木村優里のオーロラ姫はかけがえの無い美しさを踊った、新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』

ワールドレポート/東京

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

新国立劇場バレエ団

『眠れる森の美女』ウエイン・イーグリング:振付

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オーロラ姫=木村優里

新国立劇場バレエ団の『眠れる森の美女』は、ウエイン・イーグリング振付で2014年11月に初演され、その後、再演を重ねている。今回公演は新型コロナ禍もあって、小野絢子・福岡雄大、木村優里・奥村康祐、米沢唯・渡邊峻郁のトリプル・キャストによる4公演のみだった。私は木村優里のオーロラ姫と奥村康祐のデジレ王子という配役で観ることができた。

オープニングは、天井から善の精のリラが降りてきて悪の精のカラボスと厳しく対立するシーン。善と悪の対立の構図を観客に明解に示している。イーグリングが新たに振付けた主なパートは、このプロローグの冒頭部分と第1幕の花のワルツ、第2幕のデジレ王子のソロ・ヴァリエーション、オーロラ姫と王子が踊る目覚めのパ・ド・ドゥ、第3幕の宝石のヴァリエーション、そしてポワントをつけたカラボスの踊り、と言われる。
プロローグではリラの精とともに6人(誠実・優美・寛容・歓び・勇敢・気品)の性格の精が踊るが、通常版はリラの精と5人(優しさ・元気・鷹揚・勇気・のんき)。イーグリングはリラの精を中心にして6人の妖精を3人ずつのシンメトリーに配して振付け、オーロラの洗礼式の祝祭性を高めている。そしてこれは冒頭の2極対立を示した表現に呼応するフォーメーションで、整然とした善の精リラおよび妖精たちと、跳梁跋扈するカラボスとその手下たちとのコントラストを際立たせる工夫である。

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リラの精=細田千晶  撮影:鹿摩隆司(全て)

イーグリング版のカラボスは、かつてはまず、本島美和が踊り、2017年には米沢唯がオーロラ姫とカラボスを同じ公演中に踊って話題となった。今回は寺田亜沙子(本島美和とダブルキャスト)が扮した。寺田の悪役というのは記憶にないのだが、巨大蜘蛛を模した乗り物の形象ほどの狂暴さなく、内面の深い悪意を表そうとした。一方、リラの精は細田千晶(木村優里とダブルキャスト)だった。両者のバランスは良かったのだが、今回はスペクタキュラーな対立を殊更に強調する表現とはしていない。
そして『眠れる森の美女』のハイライトともいうべき、第1幕のオーロラ姫の登場シーンとなる。チャイコフスキーのあの調べに乗って、軽やかに姿を表した木村優里のオーロラ姫は素晴らしかった。初々しくそして華やかな、花びらが舞い散るような若さの輝く魅惑的な登場であった。スラリとした身体と柔らかいアームスが伸びやかで流れるようにラインを描く。思わず目を見張った。バランスも決まって、各国の王子たちそれぞれと踊り、さすがにこの長丁場の終盤には少しだけ滑らかさを欠いたが、まさに人間の一生のあるひとときだけにしかみることのできない、かけがえのないが美しさが溢れていた。

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デジレ王子=奥村康祐

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カラボス=寺田亜沙子

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デジレ王子の奥村康祐は、怪我をした井澤駿に代わっての出演だったが落ち着いてとても良かった。奥村の柔らかみのある表現が、第2幕のデジレ王子のソロ・ヴァリエーションでも、虚空に何かを求める気持ちをシンパシイを持って表されていた。オーロラ姫の幻影に魅了されていく姿も全身で表現されていた。
第3幕の宝石のパ・ド・カトル(奥田花純、飯野萌子、五月女遥、木下嘉人)も木下を中心にしっかりと踊られて、この舞台の奥行きを深めた。また、フロリナ王女は柴山紗帆、青い鳥は速水渉悟だったが、なかなかスケールのある踊りを見せパートナーシップに独特の存在感が現れていた。そのほかのデヴェルテスマンもそれぞれ魅せてくれたので、新しいダンサーたちの今後の活躍に期待が持てると感じられた。
木村と奥村のグラン・パ・ド・ドゥも息があって見事に豪華に踊られて、イーグリング版『眠れる森の美女』全体を華麗に締め括った。
新型コロナ禍の渦中にあっても集中してリハーサルを行い、しっかりと真面目に舞台と向き合ってきた結果が客席からも垣間見えた。見応えのある公演で、新型コロナ禍が終焉し世の中が落ち着いてきたなら、吉田都舞踊芸術監督が望むように、もっと公演回数を増やしていくことも充分に可能だと思われた。
(2021年2月21日 新国立劇場 オペラパレス)

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青い鳥=速水涉悟

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フロリナ王女=柴山紗帆、速水涉悟

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木村優里、奥村康祐

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撮影:鹿摩隆司(全て)

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