美しいコール・ド・バレエ、そしてドラマと踊りが一体となった舞台。初演から180年を記念するのにふさわしい『ジゼル』、東京バレエ団

ワールドレポート/東京

佐々木 三重子 Text by Mieko Sasaki

東京バレエ団

『ジゼル』レオニード・ラヴロフスキー:振付(ジュール・ペロー/ジャン・コラーリ/マリウス・プティパの原振付による。"パ・ド・ユイット"はウラジーミル・ワシーリエフによる改訂振付)

東京バレエ団が、現存する最古のバレエ『ジゼル』が今年初演180年を迎えるのを記念して、このロマンティック・バレエの名作を上演した。同バレエ団では1966年からレオニード・ラヴロフスキー版の『ジゼル』を上演してきたが、6年振りの公演で、しかもジゼルは斎藤友佳理・芸術監督の当たり役だったこともあって力が入ったようで、細部まで磨き上げられた舞台が展開された。ジゼルは今回が初役という沖香菜子と秋山瑛のダブルキャストで、アルブレヒトは柄本弾と秋元康臣が務めた。他の役にも若手が多く起用されていたこともあり、どう役と取り組むかに関心が向いた。沖と柄本が組んだ初日を観た。

『ジゼル』のヒロインは村娘で、アルブレヒトと恋に落ちるが、彼が伯爵で、しかも婚約者がいると知って正気を失い、絶命する。結婚前に死んだ娘たちの霊で、通りがかった男たちを息絶えるまで踊らせるというウィリの仲間に迎えられたジゼルは、墓参りに来たアルブレヒトをウィリたちから守ろうと、夜明けまで一緒に踊り続けて彼の命を救う。ラヴロフスキー版は、このドラマティックで幻想的な物語を、淀みなく奏でられる音楽のように、緻密な構成で分かりやすく描いている。幕開きの舞台は静かな山間の村で、下手にジゼルの家、上手にアルブレヒトの小屋を置き、正面後方に中世風の城が霞んで見えるという暗示的な構図。マントを羽織って颯爽と登場したアルブレヒトの柄本弾は、愛しいジゼルに会える喜びを全身で表現し、上手の小屋に入る。入れ替わりに現れた森番のヒラリオンは宮川新大で、上手の小屋を不審そうに眺めたが、愛するジゼルの家の扉を叩きたい衝動を抑え、射止めた鳥と一輪の花を置いて去った。歩き方や仕草で二人は身分の違いを伝えていたが、ジゼルをめぐるその後の対立構造を示唆する導入部としても興味深かった。

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© Kiyonori Hasegawa

アルブレヒトがジゼルの家の扉を叩くと、ジゼルの沖香菜子が期待に胸をふくらませて現れ、足先まで柔らかなステップでアルブレヒトを探し回ったが、いざ向き合うと恥じらいを隠さない。まだよくは知らないけれど、彼が好きでたまらないという気持ちを、沖は滲ませていた。花占いで愛を確かめようとするのもジゼルが純真だからで、アルブレヒトの柄本はそんな彼女を包み込むようにいとおしむ。アルブレヒトにリードされて二人が次第に心を通い合わせていく様は、弾むようなステップで表されていた。アルブレヒトを不審に思うヒラリオンは二人の間に割って入り、朴訥にジゼルへの愛を訴えるが退けられ、アルブレヒトには立ち去るように命じられた。宮川の演技は、ヒラリオンがアルブレヒトへの敵意を抱くのはジゼルへの一途な思いからと納得させた。

公爵の一行が狩りの途中、休息を取りにジゼルの家にやって来たことで、ドラマは更なる展開を見せる。ジゼルはバチルド姫の華麗なドレスに思わず手を触れてしまうが、咎められることもなく姫から首飾りを贈られて踊りを披露する。愛らしくホッピングしたり、急速なターンで舞台を回ったりするなど、沖の身体からは喜びが溢れていた。それが一転、ヒラリオンによりアルブレヒトの正体が暴かれ、バチルド姫が彼の婚約者と知らされると、ジゼルはショックで気を失う。意識を取り戻したジゼルは、放心状態で虚空を見つめ、花占いの凶を確かめ、アルブレヒトと踊ったステップを力なく反すうし、抱きとめようとするアルブレヒトの腕から逃れ、舞台をさまよった。ヒラリオンに揺さぶられて一瞬、正気を取り戻して母親の胸に抱かれるが、そのあとアルブレトに駆け寄ると同時に息絶えた。憑かれたような沖の迫真の演技が哀しみを誘った。一方のアルブレヒトの柄本は、侯爵やバチルド姫に見つかると顔をこわばらせ、身勝手とは思いながらジゼルのことなど構っていられず、その場を取り繕うのに精一杯という感じ。気がふれたジゼルを見ていられず、顔をそむけもしたが、最後にジゼルを抱きとめたと思った瞬間、彼女は崩れ落ちた。驚愕のあまり、アルブレヒトは怒りに駆られてヒラリオンに剣を向けるが従者に止められ、村人たちにも顔をそむけられる。絶望感と後悔の念にとらわれてか、アルブレヒトはすがるようにジゼルを抱きしめ、身を震わせて号泣する。第1幕はここで終わるが、村人たちの踊りの中では、従来のペザント・パ・ド・ドゥからパ・ド・ユイットに改められた4組の男女による踊りが彩りを添えていたことも記しておきたい。

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© Kiyonori Hasegawa

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© Kiyonori Hasegawa

第2幕は沼の近くの、ジゼルの墓がある夜の森。ジゼルの墓にやってきたヒラリオンが無気味な鬼火におびえて逃げ去ると、ウィリの女王・ミルタ(伝田陽美)が現れ、森を支配するように細かいパ・ド・ブーレを際立たせて厳かに踊った。ミルタに呼び寄せられたウィリたちが繰り広げる群舞は美しいフォメーションを織りなし、左右からアラベスクで乱れることなく交差する様は見事。ウィリたちの白いコスチュームが床に映え、幻想性を高めていた。新たに仲間に加えられたジゼルの沖は、柔らかく脚を上げ、宙を舞うように飛び、高速で連続回転をこなしたが、ウィリとして一切の感情を封じたような演技が印象的だった。そして、白百合の花を捧げにきたアルブレヒトが心から悔恨の念にかられているのを見たジゼルは、空気のように彼に寄り添って踊る。彼女の存在を確信したアルブレヒトと繰り広げられるデュエットは、魂の呼応のように儚げに映った。ウィリたちに見つかったヒラリオンは、散々踊らされたあげく沼に突き落とされる。次にアルブレヒトが捕らえられると、ジゼルはミルタの前に立ちはだかり、凛とした態度で彼をかばう。ミルタに命じられて踊るアルブレヒトは、ジゼルに助けられて高度な回転技や跳躍を披露するわけだが、そんな踊りの一つ一つに、ジゼルに許しを乞う柄本の思いが込められているように感じられた。感情も露わな人間的な柄本の踊りと、ウィリとしての沖の透明感のある踊りが鮮やかに対比を成していた。夜明けとともにウィリたちは消え、ジゼルもアルブレヒトに一輪の花を渡して別れを告げて墓の中に消える。アルブレヒトがその花を慈しむように胸に抱き、悲嘆にくれる姿が余韻を残した。全体に、踊りはコール・ドを含めよく練り上げられており、またドラマと踊りが一体となっていたこともあり、初演180年を記念するにふさわしい『ジゼル』の舞台になっていた。
(2021年2月26日 東京文化会館)

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© Kiyonori Hasegawa

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