかった山﨑が、空気中に塵が舞うように、すばらしい速さで舞台上を駆けめぐったりする。終盤では、山﨑は舞台の奥に蛾みたいにはりつき、黒い幕の向こう側をじっとのぞいていた。

DBill-Yamazaki_0432.jpg

写真提供:Dance Base Yokohama
©Naoshi HATORI

DBill-Yamazaki_2590.jpg

写真提供:Dance Base Yokohama
©Naoshi HATORI

リーフレットには「生と死、明と暗、時空間のあわいを隔てなく彷徨うことができる日本人的身体の可能性を再考する第一歩です」とある。「生と死のあわいを彷徨う」表現といえばお能を思い浮かべるが、近代以前の芸能の多くには、そういう要素が含まれていると思う。現代では、憑依や変身なんて昔話の中だけの話だと思われがちだけれど、自分と他者、生物・無生物の違いもやすやすと越えてしまうような「あわい」に滑り込む力が、今も体にはそなわっているのかもしれない。
全身で感じ、考え抜いてこそ立てる場所があり、すぐれたダンスは見ているだけでその場所へ連れて行ってくれる。2つの作品を見てそんな思いを強くした。
(2021年2月9日 ダンスベースヨコハマ)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る